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第一話 あの可愛い男の子が魔王ですと? 3

「ぐっ、駄目。戦ってはいけないわ……」

「アリエッタ⁉︎」


 聖女モードに切り替えた私は、崩れ落ちた体勢のまま悔しげに見えるように床を叩いた。肩を震わせて涙ぐむのがポイントよ。


 私にホの字のファルガは、本当に心配そうに狼狽えている。ああ、口を塞いでいた魔法は解除済み。


「あの魔王は子供の姿をしていますが、その力は計り知れず……きっと討ち倒せたとしても五体満足ではいられないでしょう。全員が国に帰れるかどうかも……うっ」

「そ、そんな……」


 私の演技に、パーティメンバーにも動揺の波が広がっていく。よしよし、順調ね。


「ここから無事に脱出できるかどうかも……ですが、皆さんが怪我ひとつなくこの場を離脱する方法が一つだけあります」

「そ、それは……?」

「私が、ここに残ります。この命に替えても、魔王を封印してみせましょう」

「なっ⁉︎ 何を言う⁉︎」


 私は日頃の聖女業で鍛えた天使の微笑みを貼り付けて、おまけに涙も滲ませる。


「私一人の犠牲で、世界を救い、皆さんを帰すことができるなら……本望です。どうか、私の分まで幸せに生きてください」


 ここで手を組み、祈りを捧げるポーズをする。まあ、実際に転移魔法を使おうとしているから、私の身体は聖なる光に包まれている。


「ダメだ、アリエッタ! アリエッターッ‼︎」

「皆さん、さようなら。どうかお元気で――」



 消えろ!



 私が心の中で叫ぶと同時に、ファルガを始めとするパーティメンバーを地上へと送り返した。魔界と人間界を繋ぐ門が解錠されているためできること。何か喚きながら光の粒子となって、一同が消えたことを確認した私は、すぐさま門の封印のために力を注ぐ。

 血迷ったファルガが「アリエッタを救出に行くぞ!」とか言って魔界に乗り込んできたら困るもの。


 厳重に何重にも封印の結界を張った私は、ふう、と息を吐いて額の汗を拭った。


「さて、と。邪魔者は排除したわ」


 私は満足してパンパンと手を払うと、くるりと事の次第を見守っていた魔王一同に向き合った。状況を把握しきれずに、頭上にはてなが浮かんで見える。


「ひっ……」


 私が玉座に歩み寄ろうとすると、真っ青な顔をした魔王が小さな悲鳴を上げた。ううん、怖がらせたいわけじゃないのよ。無害アピールのために両手を上げておきましょう。


「あの、魔王様。どうか私に御慈悲をください」

「な、なんだ?」

「私を魔界に置いてください! そして魔王様のお世話をさせてくださいー‼︎」

「…………は?」


 ビシィッと腰を直角に折って頭を下げた私に降ってきたのは、困惑の声だった。


 うん、分かります。いきなり勇者一行と魔界に乗り込んできた聖女が、勇者を人間界に送り返した挙句に魔界に置いてくれだなんて、頭がおかしいと思われても致し方ない。


 でも、魔界に残ればクソ国王や、私を道具のように扱う大嫌いなあの国から離れられるわよね?

 となると、残るしか手はないわ‼︎ それに、なにより、魔王がこんなに愛くるしいんですもの‼︎


 キョトンと目を瞬く魔王に、私は私を売り込んでいく。


「こう見えても歴代一の聖女と自負しております。魔法もそれなりに使えます。人間界のことならなんでも教えます。歴史だってしっかりと学びました! 私に魔王様の教育係をさせてください!」


 私の勢いに押されてか、魔王の周りを取り囲む家臣たちが騒めき始める。


「……た、確かに、先ほどの転移魔法は凄まじかった。あれだけの人数を一度に送り返すとは」

「それに、封印の結界もすごい密度よ? あれはそう簡単には破れないわあ」

「この聖女とやらが勇者一行を送り返してくれたことで、不要な争いを避けることができた。血の一滴も流れずに」


 よしよし。中々に好感触ではないかしら。


「ううむ……そなた、確かアリエッタと呼ばれておったな?」

「はいっ! アリエッタと申します!」


 ひゃあああ! 美少年から名前を! 名前を呼ばれたわ‼︎ 幸せ‼︎


 内心でゴロンゴロンと萌えによりのたうち回りながらも、優しく朗らかな笑顔を保つ。伊達に長年聖女の皮を被ってはいない。まあ、実際に聖女なのだけども。


 魔王は思案げに顎に指を当てている。家臣の魔物たちも考えあぐねているようで、魔王の決断を固唾を飲んで見守っている。


「アリエッタ。こちらへ来い」

「は、はいっ!」


 虚勢を張った物言いも可愛い。一生懸命魔王としての威厳を保とうとしていることが見え見えである。魔物たちも口元を手で覆ってプルプル震えているようだし、あれは悶えている。私には分かる。その気持ち、とってもよく分かる。


 魔王に言われるがまま、私は彼の側に近づき、跪いた。魔王はそんな私の顔をジッと見つめている。近くで見ると、魔王の瞳は金色に輝いていて、虹色にも見えるその瞳を見れば、彼の秘めたる魔力量が容易に想像できた。幼いと言えどやはり魔王。凄まじい魔力を有している。

 その恐ろしいほどに美しい金色の目が、スウッと細められた。


「……うむ。この者に害意はないらしい。それに、その言葉にも嘘偽りはない。勇者一行を退かせ、争いの種を除去した功績を鑑みて、我らが魔界に滞在することを許可する」

「あ、ありがとうございますっ‼︎」

「だが、余はまだお主を信用してはおらぬ。それゆえ、余の教育係をとの望みについては保留とする。まずは自らがこの魔界に害をなす者ではないと証明し、我が家臣たちの信頼を得よ。それが出来ねば人間界へ強制送還する」

「はっ、はい!」


 やったわー‼︎ 滞在許可を得られただけでも上々よ‼︎ 人間界に、私に頼りすぎるあの国に帰らなくていい‼︎



 大歓喜する私をよそに、魔王の家臣たちは複雑そうな表情で顔を見合わせていた。

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