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オメガ ―破滅の魔女、失墜の黒騎士―  作者: 白河マナ
第8章 破滅の魔女
32/42

8-2


 村人を殺し尽くした男たちは、村の中心にある井戸の周りに集まっていた。人数は九人。彼らの仲間は、ライズによって三人が殺された。


「言いたいことはあるか」


 ライズは男たちに向かって言った。

 怒りや悲しみはその声からは感じ取れない。


「バズ様はどうした?」


「言いたいことはそれだけか」


「俺たちは全員、先の戦争で貴様の魔法によって家族を殺された。少しはあの時の我々の気分を味わったか」


 顔を紅潮させた一人の男が答えた。


「満足したか?」


 地面に倒れている子どもの死体を見ながら言う。ライズは続けて、



──子どもを殺して満足したか?


──女を殺して満足したか?


──老人を殺して満足したか?


──戦う術を知らぬ男を殺して満足したか?


──無力な村人たちを皆殺しにして満足したか?」



 蔑むような哀れむような目つきで、ライズは問いかけた。誰も答えなかった。満足した顔をしている男などいなかった。


「私は七年前の戦争で夫を失った。お前たちが殺したのだ。アラキアがゼノンに何をした? お前たちが勝手な言い分で攻めて来たのだ。私はゼノンを憎んだ。望んで最前線で戦い、多くのゼノン国民を殺した。戦争は終わった。気がつけば、数多くのものを失っていた。夫は戻ってこなかった」


 ライズは男たちの方に歩き出す。

 モジュレータから回転音が響き渡り、鈍い銀色の光を放つ。


「愚かだなお前たちは。愚かだな我々は。機会をやろう。国へ帰るか、ここで死ぬか選ぶがいい」


 男の一人が剣を構える。


「……他の者は?」


「皆、国から追われる身だ。帰る場所などないさ。それでも我々は祖国を愛している。他国に逃げる気もない」


「そうか」


 ライズは男たちの姿を見た。抜き身の刀身は蒼く、古ぼけた不揃いの鎧を着ていた。少し前に戦ったバズやその部下と同じ対魔法用の装備だった。


「これで終わりにしたいものだな」


 このライズの言葉が戦闘の口火となった。

 武装した男たちは矢継ぎ早にライズに斬りかかった。ライズはそれを巧みに避け、短剣で急所だけを狙った。魔法は身体能力の増強に充てた。これなら相手の装備は関係ない。

 人間離れした速度でライズは間合いを詰め、距離を取り、舞うように残像を残しながら男たちを倒していった。


 幾たびもライズ目掛けて剣が振り下ろされた。

 ライズも無傷ではなかった。致命傷となる大きな傷はなかったが、無数の切り傷を負い、血が流れた。

 ひとりまたひとりと男たちは倒れていった。人数が半数になってからは、後はあっけないくらい短時間で決着がついた。


 ライズは大量の血を浴び、顔も髪も服も深紅に染まっていた。

 無数の死体が地面を覆い隠していた。ライズだけがその場所に立っていた。荒い息を吐きながら、誰も起き上がってこないことを確認した。

 そしてリットのことを思った。


 生きている。

 リットは生きている。魔法で何度も確かめた。それから周りを見渡した。地獄のような光景だった。

 これを見せるわけにはいかない。リットに嫌われてもいい、一生恨まれてもいい、だがこの惨状だけは見られてはいけない、そう思った。


 ライズは両膝をつく。

 眠りたかった。疲れていた。うまく考えが纏まらなかった。ひとまずジードに向けてメッセージを送った。村には絶対に戻ってこないように、と。リットとも話をした。ジードの言うことを聞くように、と。そして、愛している、と。


 それを終えると、さらに疲れがどっと押し寄せた。

 空を眺めた。太陽が輝いていた。森のどこかで飛ぶ鳥の鳴き声が聞こえた。熱を持った体に風が心地よかった。


 緊張が解け、涙が出た。

 両手には、ぼろぼろにされたスミの感触が残っている。リットの親友の女の子だ。村人たちの顔が次々と浮かんだ。皆、良い人たちばかりだった。


 平和な日々。

 魔女と恐れられることもなかった。ここでは人間として対等に扱ってもらえた。ゼノンとの戦争で街や村を魔法によって壊滅させ、大量の人間を憎しみながら殺した。村での暮らしは、その罪の意識と胸の痛みを和らげてくれた。


 しかしそれは逃げでしかない。

 わかっていた。

 命を狙われる可能性について当然熟知していたが、関係のない村人が狙われるとは思いもしなかった。浅はかだった。


 今さら何を思っても手遅れなのに、考えてしまう。

 ライズは涙を拭った。


 モジュレータ『ルイン』は、今にも消えそうな弱々しい回転音を発していた。その音をかき消すように大きな足音が聞こえた。


 バズはその大柄な体格からは想像できないほど高く大きく跳び、全体重をかけてライズに剣を振り下ろす。ライズはそれを左手のモジュレータで受け止める。

 その衝撃で地面が円形状に大きく窪み、数え切れないほどの石片が宙に浮いた。


「まだ充分にやれそうだな」


 ライズは口元を伝う血を舐め、おそらく最後になるであろう戦いのために、モジュレータを操った。



◇ ◆ ◇



 村で何かが起こっている、リットはそう言うなり走り出した。

 ジードが止めても無駄だった。


「焚き火であんな黒い煙はでないもん!」


 さらに走る速度を上げる。リアの村までは、まだ遠い。しかしこのペースならすぐに着いてしまう。状況が不明な以上、リットを連れて戻るわけにはいかなかった。


『ジード……』


 声が聞こえた。


「お母さんっ!?」


 リットは辺りを見回す。誰もいない。ジードはすぐにライズが魔法で声を送っているのだとわかった。


『ジード、絶対に村には戻ってこないで』


「お母さん、何があったの?」


『娘を王都クライトに連れていって欲しいの。お願いできるかしら』


 その口調は静かで落ち着いていたが、疲労が見え隠れしていた。そして有無を言わさない迫力があった。


「わかりました」


「私、行かないよ! どこにも行かない! 急にそんなこと言われてもわからないよっ!」


『ごめんなさい、リット』


 ライズは本当に済まなさそうに娘をなだめる。


「お母さん、村にいるんだよね。私、すぐに帰るから」


『ダメよ。お願いだからお母さんの言うことを聞いて。あなたはそのままジードと一緒に王都に行くの。そこにはお母さんのお姉さんがいるから、その人に会いなさい』


「嫌……だよ」


『お願い、言うことを聞いて頂戴』


「私、絶対に行かないから!!」


 リットは叫んだ。

 想像を越えることが村で起こっている。そんな気がした。そうでなければ、いきなり村を出ろなんて言われないはずだ。村のみんなは大丈夫なのだろうか。とても心配だった。


『愛してるわ、リット』


「お母さんっ!!」


 いくら叫んでもライズからの返答はなかった。村へ行こうとするリットをジードは力ずくで止めた。

 暴れるリットを魔法で眠らせ、木の下に寝かせた。抱き上げたとき、リットの目尻から涙が一滴こぼれた。


 その寝顔は不安に満ちていた。



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