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オメガ ―破滅の魔女、失墜の黒騎士―  作者: 白河マナ
第4章 刺客
15/42

4-1


 クレズ侵攻。

 それが両国の戦争の発端だった。

 アラキア王国とゼノン公国との戦いは、アラキア領であるクレズの町をゼノンの騎士団が突如侵攻したことにより、勃発した。

 アラキア軍が応戦体制を整える間もなく、ゼノンは破竹の勢いで進撃を続け、勝利を重ね、五ヶ月で当時の王都であったリンダウを包囲するに至った。


 国家を守るためアラキア兵も懸命に戦ったが、百年以上もの間、アラキアは戦争とは無縁だったこともあり、士気も含めその軍事力は著しく低下していた。

 アラキア王戦死の訃報が伝えられたときには、全国民が敗北を覚悟した。


 しかし。

 若干十七歳で即位した新王は、すぐさま極秘裏に自らクライトに出向いて、魔法士ギルド『シリウス』に協力を要請する。


 それまで国民から嫌悪畏怖されていた魔法の力を借りることにより、やがて形勢は逆転した。アラキア軍は占拠された土地を取り戻しながら南下し、わずか二ヶ月でクレズ奪還を果たした。

 その後はゼノン領内に逆侵攻し、幾つかの村や町を制圧した。

 だが、クレズ奪還からちょうど一ヶ月が経った日、圧倒的に優勢だったアラキア王国が歩み寄り、両国間で和平条約が結ばれた。

 八ヶ月間にわたる戦争はこうして終結した。



◇ ◆ ◇



 アラキア王国のクレズの町から南に十キロほどいったところに荒廃した村がある。住む人はいない。以前はゼノン公国最北端の村であったが、七年前の戦争でアラキア軍の攻撃──正確には一人の魔法士によって廃墟と化したのだ。

 この他にも、三つの村や町が同様に破壊された。


 数年間、誰も訪れることのなかったその地を、馬に跨った二十人ほどの集団が訪れていた。

 先頭は黒いマントを羽織った全身鎧の騎士だった。騎士の後ろには粗末な武具を身に付けた野盗のように男たちがついて来ている。

 騎士だけが下馬し、感慨深そうにあたりの様子を見て回る。

 男はあの日──

 村が壊滅した瞬間に居合わせていた。


 逃げる準備をしていた村人たち、その村民を守るために駐屯していた兵士ともども劫火に晒された。兵士には戦う機会すら与えられなかった。魔法という一方的で圧倒的な力によって村は破壊されたのだ。


「あれは……戦いと呼べるものではなかった」


 そう一言つぶやいてから、大柄な騎士は山積の瓦礫の隙間にある入口をくぐる。暗く狭い通路を抜けると、そこには古めかしい武具の数々が並べられていた。


「我等は示さねばならぬ。血の誇りと、真の武は剣であることを。失墜した名誉を取り戻し、剣を交えることなく死んでいった同胞の無念を晴らさねばならぬ」


「お言葉ですが、バズ様」


 騎士が振り返ると、見慣れたひとりの男が立っていた。

 皮鎧の下に着ている厚手の肌着は、破れかけてあちこちに穴があいている。しかし、男は身なりと相反して、品ある精悍な顔立ちをしていた。その瞳からは強い意志を感じとることができる。


「たとえあの女を討てたとしても、我々は何を得ることができるのでしょうか。それに、再び国が戦渦に巻き込まれてしまう可能性があります。国民は今、戦いを望んではおりません。自重すべきです」


「……そうかもしれんな」


「ではなぜ、」


「退役が閣議で決まったのだ。私は……騎士団を退くことになる」


 騎士はマントを翻して歩き出す。鉄靴が乾いた地面を叩く。男も何かを言いかけたが、結局なにも口に出さなかった。


「俺には今の平和は耐えられん。生まれて此の方、人を斬ることしか学んでこなかったからな」


 瓦礫の中から出ると、目が痛くなるほどの陽光が降り注いでくる。風で砂塵が舞い上がり、西の空に消えていった。

 軍馬に跨り、ゼノン公国の第十四騎士団長であるバズ=クラーゼンは、三人の部下だけを連れて北へと向かった。

 残った十数人は、瓦礫の中に入って、装備をととのえた。やがて、蹄の音を最後に、廃墟から人はいなくなった。



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