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オメガ ―破滅の魔女、失墜の黒騎士―  作者: 白河マナ
第3章 魔法士
10/42

3-1


 学院の裏門から歩いて五分ほどのところに、学院生専用の宿舎がある。

 いまから七年前──アラキア王国とゼノン公国との戦争が終結したその年に、シリウスの功績を称えられ国から寄贈されたものだ。

 現在、宿舎では八十二人の生徒が暮らしている。


 カチュアは、さきほど院長のライザとの面談を終え、正式に生徒として迎えられた。同時に宿舎のひと部屋を与えられ、八十三番目の入居生となった。


「ということで、シリウスは国と協力して、アラキア全土でランク持ちの捜索を行っています」


「ランク……?」


 カチュアは、学院のある王都クライトについてから、目に映るものすべてに圧倒されていた。

 街をまるごと囲む外壁、ゴミひとつ落ちていない綺麗に舗装された通り、人の多さ、人種の多様さ、そして住民の上品さ。二階建てを超える建築物の数々──挙げればきりがない。


「ライザ様から聞いていませんか? ランク持ちと言いますのは、あなたのような──魔法を使う才能を持った人たちのことです。その素質の高さによって二十四段階のランクに分けられています」


 ふんわりとした服を着た案内役の女性が丁寧に説明してくれる。


「ここで暮らしている生徒さんのほとんどは、国の機関とシリウスの共同調査によって見つけられた子どもたちです。カチュアさんもそうなのかしら?」


「……」


「カチュアさん?」


「あっ、な、なんでしょうか!?」


「さきほどから上の空のようですが、心配事でもありますか?」


「す、すみません。違うんです。あの、こんな大きな街に来たのは初めてで。すごく……その……驚いてしまって」


 カチュアは、気恥ずかしそうにうつむいてしまう。


「遠くから来た子は、皆さんあなたと同じように驚きます。大丈夫、すぐに慣れますから」


「はい。そうですよね」


「では中に入りましょう。いまは授業中ですから、宿舎に生徒さんは残っていないと思いますけど」


 正面の入り口から二人は建物の中に入る。

 カチュアは、食堂や宿長室、浴場など宿舎内の設備を案内されながら、女性の後をついていく。時折質問をしながら、階段を二度上り、長い廊下を歩いた。


「本来は二人部屋ですが、あなたでちょうど奇数になってしまったの。ですから、次に誰かが入って来るまで、ひとりで使ってください」


 部屋に通され、カチュアは目を丸くした。

 とても広い部屋だった。

 まず目を引いたのは大きな硝子窓と、そこから射しこむ太陽の光──そして窓には綺麗な刺繡が施されている赤いカーテンがかかっていた。

 壁紙を貼り替えたばかりのように綺麗な壁。そこに風景画や壁掛け時計が飾られている。大きなベッドがふたつ左右の壁際に配置され、部屋の中央には木製の長方形のテーブルと椅子が二脚。その他、小さなタンスや鏡台が二つあった。


「あの、こんなに……大きな部屋は……」


「これはあなたのために用意された部屋です。遠慮しないでください。多少、女の子らしさに欠ける部屋かもしれませんけど」


「そんなことないです。とても素敵な部屋です」


「そう言って頂けると嬉しいです」


 案内役の女性が窓を開けると、草木の匂いのする風がカーテンを優しく揺らした。女性は振り返り、


「そう言えば、私だけ自己紹介がまだでしたわ。私の名前は、シナ。この宿舎で働いておりますので、何か困ったことがあったらいつでもご相談ください」


 カチュアは笑顔で応じ、隣に立って窓からの景色を眺める。シナは窓から見える建物を指差しながら説明していく。

 そのうちに、何人かの生徒が宿舎に入ってくるのが見えた。


「カチュアさんは、どこから来たましたの?」


「オーバーバウデンです」


「えっ、ゼノン公国の?」


「はい」


「出身は違う町でしょうか」


「はい。ずっとクレズに住んでいました。クレズ出身です」


 それを聞いて、シナの表情がかげる。


「……そう。苦労したのね」


「いえ……でも大丈夫です」


「あ、言い忘れましたが、これからは生徒用のローブを着ていただきます。タンスの中に入っていますから、それに着替えてください。いま着ている服は、そこのカゴに入れて下されば、明日カチュアさんが学院に行っているあいだに洗濯しておきますから」


「わかりました」


「それでは失礼します、カチュアさん」


 ドアが閉まり、廊下を歩く音が小さくなっていく。

 シナが部屋から出ていったあと、カチュアは言われたとおりにタンスの中のローブに着替え、着ていた服を畳んでカゴの中に入れた。

 それからベッドに腰をかける。


 カチュアは自分がひどく場違いなところにいる気がしてならなかった。夢の中にいるような感じさえした。

 前にいた街では、炊事洗濯だけでなく仕事もしていたカチュアにとっては、やることを奪われてしまったようで少し寂しい。


 しかし明日からはシリウスの生徒として、週に六日間、学院に通うことになる。手持ち無沙汰に思うのは今日だけだと自分を納得させることにした。



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