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加藤良介のSF作品

僕はスープン准将 2

作者: 加藤 良介

 この短編は、あくまでもパロデイであることをご了承ください。

 本作は「僕はスープン准将」の続編です。

 やあ。久しぶりだね。

 みんな元気だったかい。

 アンドレア・スープンだよ。

 僕が陥っている酷い境遇については、みんなも知っていると思うから、ここでは繰り返さないけど、酷い境遇ってものは、簡単には覆らないらしく、それは現在進行形さ。


 事の発端を説明しよう。

 その日、僕は自分のブースで、与えられた仕事をこなしていると、上官から呼び出しがかかったんだ。

 もちろん出頭して、小言なり命令なりを受けなきゃならないのは前世と変わりない。

 敬礼した途端に、課長が口を開いた。


 「アンドレア。貴官には憲兵隊に行ってもらう」

 「はい?」


 僕は立場を忘れて、課長に無礼な口を聞いてしまう。

 えっ、何。情報部はクビってことなのか。それは困る。


 「期間は一、二か月と言ったところか、半年はかからないだろう」


 ああ、どうやら追い出されたわけではなく、出向のようだ。

 よかった、よかった。僕は内心で安堵の吐息を漏らした。 


 「貴様が適任だ。頼んだぞ」

 

 何を頼まれたのか全く分からないが、何かを頼まれたらしい。


 「了解いたしました。全力を尽くします」

 

 軍人の返答は、ハイかYesか喜んでの内、好きなものを選ばせてくれる親切設計だ。

 自分の席に戻ると命令書が届けられており、出向先となぜ僕が呼ばれたのかが分かった。


 僕はここ数か月の間、帝国内でのヘロイキシン麻薬の流通解析を行っていた。

 ヘロイキシン麻薬。

 こいつは恐ろしい薬だ。

 中毒性が高く、薬の作用で脳神経が破壊され、最後は廃人か死人かの二者択一。

 もともとは医薬品の精製過程で出る不純物だったのだが、こいつをさらに精製すると、中毒性の高い麻薬が完成してしまった。

 この薬は、僅かな量で長時間、多幸感に包まれるらしい。

 また、廃棄物から精製できるので価格が安かった。

 当然の如く、瞬く間に世間に広まり、そこに共和国、帝国の違いは無かった。

 この薬の最も大きな被害者というか顧客は軍人だ。

 最前線の軍人は常に死の恐怖と戦っている。精神が弱い奴から薬に手を出す。

 僕だって最前線勤務だったら手を出しているかもしれないから、彼らの事は笑えないよ。

 こうして、軍と麻薬は切っても切れない関係なんだ。

 だから、ヘロイキシン麻薬の流通実態を調べれば、帝国軍の戦力配置が推定できる。

 はずだ。

 でも、どうして僕なんだ。僕が調べているのは帝国内のヘロイキシン麻薬であって、共和国内の流通についてはさっぱりだよ。

 そんな疑問を抱きながら憲兵隊を訪れると、ごつい体の少佐殿が現れた。


 「説明は船内で行う。直ちに出発だ」

 

 今度は憲兵隊のエアカーに乗せられ、連れてこられたのは宇宙港。

 質問も出来ないままに軍の輸送船に放り込まれて、僕は首都星から旅立った。

 待ってほしい。これじゃ、ほとんど拉致じゃないか。


 「あのう。少佐殿。小官は何をすればよろしいのでしょうか。課長からは何も聞かされていないものでして」


 出港して、しばらくたったころ、部下の憲兵たちに指示を下している少佐殿に、恐る恐る質問をしてみた。


 「説明だ」

 「はぁ。説明ですか」 


 その台詞の説明を求める。

 そう言いたかったが、ぐっと我慢する。

 僕も大人になったもんさ。


 「誰に、何の説明をすればよろしいので」

 「現地に着けばわかる。貴官は到着までデータの整理でもしていたまえ」


 犬でも追い払うように、あしらわれてしまった。

 データの整理と言われても、僕が解析したデータなんだから、今更整理することも無いんだけどね。

 仕方がないので、僕は現地とやらに到着するまで、寝ながら過ごすことにした。

 大尉ってものは偉いもんで、輸送船とはいえ個室を与えられていたから、一日中寝ていても誰の迷惑にもならない。

 最近、仕事が忙しくて睡眠不足だ。いい機会だからまとめて清算しよう。

 僕は夢の世界へと逃避した。



 『不可能な事を仰らないでいただきたい』


 僕はスクリーンに映る老人に向かってむきになっている。


 『不可能事を並び立てているのは貴官の方だ。安全な後方で大口をたたきながらな』


 老人も負けずに言い返す。


 『小官を侮辱しておいでですか』

 

 あっ、不味い。いつものアレがせり上がって来る。


 『大言壮語は聞き飽きた。貴官は己の才能を示すのに弁舌ではなく、実績を以て行うがいいだろう。他人に命令することが、出来るのかどうか身をもって示したまえ』


 老人の痛烈な一言に、血の気が引いていくのが分かった。

 分かったからと言ってどうしようもないよ。そこで、視界が暗転した。



 僕は輸送船のベッドから転げ落ちた。

 痛い。

 どうやら、悪夢を見たようだ。全身汗だくだよ。

 老人の顔には見覚えはないけど、このシーンには既視感があった。

 これは、僕が、アンドレア・スープンが破滅するきっかけとなったシーンだ。この後、坂道を転がるように破滅へと突き進む。

 

 「畜生。絶対に回避して見せるからな」


 罪もない床を、何度も叩きながら誓った。

 一週間後、輸送船は目的地に到着した。



 到着した場所は、共和国と帝国との間に存在する中立地帯、ファイザー自治領だった。

 ここは、表向きは帝国領だが、実質的には独立国で、共和国とも通商関係にあり、帝国との三角貿易で、巨万の富を蓄えていることで有名な所だ。

 ゲームでも重要な役割を担っていた。

 まさかこんな形で訪れるなんてね。

 僕たち憲兵隊御一行様+αは、立派なホテルへと入っていった。

 ホテルにはこれまた立派な会議室がしつらえてあり、中には数人の人たちがいた。

 ここまで来たら、説明され無くたって僕にでもわかる。

 僕がデータを説明する相手が誰かなんて。


 「初めましてと言えばいいのかな。帝国軍憲兵隊所属、ウリエルト・ケストレル。階級は少佐だ」


 男前の帝国軍人が僕に握手を求めてきた。


 「はっ、はい。初めまして、共和国軍憲兵隊大尉、アンドレア・スープンであります」


 初めて目の当たりにした、帝国軍人。

 緊張で、声がでんぐり返る。


 「楽にしたまえ。と言うのは、無理があるか。我々は敵同士だからな。しかしながら、この件に関しては互いに協力できるはずだ。違うかね」


 男前なのは顔だけではない。声まで男前だ。

 僕が女だったら、こういう声で口説かれたいもんさ。


 「仰る通りであります。ケストレル少佐殿。お話はかねがね」

 「ん? 小官の事をご存じなのかね」


 緊張のあまり、言わなくていい事を口走ってしまった。

 知ってるも何も、大好きなキャラだっからね。ケストレル大佐。いや、今は少佐か。

 治安維持の特殊スキルが便利すぎて、帝国側でプレーしたときは、よく使ったなぁ。


 「いや。あの」


 狼狽えていると、後ろから咳払いが聞こえ、なんとかその場を逃れることができた。

 


 共和国軍と帝国軍という、殺し合いをしている同士の不思議な会合は、ある戦時条約に基づいて開催されていた。


 「ファイザー戦時条約」


 この中に、互いの領土に対して細菌、ウイルス、麻薬等のバイオ攻撃を行わないという条項があった。

 まぁ、こんな条項があるって事は、破っている奴がいるって事なんだけどね。共和国側にも、帝国側にも。

 でも建前は大事だよね。

 有ると無いでは大違い。

 共和国軍でも帝国軍でも、ヘロイキシン麻薬の蔓延は、頭の痛い問題だ。

 だからお互いに情報交換をして、摘発に乗り出しているらしい。

 へぇー。殺し合いばかりでもなく、協力するところは協力しているのか。

 僕は素直に感心した。


 会合は比較的和気あいあいと進行するが、肝心の情報提供となると、双方口が重くなる。

 お互いに、向こうが持っている情報は欲しいが、こちらが持っている情報は知られたくない。言葉遣いは丁寧だが、見えない攻防が繰り広げられていた。

 僕はそれを他人事として眺める。

 交渉事には関係ないから気楽なもんさ。聞かれた事だけ答えればいいんだ。


 会議は大した進展を見せぬまま、何日か続いた。

 比較的暇な僕は、ホテル内をうろつく。

 街に繰り出したいが、迂闊な行動は懲罰の対象だ。折角のファイザー自治領だが、交渉が終わるまでは大人しくしていよう。

 そんな時、ホテルのラウンジで、ケストレル少佐を見かけた。

 少佐は普段、部下の兵士に囲まれているのだが、今は一人だった。

 僕は好奇心が抑えきれずに声を掛けてしまう。


 「ケストレル少佐殿。よろしいでしょうか」

 「貴官は。スープン大尉だったな。小官に何か用かな」

 「いえ、用と言う訳ではありませんが、お話がしてみたくて・・・」

 「話しかね」


 一瞬、顔をしかめるそぶりをしたが、了承してくれた。

 了承してくれたはいいが、困ったなぁ。何を話せばいいんだろう。

 帝国側のお気に入りのキャラとお話してみたかっただけだから、別段会話のネタがない。

 アイドルグループを前にした女子中学生と同じような気分だ。何を話せばいいんだろう。

 仕方がないので、仕事の話をすることにした。


 共和国で精製されたヘロイキシン麻薬が、ここファイザー自治領を経由して帝国領内に流れ込んでいることは周知の事実であったので、ファイザーから帝国への流通経路についての予測を述べることとした。

 詳しい数字は控えているから、情報漏洩って程でもないだろう。

 会議が進展したら、公開する情報だしね。

 しなかったら・・・まぁいいや。こんな所まで来て、何の成果も得られない憲兵隊が悪い。

 

 「私が調べた限りでは、資金の流れに不明瞭な点はありませんでした。恐らくですが単独での密輸ではなく、正規の商品に紛れ込ませていると思われます」

 「それについては同意見だ。問題はそれが何かと言う事だね」

 「はい。少佐殿は目星がついていますか」

 「それについては答えられないが、手ぶらでここ来ているわけではないとだけ言っておこう」

 「なるほど」


 普通の軍人が相手だと、ブラフを疑うんだけど、この人の場合は何か掴んでいることは間違いないだろうな。

 よし。

 もう一歩踏み込んでみるか。

 僕は胸元に差していたペンを取り出して、自分の掌に文字を書いた。問題のブツの名だ。


 「たぶん。これなんじゃないでしょうか」


 少佐の表情が険しくなった。


 「・・・それは、想定していなかったな」


 あれ? そうなんだ。

 てっきり、目星がついているものかと思った。


 「しかし、どうしてそれを私に、帝国軍に教えてくれるのかね。いや、馬鹿な事を聞いたな。忘れてくれたまえ」


 少佐は手を振って謝罪するが、理由は単純だ。


 「どうしてって。小官も嫌いですから。ヘロイキシン麻薬」

 

 僕の素朴な答えに、ケストレル少佐は何度か瞬きをした。

 綺麗ごとに聞こえたかもしれないけど、嘘は言っていない。

 士官学校時代、この麻薬のおかげで、僕はなりたくもない首席候補生になっちまったんだ。この恨みはどんな谷よりも深いよ。

  

 「少佐殿。取引しませんか。会議で帝国軍が共和国内の流通経路についての情報を流してくだされば、こちらも帝国領内での流通経路についてお伝え出来ます。まぁ、小官が解析したデータですけど、信憑性は高いと考えます」

 「大尉の君にそれが出来ると言うのかね」

 「小官だけでは無理です。ケストレル少佐の助けが必要です」


 少佐殿は大きなため息をついた後、男前の声で答える。


 「了解した。貴官に協力しよう。スープン大尉」

 「ありがとうございます」


 共和国軍人の僕が、帝国軍人のケストレル少佐にお礼を述べるなんて、叔母さんが知ったら発狂するな。



 翌日の会議の席で、帝国側は大幅な譲歩を見せた。

 帝国軍が掴んでいる、共和国内でのヘロイキシン麻薬の流通経路を示したのだ。

 資料を受け取った共和国軍からは、うめき声が上がった。

 僕は共和国内での流通経路に関しては無知だから、その情報が正しいのかどうかわからないが、憲兵隊の少佐殿の顔色を見る限りでは、相当、重要なデータだったようだ。

 面白かったのが、共和国人でも知っている帝国の大貴族が、裏で一枚かんでいるらしいとのこと。この貴族様が所有するペーパーカンパニーから麻薬が流れているらしい。

 金儲けの前には、主義主張はひっこめられるって事だね。


 次はこっちの番だ。

 僕は少佐殿から許可を貰い。自分が解析したデータを帝国軍に提示した。

 今度は、帝国側からうめき声が上がった。

 これでイーブンだ。


 「おそらく。ベントレー社の水採掘船が、密輸の経路と考えられます。ご存じのようにヘロイキシン麻薬は水溶性ですので、膨大な水に溶け込ませてしまえば、検知不能です。ベントレー社は帝国領、惑星タルコフのテラフォーミング事業に参画していますよね。水に溶け込んだヘロイキシン麻薬は、惑星タルコフで水から分離されているのではないでしょうか」

 「どうして、水に含まれていると考えたのかね」


 帝国軍から質問が飛んできた。


 「それは、ベントレー社の採掘船が共和国内で水を採掘し、ここ、ファイザーで帝国のテスラ・カンパニーに売り払っているからです。詳しい価格までは知りませんが、帝国領内で水を確保する方が安上がりですよね。それを、わざわざ共和国領内から水を運ぶ。手数料や関税だって馬鹿になりませんよ」


 僕は帝国軍人たちを前に、意気揚々とデータを説明した。

 この情報が当たっているか外れているかは、彼らが調べれは判明するだろう。

 確信はないけど、自信はある。

 僕がこのからくりに目を付けたのは、水の価格ではない。

 水の価格は、極めて普通だった。

 普通じゃないのはテスラ・カンパニーがベントレー社に対して支払っていた手数料だ。異様に高かい。

 我が国と帝国間には通商条約なんてものはないから、関税や手数料に関しては相手の言い値なのだが、それにしたって高い。しかも、その価格が小幅な値動きのまま長期間安定している。

 共和国と帝国間の貿易では、仕入れ価格や手数料なんてものは、その時の情勢や取引相手の気分によっても大きく変動する。それが一定だなんて、逆におかしい。


 僕が説明を終えると、対面にいたケストレル少佐が小さく頷いた。

 これで少しはお互いの国に蔓延している、ヘロイキシン麻薬の流通量を減らすことができるだろう。

 あとは、警察なり司法なり政治家の仕事さ。

 摘発される者もいれば、うやむやにされる者もいるだろう。

 その辺りの事は僕の知ったこっちゃない。情報分析官としての職務を全うしただけさ。

 僕は軍人になって初めて、この仕事にやりがいを感じた。

 うん。やりがいって大事だよね。

 憎いヘロイキシン麻薬に一発、蹴りを入れた気分さ。


 会議はつつがなく終了した。

 最後は、ウチの憲兵隊少佐殿とケストレル少佐が互いに敬礼して終わり。

 宇宙のどこかでは、この二つの軍服を着用した兵士たちが殺し合っているだろうに、不思議な光景だ。

 僕はこの光景を決して忘れないだろう。


 「スープン大尉。君には世話になった」


 会議が終わるとケストレル少佐が僕に挨拶をよこした。


 「お役に立てたのなら光栄です。少佐殿」

 「帝国臣民に成り代わり、礼を言う」

 「こちらこそ。共和国市民を代弁してお礼申し上げます」


 僕たちは敬礼をして別れた。

 言いたいことはいっぱいあったけど、それは口にすべきではないと感じた。

 きっとケストレル少佐も同じ思いだったろう。

 こうして、僕の初めての出張は終わった。



 再び、軍の輸送船に缶詰めにされて、首都星まで運搬された僕を待っていたのは、とんでもない辞令だった。


 「アンドレア・スープン大尉。憲兵隊への転属を命じる」


 課長の無慈悲な宣言に、手にした辞令を床に落としてしまった。


 「はぁ。ちょっと待ってくださいよ。小官が何かしでかしましたか」


 僕は課長に食って掛かる。 

 だっておかしいじゃないか。自慢じゃないけど、今回はそれなりの成果を上げた自信がある。なのに情報部を追い出されるなんて納得できない。

 僕は猛然と抗議した。

 

 「何か勘違いをしているようだな。辞令を最後まで読め」

 「最後・・・」


 僕は床に落ちた辞令を拾い上げ、末尾に書かれていた文言に凍り付く。


 『アンドレア・スープン大尉を、八月一日を以て少佐に昇任する』


 うっ、嘘だろう。

 僕は絶望の雄たけびを上げたのだった。




                終わり

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