第2章 (5) 合流
僕たちが乗り込むとムーコンは静かに動き出した。外ではジャグルが笑顔で手を振って見送ってくれた。
「ここから更に北のカミラに向かいます。カミラまでは五時間位かかり、今日の夕方には着く予定です」ケインが言った。
「ちょっと気になっているんだけど、この世界には猫の顔の人と私たちと同じ人間の顔の人がいるよね。どの位の割合で猫の顔の人がいるの」健二が聞いた。
「だいたい半分が猫系の顔をしています」ケインが答えた。
「猫の顔と人間の顔で顔以外に何か違いってあるのかな?」健二が更に聞いた。
「別に特に変わりはありません。表情が異なるだけです。お互いに結婚もできますし、子供もできます。両者の子供の顔はときに猫で、ときに人間になります。遺伝子の要素の違いですが、どちらが優性とかはないようです」ケインが説明した。
「でも耳や目、ひげとか猫と人間では違うところがたくさんあるよね。不思議だなあ」健二が言った。
「確かに不思議だよね。でも隣の世界とか次元の裂け目はもっと不思議だ」僕が言った。
「まあな。あー全然わかんない」健二は両手を上に伸ばしてばたばたと動かしながら叫んだ。
時間が経つに連れ外の景色には草木がほとんどなくなり、岩山や雪、氷ばかりになってきた。まるでテレビで観た冬のアラスカや北欧の風景のようだった。ここにもし一人で放り出されたら凍え死ぬだろうと思った。ムーコンの中では食事もでき、トイレもあったので途中止まることもなく進み続けた。そして夕方になってムーコンは止まった。
「カミラに着きました。外に出ましょう」ケインが案内してくれてムーコンの外へ出た。目の前に薄緑色の頑丈そうな布でできた大きなテントがあった。
「こちらへ」ケインがテントの中へ案内した。テントの中は想像していたより天井が高く大きな広間が広がっていた。そこに大きな体格の男が座っていた。顔は人間の顔だった。
「おう、お客様がお出でか」その男が立ち上がって言った。その男は背丈は二m位と高く軍服のような黄土色のジャンパーと丈夫そうな生地のグリーンのパンツを履いていた。肩幅は広く筋骨隆々で、角張った顎のいかつい浅黒い顔つきをしていて、長い黒い髪を後ろで一束に結わいていた。黒い眉毛はげじげじと毛が多かったが目は細く小さく、そのバランスの悪さに愛嬌があった。
「これはこれはドロンさん。ここにお出ででしたか」ケインが言った。
「ああ、自分の部屋にいても退屈なのでここに来たんだが今日は誰もいなくて暇をしていたところだ。この若い人たちが例の方かな?」
「Eの世界のおふたりです」ケインが言った。
「服部たくやです」
「堺場健二です」
「私はドロン・スジャラーヌだ。ドロンと呼んでくれ。Bの世界から来た。よろしく」ドロンが大きな手を差し出してきたので僕と健二はそれぞれ握手をした。大きな手だったが思ったより柔らかく力も弱めの優しい握手だった。
「ドロンさんはBの世界から昨日来られた。Eの世界から君たちが来たという知らせを聞いて来られたのだ」
「Bの世界でもウィンゼンの力の影響が出ているのですか?」健二が言った。
「ああ。Bの世界では気温の上昇が起こり、大雨が降ったり、洪水が起こったりしている。今まで人が暮らしていた土地の三十%近くが既に住めなくなってしまった」
「三十%か、それはすごいな」
「ドロンさん、他の方たちにはもうお会いになられましたか?」ケインが言った。
「ああ、昨晩夕食を共にしたよ」
「他の方とは?」僕が聞いた。
「隣合わせの七つの世界の人たちがここに集まって来ています。ウィンゼンの力のバランスを修正するために。Dの世界の人はまだですが」ケインが言った。
「Dの世界の人も君たちと同じように昨日発見され、ここカミラに向かっている。夕方には到着するだろう」シャーリンが付け加えた。
「今晩、夕食のときに皆に会えると思います。おふたりの部屋を用意していますので、まずはご案内します」ケインが僕たちを案内してくれた。テントの中を進むと奥に出口があり、その先に複数の色とりどりの小さなテントが並んでいた。僕たちは真っ赤なテントに案内された。周りの布が防寒しているのかテントの中は温かく心地良かった。中は二十畳以上の十分な広さがあり二つのベッドとテーブル、椅子が並んでいた。
「さっきのドロンって人の体格はすごかったな。きっと力は強いから頼りになりそうだ」健二が言った。
「最初見たときは怖そうと思ったけど、握手も優しくてきっと心も優しいんだろうな」「目が小さくてかわいいな」
「確かに」僕は笑った。その後、僕たちは思っていたより疲れていたようで、ベッドに横になったらすぐに寝てしまった。
「おーい、寝てるのか?」外からシャーリンが大声を出しながら入ってきたので僕たちは目を覚ました。
「夕食の時間だぞ。起きろ」シャーリンが健二を手で叩き起こしながら言った。
「つい寝込んでしまったよ」僕たちは起き上がり、顔を洗ってシャーリンと食事の場所に向かった。案内されたところは大きな広間で細長いテーブルの両側に既に多くの人が座っていた。僕たちは案内されるままに席に着いた。僕たちが席に着くと間もなくテーブルの端に座っていた人が立ちあがってしゃべりだした。
「皆さん、それでは食事を始めましょう。初めての方もおられるので、改めて自己紹介をさせて頂きます。私はチャガグと申します。ここカミラの次元の裂け目の地区のリーダーをしています。どうかお見知りおきを」そのチャガクと名乗る人は長い白い毛のペルシャ猫のような顔をして、背丈はシャーリンと同じくらい、お腹が少しポッコリとした小太りな体系だった。声からして男性なんだと思った。
「まずは乾杯をしましょう。ウィンゼンの力のバランスを取らんことを、かんぱーい」野太い声でチャガクが音頭をとり、皆がボイジョで満たされたジョッキを掲げた。僕は正面にいた人たちとジョッキをぶつけあい乾杯の挨拶をしボイジョをグイと飲んだ。喉が渇いていたのでその一口がとても美味しかった。
「それでは皆さん食事をお楽しみください。後ほど皆さんの自己紹介をお願いしたいと思います」チャガクが言った。
正面には細身で小柄な人が座っていたが、顔がカワウソだった。カワウソの顔は目がくりっとしていてかわいく愛嬌があって僕は昔から好きだったが、人の姿をしていると更に愛嬌が増してかわいいなと思った。周りを見回すと、他にカエルのような顔、ウサギのような顔の人がいた。僕は隣に座っているシャーリンに聞いた。
「色々な動物の顔をした人がいるね」
「そうだね。僕も初めて見るのだけど、他の世界の人たちだ」
「ちょっと奇妙だね」
「これだけバリエーションがあるなんて、今度生まれ変わるときはどういう顔がいいか考えちゃうな」健二がにやつきながら囁いた。
「皆さん、お食事はいかがでしょうか? お気に召しましたか。皆さんの世界の味とは違うとは思いますが気に入ってもらえれば嬉しいです」チャガクがまた立ち上がり喋った。
「ではそれぞれの世界からいらした方々に自己紹介をお願いしたいと思います。それではここAの世界のメンバーです」チャガクの目がシャーリンの方を見た。シャーリンが立ち上がった。
「皆さん、こんばんは。私はAの世界のシャーリンと申します。今回、皆さんと一緒に次元の裂け目に入り、このウィンゼンの力のバランスを元に戻すよう頑張りたいと思います。出身はここから南の方のライウェリィという村で生まれて育ちました。専門は心理学で、専門が今回のチャレンジにはそんなに役立たず、腕っぶしもそれほど強くはないのですが、次元の裂け目には二回程入ったことがあります。またすばしこい動きも取り得なので、経験と取り得を活かして今回のチャレンジに役に立てればと思っています。よろしくお願いします」シャーリンの専門が心理学だったなんて知らず、今までそんな素性を見せてもいなかったので面白かった。
「シャーリンさんありがとうございます。それでは次はBの世界の方」
向かいの右端の方に座っていたドロンが立ち上がった。二mはある大きな体格は周りの人より大きく存在感、威圧感があった。
「皆さん、失礼します。私はドロン・スジャラーヌと申します。気楽にドロンと呼んで下さい。Bの世界から来ました。Bの世界は長年に渡りAの世界と交流し、友好的な関係を築かせてもらっています。しかしAの世界、Bの世界共に近年、環境の悪化が激しく暮らすことが厳しい状況になってきています。今、七つの世界が共同でウィンゼンの力のバランスを直すことが非常に重要だと考えています。私は皆様と共にその課題の解決に挑むことを誇りに思うと共に尽力したいと思いますのでよろしくお願いします」
皆から拍手が起こった。
「ドロンさん力強いお言葉をありがとうございます。それでは次はCの世界の方、お願いします」
正面に座っていたカワウソの顔の人が立ち上がった。背丈は百四十cm位と小柄で燕尾服のように後ろが長く体にピッタリしたグレーの上着を着ていた。尻尾が上着からはみ出して伸びているのがかわいらしかった。
「こんばんは。私はCの世界のメイナといいます」女性なのか、声は高く澄んでいて広い室内によく響き渡った。
「私たちは水辺で住む生活を送っていますが、Cの世界では最近、地震や火山の爆発などの災害が多くなり、多くの人も亡くなり、住む地域を追われ生活するのに困っている人も多くいます。この災害もおそらくウィンゼンの力の変動によるものと思われ、私もこの課題の解決に挑戦したいと思います。川や海など水の中での行動は得意とするところですので、何かそういう場面があれば少しは助けになれると思います。よろしくお願い致します」
「メイナさんありがとうございます。それではDの世界の方、お願いします」メイナを歓迎する拍手の後、チャガクが促した。僕の左側の方で椅子を引く音がして人が立ちあがった。その顔は狼だった。輝くような美しいシルバーの毛並みの中、鋭い青色の目が光っていた。
「こんばんは。私はガントといいます。実はおととい突然この世界に迷い込み、何が起こっているのか自分ではまだよく理解できていません。七つの世界やウィンゼンの力のことも教えてもらいましたが、まだ実感が湧いていません。私たちの世界では特に大きな変動は起きてないように思っています。しかし自分の世界に帰る方法も分からず、ここの次元の裂け目から帰れると聞いて、まずは来てみました。どうも皆さんの世界ではそのウィンゼンの力のせいで困ったことが起こっているようなので、もし私がその解決の助けになるのであれば喜んで協力したいと思います」ちょっとこわもての野太い声でガントがしゃべった後、皆から拍手が起こった。正面のメイナのカワウソの顔が少し怖がってい怯えているような表情にしていた。
「ガントさんありがとうございます。それでは次はEの世界の方、お願いします」僕は健二と一緒に立ち上がった。
「こんばんは。私は服部たくや、隣にいるのは友達の堺場健二です。実は私たちもガントさんと同じく、おとといこの世界に迷い込んで来て、まだ何が起こっているのか理解できていません。しかし私たちの世界でも色々世の中が悪化しているように感じます。それもウィンゼンの力のせいなのかもしれません。今回の活動には皆さんの世界のために自分たちの世界のためにも挑戦して頑張ってみたいと思っています。二人共、まだ二十歳で若輩者ですが、その若さが取り柄だと思っていますので、よろしくお願いします」二人で頭を下げると拍手が起こった。
「たくやさん、健二さんありがとうございます。それでは次はFの世界の方、お願いします」僕の右側の三人挟んだ向こう側で立ちあがった人の顔は黄緑色のアマガエルだった。上着に白地に青い大柄の模様が入った日本のはっぴのような服を羽織っていた。
「皆さんごきげんよう。僕はペロといいます」その声はとても甲高く、頭のてっぺんから出ているようだった。その声を聞いて可笑しいのか、周りの人の顔が少し笑顔で緩んでいた。
「僕たちの世界では”天気は天に任せよ。汝は他のことを考えよ”ということわざがあります。しかしFの世界ではここ三十年近くに渡って雨の降る量が急激に減ってきていて、そんな呑気なことは言っていられない状況です。そんなときにCの世界、先程のメイナさんの世界から、この活動の話を伺い、この度は僕が参加することになりました。天に任せず自分たちの力で状況を打開できればと思います。よろしくお願いします」甲高い声の話が終わると拍手が起こった。
「ペロさん、ありがとうございました。それでは最後になりますが、Gの世界の方、お願いします」向かいの左側の端の人が立ちあがった。立ち上がると同時に長い両耳も立ち上がった。毛が白く目が赤いウサギだった。
「こんばんは。私はGの世界から来たラドエと申します」声はソプラノ位の女性の高い、よく通る声だった。襟に毛皮のような飾りのある長いコートのような服を着ていた。袖も長く袖の先にも毛が付いていたので、食べたり、歩いたりはしにくいんじゃないだろうかと心配になった。
「実は私がなぜここに派遣されたのか理由がよくわからないのですが、先週、突然上官からここに行くように言われて来ました。ウィンゼンの力の存在もここに来て初めて知ったのですが、私の世界ではなぜか男性だけがかかる病がはやっており多くの男性が亡くなっています。私はまだ結婚しておらず、フィアンセもいないので、このまま男性が減ってしまっては困ってしまいます。ここで頑張ってその病を止め、良きフィアンセを見つけたいと思っています」場内から笑いが上がった。
「ちょっと不謹慎な理由かもしれませんが、皆さんと頑張りたいと思いますのでよろしくお願い致します」ラドエの挨拶を終えると、話が面白かったからか拍手も他の人より大きかった。
「ラドエさん、ありがとうございます。最後にこの作戦の参謀を務めますケインをご紹介します」チャガクの隣に座っていたケインが立ち上がった。
「七つの世界の代表の皆さん、この度、この作戦の参謀として皆さんと行動を共にするケインと申します。Aの世界では長年に渡り次元の裂け目、ウィンゼンの力の研究を進めてまいりました。まだまだ分からないことは多々あるのですが、この研究結果を踏まえながら私がご助言できればと思います。皆さんが、自己紹介と一緒に、ここに来た目的を既にお話されていましたので、今更、私がその内容をここでお話する必要はないかと存じます。作戦の詳細は明日の朝、改めてお話したいと思いますので、今晩は食事と酒と共に皆さんの親交を深めて頂ければと思います。よろしくお願い致します」皆から大きな拍手が起こった。
「それではお食事、ご歓談をお続けください」チャガクが言った。
僕たちは特に席を立つこともなく、シャーリンと話しながら食事をしばらく楽しんだ。食事は最初にシャーリンたちと食べたときと同様に素朴な料理ながら自然の素材を活かした美味しい食事だった。健二は相変わらずむさぼり食うように食事を食べ、ボイジョをたらふく飲んでいた。
「よう、若いの。食事は旨いか?」突然、大きな体が寄ってきたかとも思うとドロンだった。
「旨いっすよ。ここの食べ物も酒も俺は気に入ってますよ」健二が食事を頬張りながら答えた。
「それは良かった。俺はもう少し肉があった方が嬉しいんだけどな。このボイジョという酒は旨いがな」ドロンが言った。
「それにしてもドロンは、体格がいいですねえ。Bの世界では皆、こんな体をしているのですかあ?」健二が聞いた。
「ははは、確かにこの部屋の中では俺が一番大きいかもしれないなあ。でも俺はBの世界ではこれでも小さい位だ」
「そうなんすか。それはすごい」
「今日、君たちを見たとき細い奴だなあ、こんな体格で果たして作戦を遂行できるのかと心配になったが、見回すと他の世界にはもっと小さい、細い奴もいるなあ」
「今回の作戦にはただ体格がでかけりゃあいいってもんでもない。機敏さや、かしこさも求められる」シャーリンが言った。
「おやおや、まるで俺が機敏じゃない、頭が悪いと言ってるみたいじゃないか」
「別にそうは言ってない」シャーリンが横目でドロンをにらみながら言った。
「いいんだよ。別に気にしちゃあいない。皆で仲良くしないとな」
「あのう、お邪魔します」突然、アマガエルの顔をした人が隣に現れて声をかけてきた。
「あ、あなたは……」僕は言い淀んだ。
「ペロです。Fの世界から来た者です。そちらはEの世界のたくやさんと健二さん。そしてBの世界のドロンさん」ペロの声は甲高く僕の頭にキンキン響いた。
「はい、そうです」僕は答えた。
「これからご一緒させてもらいますがどうぞよろしくお願いします」ペロは右手を胸の前に添えながら頭を下げて挨拶した。
「あーこちらこそよろしくな」ドロンが言った。ドロンの隣に立つとペロの頭はドロンの腰の高さしかなかった。
「こちらは友達のCの世界のメイナさん」ペロの隣にカワウソの顔をしたメイナが寄ってきた。
「よろしくお願いします。メイナです」メイナが頭を軽くさげて挨拶した。その顔は少し怯えているようで、ドロンが怖いのか、少し引っ込み思案なんだろうと思った。
「私たちは一年前からここに来ていてあなた方を待っていたのですよ。あなたたちが現れるというAの世界の予見があるので」ペロが言った。
「え、そうだったんですか」僕は驚いた。
「予見ではいつあなた方が来るという正確な時期が語られてなかったので、大分待ちましたよ」
「そんな風に言われてもこの世界のことも、ウィンゼンの力のことも俺たちは知らなかったんだ」健二がちょっと不満なように言った。
「いやいや、あなた方を責める気は全然ありません。そもそも僕は予見を信じていなかったのですが、本当にあなた方が現れてちょっと驚いていますよ。一年間、ここにいたお蔭で色々事前に勉強もできましたし」ペロが言った。
「何かわかったことはあるのかい?」ドロンが聞いた。
「僕は科学者なのですがここの研究結果を勉強させてもらいました。Aの世界では長年、次元の裂け目のこと、ウィンゼンの力のことを研究してきたようです。僕たちの世界では降水量が急激に減少しています。その現象が僕たちのFの世界の中の熱量だけで考えると説明がつかない。しかし、ここの研究内容を調査して、ウィンゼンの力によってFの世界の熱量がどこかに漏れている、バランスが崩れているとすれば説明がつく。その仮設を今回の活動で証明したいと思っています」
「そうか科学者か。俺には分からないことも分かりそうで、役に立つ」ドロンが笑いながら言った。
「メイナさんといったわね。これからよろしくね。このメンバーの中で女性はあなたと私だけみたいだから」ウサギの顔のラドエがカワウソのメイナに話しかけてきた。二人の背丈はちょうど同じくらいで、ドロンの胸の高さ位だった。
「あ、こちらこそよろしくお願いします。そうですね女性は私たちだけみたいですね」メイナは相変わらずちょっとおっかなびっくりな感じだった。
「あなた、可愛い目をしているわ。私なんかこんなきつい目でちょっと怖いでしょう」
確かにラドエの目はちょっと吊り上がっていた。でもくりっとした赤い目は怖いとは僕は思わなかった。
「そんなことないですよ、ラドエさんの目もかわいいです」僕が割り込んで言った。
「ありがとう、坊や」ラドエが笑顔で言った。
「坊や!」健二が叫んだ。
「だってあなたたち、二十歳なんでしょ。坊やじゃない」ラドエが更に笑いながら言った。
「この年で坊やかあ。ラドエさんはおいくつなんですか?」健二が聞いた。
「女性には年を聞いちゃダメよ。坊や。ま、隠すこともないけど、私は百二十歳よ」
「えー、百二十歳!お若いですねえ」健二が驚きながら言った。
「私たちの平均寿命は五百歳よ。別に普通に若いわよ」ラドエが言った。
「あのう、私は十歳です」メイナが囁くような小さい声で言った。
「あら、メイナも若いのね。じゃああなたはお嬢ちゃんね」ラドエが言った。
「俺は五十二歳だ」ドロンが言った。
「俺は三十五歳だ」突然、狼の顔のガントが割り込んできた。
「それぞれの世界で時間の進み方が違う。年齢を比べても意味はないよ」シャーリンが冷めた口調で言った。
「ガントといったな。よろしくな」ドロンがガントの肩を叩きながら言った。
「なれなれしく触るな」ガントはドロンを横目で睨みながら言った。ガントの背は高く、ドロンの肩の高さ位はあった。
「ごめん、ごめん。まあ、仲良くやろうぜ」ドロンが軽い笑顔で言った。
「さっきも言ったが俺は急にこんな世界に迷い込んで、まだ事態が飲み込めてねえ。早く元の世界に帰りたい、それが正直な気持ちだ。そのために一緒に次元の裂け目には行くがな」
「ガントさん、僕も同じような気持ちです。僕もここに来るかすごく悩みました。何が起こっているのか正直まだ理解できていません。僕の本音も早く帰りたいです。だから帰るためにも一緒に行きましょう」僕が言った。
「そうだな」ガントは鋭い目つきで僕の方を見て軽くうなずいた。その眼光は青く鋭かった。