第2章 (3) 旅立ち
部屋の中には外光が注ぎ以前よりも明るく感じた。この前来たときは夕方だったが、今は午前なので太陽の方角が変わり窓から日が差しているようだった。ちょっとヨーロッパの教会の中にいるようで、ここでも太陽は変わらないんだなとふと思った。部屋には前回と同じように多くの人がテーブルを囲んで座っていた。黙って座っている人々はちょっと気味が悪かったが、正面ではリーダーのジェイミーと参謀のケインが立って僕たちを迎えてくれた。
「ジェイミーさん、ケインさん。僕たちはカミラの次元の裂け目に行きます。予見が語っているように僕たちが助けになるのかは定かではありませんが、行ってできることはしてみたいと思います」
「たくやさん、健二さん、よく決意してくださいました」ジェイミーが満面の笑顔で、手を差し出してきた。僕と健二は順々に握手をした。ジェイミーの手はちょっと毛が固くてごわごわしていたが、僕の手をしっかり力強く握ってきて、その手に歓迎と願いの気持ちを強く感じた。
「一緒にシャーリンとケインが同行します。カミラへの案内とともに、二人は次元の裂け目の壁までは行ったことがあるので助けになると思います」
「ありがとうございます」僕らは頭を下げてお礼を言った。
「ケインさん、シャーリンよろしくお願いします」健二が頭を軽くさげて挨拶した。
「ケインと気楽に呼んで下さい」ケインが笑顔で答えた。
「それとこれを是非着て行ってください」ジェイミーがそう言うと横から二人の若い人が衣服を持ってきた。ジャケットとパンツの上下があり、濃い落ち着いたダークブラウンを基調にし、オレンジ色のアクセントが襟や袖などに入った粋な色使いのデザインだった。
「これはデシャインの服ではないですか」シャーリンが目を見開いて驚いた表情をしていた。
「そうですよ、シャーリン。お二人のために用意したわ。どうぞ羽織ってみて下さい」
触ってみると今まで感じたことがないソフトな手触りで、ジャケットを羽織るととても軽かった。
「これは私たちの伝統的な屋外で活動するための服です。その昔、伝説の冒険家ガイナーがこの服を着て世界中を廻り、次元の裂け目も彼が発見しました。最高の素材、製法で作られていてとても機能的です。伸縮するので非常に動きやすく、更に岩に擦れても破れず、少々の剣では突き通せません。次元の裂け目を踏破するのに役立つと思います。そして防寒にも優れています。カミラはとても寒く、北に向かう道中もどんどん寒くなります。是非、この服で寒さから体を守ってください」
「ホントだ。とても動きやすい。軽いので体への負担も少ない」健二が羽織った後に両腕を廻したり、伸ばしたりしながら子供のように騒いだ。
「ありがとうございます。光栄です」僕はお礼を言った。
「無理なお願いをしていますがご協力を感謝します。お気をつけて行って来てください。お二人のご無事と偉業の達成を心から祈っています」ジェイミーが改めて頭を下げてくれた。
ケインが、僕たちを外に案内してくれた。そこには大きな繭のような物があった。その繭は、沖縄のビーチの澄んだ海のような透き通った水色で、太陽の日を反射して輝いていた。
「これに乗ってカミラに向かいます」ケインが言った。案内されるままに僕たちが向かうと繭の壁に縦に細長い穴が開き、中に乗り込むことができた。中は四人が座ったり、横になるのには十分な広さがあり、僕たちは空いているシートに座った。ケイン、シャーリンが乗ると入口は閉じ、繭は動きだした。中から見ると繭の壁は半透明で、外の風景が見えた。僕たちが出てきた卵の形をした建物の外のテラスに多くの人が並び、手を振って僕たちを見送ってくれた。その中央には一回り体格の大きなジェイミーリーダーが立ち大きく手を振ってくれていた。その仰々しいお見送りを見ていると、ありがたい気持ちと共に、ちゃんと責務を果たせるのだろうかという不安の気持ちが僕の中に起きた。
「この乗り物はムーコンといいます。このムーコンでカミラまでは二日間の旅で、途中一泊することになります。今晩、泊まるところまでこの中でゆっくりしていて下さい」ケインが説明してくれた。
「どこに泊まるのですか?」僕が聞いた。
「途中のキエグイという場所に、ジャクルという方が住んでいて、その家に泊まる予定です」ケインが言った。
「人の家? そんなところに厄介になっていいのかい?」健二が聞いた。
「この先、街や集落はほとんどなくなり、泊まる宿なんてない。会ってみれば分かるがジャクルは友好的で心の広い人だ。そんなに気にする必要はない」シャーリンが補足してくれた。
「しかしすごいスピードでこの乗り物は動いているなあ」外を見ながら、健二が言った。確かに外を見ると景色が飛んで行くように動いていて、新幹線の三倍くらいの速さで動いているような感じだった。
「宙に浮いて走っているようですがどうやって動いているんですか?」僕は聞いた。
「テラクの力だ。このムーコンの底面はテラクという物質でできている。そのテラクは自然の地面に対し反作用の力を発生する。その力でこのムーコンは浮き、推進している」
「リニアモーターカーのようなものか」健二が納得したようだったが、僕にはそのテラクという物質とそんな力があることを不思議に感じた。
初めのうちは草木の多い緑の丘陵地に家々が並ぶ平和な景色だったが、二時間位すると草木のない乾いた土地になり家も少ない風景に変わった。そして時々雪も見えるようになった。
「二年前まではここにも緑と集落があった。しかしウィンゼンの力のために今やこのように植物の育たない住みにくい土地になってしまった」シャーリンが嘆いた。
「そしてこの荒涼とした土地がどんどん広がっている。誰かがウィンゼンの力を止めなければ私たちはこの世界に住めなくなってしまう」ケインが続けた。
「ただ僕たちに何ができるのかまだ不安です」僕が言った。
「私たちにもあなた方がどう助けになるのかよくわかっていませんが、予見を信じてあなたたちに頼むしかないのです。カミラには他の世界の人たちも集まってきています。七つの世界が協力することが大切だと予見も伝えています」ケインが言った。
「七つの世界の内、残りの五つの世界の人々ってどんな人たちだろう」健二が興味深そうに言った。
「カミラに行って会えば分かるよ」シャーリンの答えはそっけなかった。