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たくやの糸  作者: 松仲諒
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第2章 (2) 迷いと決断

 その夜は招かれた通りにシャーリンの家で寝た。あまりに不思議な経験の連続で興奮し、この後どうすべきか悩みもあったが、疲れていてビールの酔いもあり二人とも横になったらすぐにぐっすり眠ってしまった。翌朝、先に起きた僕は家の外の庭に出て一人、椅子に座って外を眺めながら物想いにふけった。朝の光は爽やかで、太陽の日は僕たちの世界と変わりなく注いでいた。隣の世界とはどういうことなのだろう。ここは同じ地球なのか?それとも全く違う星なのか? 太陽は地球と同じようにあり、木々や草々も変わりなく、猫の顔があるとはいえ、人もいて生物も同じような感じなので、僕たちの地球と同じような星なんだろうなと想像をしてみた。そういうことはその地球に並行して隣の世界が七つもあるということになる。その隣ということがなかなか理解できなかった。そしてそれを覆うようにして外の宇宙ウィンゼンがあるということはもっと理解できなかった。遠くに綺麗な山並みが見えた。それ程高くない山なのか山の上まで木々が続いて美しい深い緑色をしていた。そこに朝日が当たり、その反射が美しかった。その景色も僕らの世界との違和感はなかった。しばらくすると道に人が増えてきた。皆が活動を始めたようだ。向こうからシャーリンが歩いてきた。相変わらずピチッとしたスーツを着て颯爽とした歩きだった。

「おはよう」シャーリンが微笑みながら言った。彼の青いシャム猫の顔が凛々しく少し羨ましいと感じた。

「おはよう。昨日は色々ありがとう」僕は挨拶した。

「ゆっくり休めたかい」

「お蔭様で。いい家だね。静かでベッドの寝心地もとてもよかったよ」

「それはよかった。お連れは?」

「まだ寝てるよ」

「そうか。大分疲れただろうからね。朝ごはんを持ってきたよ。食べてくれ」 

「ありがとう」

シャーリンと一緒に中に入って健二を起こした。

「うーん。皆起きるの早いな」健二はまだ寝ぼけ眼だった。

「もう外ではたくさんの人が歩いているぞ。時間は分からないけどもう九時位じゃないか。それとシャーリンが朝ごはんを持ってきてくれた」僕は言った。

「やあ、シャーリンおはよう。朝ごはんまで用意してくれてありがとう」健二がちょっと寝ぼけた声でシャーリンにお礼を言った。朝ごはんはちょっとサクサクしたスティック状の揚げパンのようなものに赤い丸い果物が添えられ、飲物として牛乳が出された。果物はリンゴのような食感で、甘味は控えめでコクのあるしっかりした味がした。美味しかった。

「一晩寝て、自分が神様に会いにいくのかと思うと、ちょっとわくわくして興味が出てきた」健二がスティックを頬張りながら笑顔で言った。

「お、乗り気になってきたね」シャーリンが嬉しそうに言った。

「まだ僕はちょっと怖いよ。だって知らない世界のそれも次元の裂け目を通って、外の宇宙に行くって、わからないことだらけじゃないか」僕はまだ迷っていた。

「まあな。でもこっちの世界に来たのはもう事実なんだから、帰るにしても方法がわからないし、何かしら行動しないと始まらないだろう。それならば俺たちの世界との接点だというカミラの次元の裂け目に行くというのはいい選択肢だと思うけどな」健二が言った。健二の言っていることももっともだと思ったが、まだ僕は決断できず黙っていた。そんな風に迷いながら右手でパンツのポケットをまさぐっていると細い棒のようなものが手に当たった。

「そういえば、これがポケットに入っていた」僕はその棒をポケットから出して皆に見せた。洞窟の奥で輝いていた棒、僕たちが触ったらこの世界に迷い込んだきっかけのようになった棒だ。

「それは確かあのときの」

「そうだ。なぜか僕のパンツのポケットに入っていた」

「ちょっと見せてもらえる」シャーリンが手を伸ばしてきたので、僕はその棒をシャーリンに渡した。

「これはだいぶ古いものだね。汚れているけど、なんかの破片のように見えるね」シャーリンが棒を動かして観察しながら言った。ちょっとそのしぐさと眼つきはうちの大学の教授に似ていると思った。

「その棒が洞窟の奥でキラッと光っていただんだ。行き止まりの石の向こう側にそれが落ちていて、なかなか手が届かなかったんだけど、たくやが手を伸ばしてその棒に触ったら、俺たちは気を失って気が付いたらこの世界に来ていた」健二が説明した。

「ではこの棒には何かがあるということだね。見ただけじゃよくわからないけど、後でネリルに見てもらおう」シャーリンが言った。

「ネリルって」僕が聞いた。

「次元と歴史の関係を研究している教授さ。すぐそこに研究所があるよ」シャーリンが言った。


 その後、健二と僕は外を散歩することにした。丘を一つ越えると大きな公園があるとのことを聞き、そこまで行ってみることにした。道の人通りは多かった。すれ違う人の半分は普通の人間の顔、そして半分は猫の顔をしていた。人の歩く道の横に別の道があり、そこには丸い繭のようなものが速い速度で動いていた。シャーリンによると繭には人が乗っていたり、荷物が積んであるそうで、自動車のような移動手段のようだった。十五分程歩くと公園に着いた。公園は大きな広場になっていて、周囲を樹木が覆い、ベンチが間隔を置いて配置されていた。花壇のようなものもありサルビアのような形をした草が赤や黄色、紫色などのカラフルな花を咲かせていた。少し歩くと子供が声をかけてきた。

「お兄ちゃんたちは何をしているの?」その子の顔は三毛猫の子供の顔だった。眼は大きくきれいに澄んだ茶色をしていた。家で昔飼っていた猫の子供のときに似てるなと思った。

「ただの散歩だよ」

「お兄ちゃんたちはここの人じゃないでしょ。なんか変な服だし臭いが違う」女の子の声でその子が言った。

「うん、遠くから来たんだよ」僕が言った。

「そっかあ。俺たちは臭いも違うんだ。気づかなかった」健二が独り言のようにつぶやいた。

「遠くってどのくらい? どこから来たの」

「すごく遠くだよ。実はどの位遠くなのかは、お兄ちゃんたちにもわからないんだ」

「そうなの? 私も遠くから来たんだよ」

「おい、ひとみ、お兄ちゃんたちを邪魔しちゃだめだよ」後ろから年老いた猫の顔をした男の人が声をかけてきた。

「ごめんなさい、この子がちょっかいを出して」その人の顔は白地に黒の班があり年齢を重ねたのであろう皺が目についた。

「もしかしてあなたたちは別の世界から来た人たちですか?」そのおじいちゃん猫が言った。

「そうらしいです。僕たちにもまだよくわからないのですが」僕が答えた。

「私たちは北の国から来た者です。故郷の北の国が急激に寒くなったので1年前にこちらに移住して来ました」

「ウィンゼンの力ですか?」

「そうです。昔は暮らしやすくいい場所だったのですが、その変化は急激でした。二年前の冬から急激に寒くなり今では夏でも氷点下の気温になっています。そしてまだ気温は下がりつつあります」

「そうなんですね。深刻ですね」

「あなた方、隣の世界の方たちがウィンゼンの力の異変を直してくださるという予見があることは知っています。予見者が正しいかは定かではないですがあなた方には期待しています。勝手なことを言って悪いですが、それが素直な気持ちです」おじいちゃんの眼には涙がこぼれていた。

「ひとみ行くよ」おじいちゃんがひとみちゃんの手を引っ張って去って行った。

「お兄ちゃん、ばいばい」ひとみちゃんの瞳と笑顔がかわいかった。


 午後、シャーリンが次元と歴史の専門家というネリル教授の研究所に連れて行ってくれた。

「いらっしゃい。あなたたちがEの世界の方々ね」ネリルは中背の年配の女性だった。猫の顔ではなく人の顔で濃い化粧をしていて昔のアメリカ映画で観た女優のエリザベス・テイラーに似ていると思った。

「これがその物ね。どれどれ見せて」ネリルは僕から棒を受け取った。最初、虫眼鏡のような物で観察していたが次に表面についていた汚れを落とし、顕微鏡で覗いたり、何か分析器のようなものに入れていた。

「これはおそらくジャレインの欠けらだと思うわ」

「ジャレインの欠けら? 何ですかそれは?」僕が聞いた。

「今から二百年位前の昔に次元の裂け目のところで爆発があって、そのときに七つの世界に飛び散ったと伝えられる物よ。古い伝記に記述を読んだことがあるけど、このAの世界でも発見されていないので実在するとの証拠はなかったわ。材質が次元の裂け目にある物質と一致するのと破断した年代を測定したら二百年位前と出たわ。色や形も伝記の記述と一致するからジャレインの欠けらね。私も実在するとは思わなかった」

「それで、この欠けらには何かあるのですか?」

「伝記には、次元の裂け目の壁の破片で、各世界の平和を保ちそれぞれの世界の力とウィンゼンとの力の均衡を保つ、そして扉を開けるための鍵になると記述があるわ」

「それはどういうことです?」

「意味はよくわからないわ。ただあなたたちがAの世界へ来るきっかけになったということはAとEの世界の架け橋になっていることは間違いなさそうね。あなたたちは次元の裂け目に行くんでしょう」

「いえ、まだ行くか決めていません」

「そうなの? あなたたちには是非行ってこの世界のバランスを戻して欲しいわ。行くときはその欠けらを忘れずに持っていくことね。何かの力になると思うわよ」化粧の濃いネリルの目の奥に真剣さを感じた。


 その夜、シャーリンが夕食に招待してくれた。シャーリンのもう一つの別邸で、大きな肉のローストに新鮮な野菜の盛り合わせ、魚の揚げたものなど多くの食事が振舞われ、もちろんボイジョというビールもたくさん飲んだ。

「こんなにご馳走をたらふく食べられて幸せだなあ」健二は満面の笑顔で喜んだ。

「ところで行くか、行かないか心は決まったかい」シャーリンがボイジョを飲みながら聞いてきた。

「今日、公園で北から避難してきたという老人に会って、気候変動による苦しみを実感したよ。ただ本当に僕たちが助けになるのかというのは自信がない。だって僕たちはなんてことのない普通の学生で、特に体力があるわけでもないし、知識があるわけでもない」僕は正直な気持ちを言った。

「その気持ちはわかるよ。ただ予見では、この時期にEの世界から若い男性が現れ、ウィンゼンに行きウィンゼンの力のバランスを元に戻す手助けをするとされていた。その若者というのは、現れた状況からして君たちだとしか考えられない」シャーリンが言った。

「そして僕たちはジャレインの欠けらも持ってきた」僕は付け加えた。

「そうだ」

「まあ、このままここにいても何も起こらないと思うから、帰るためにも次元の裂け目には行くべきかなとは思うよ。それに俺としては洞窟の奥にこのAの世界があり、この先、更にどんな宇宙が広がっているのか、とても興味もある」健二が気楽な口調で言った。

「うん、ここにいても何も始まらないというのはわかっている」僕は健二みたいに気楽な気持ちにはなれなかった。

「お前、怖いんだろう?」

「ああ、怖い。ここは温暖で平和でいいところだ。でも北にいけば寒くなるんだろ?それに次元の裂け目には、何があるのか分からないからとても不安だ」僕は答えた。

「不安な気持ちはわかるよ。でもたくやは帰りたいんだろ? 健二が言うようにここにいても帰ることは多分かなわない。帰るためにもここから動く必要はあると思うよ。向こうにいくときは僕もついていくし」シャーリンが言った。

「そうだね。行くしかないんだよな。もし可能ならこの世界も救ってあげたいし」僕は答えた

「明日、午前中にジェイミーのところに話にいこう。行くって」僕は覚悟を決めた。

「よし」健二は相槌を打った。

「よかった。決意してくれて」シャーリンが笑顔になった。

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