第2章 (1) 異世界での出会い
目を覚ますと薄緑色の天井が見えた。周りを見回すと天井だけでなく薄緑色の丸い壁があり、まるで大きな繭の中にいるようだった。隣を見ると健二も寝ていた。
「おい、健二」僕は身を起こして、手を伸ばし彼を揺さぶった。
「うん?」健二が目を覚ました。
「大丈夫か?」
「何があったんだ?ここはどこだ?」健二も身を起こし周りを見回しながら言った。
「わからない。なんか手を伸ばして光る物に触ったらクラクラしたところまでは覚えている」
「そうだ、お前が俺の握っている手を急に引っ張ったんだ。その瞬間、俺もクラクラした。そう、強烈な臭いもあった」
僕は立ち上がって壁に向かった。壁は新鮮な煎れ立ての緑茶のような色をして、向こう側の光のせいなのかうっすら光って美しかった。手を伸ばしてそっと触ってみた。硬い壁を想像していたが、意外と柔らかく、まるで大福餅のような感触だった。
「まるで草餅みたいだ」僕はつぶやいた。
「草餅の中にいるのか、俺たちは。どこなんだここは? 俺たちはどうしたんだ?」
「さっぱり分からない。ここから外に出られないのかな?」
そのときだった。急に草餅の壁に穴が開き、一人の人が入ってきた。細身の体にピッタリした濃い緑色のスーツを着ていた。そして顔は猫だった。キリッとした毛の短いシャムネコのような顔で、青みがかったグレーの毛並みが玉虫のように輝いていた。そして大きめの両目は人を射るようなするどい目つきをしていた。
「気がついたようだね」猫がしゃべった。
「私はシャーリン。ここの住人だ」
「私は堺場健二」
「私は服部たくや」
「君たちは迷い込んだんだ。お隣から」
「お隣?」シャーリンの言葉にすぐに僕は聞き返した。
「そうお隣。お隣の君たちはまだ気づいていないようだが、世界には隣がある。家に隣があり、国に隣があるように、世界にも隣がある」シャーリンが僕たちを見つめながらしゃべった。少し微笑んでいるようだった。
「洞窟は行き止まりではなく、隣の世界との狭間があったんだ」健二は納得がいったように目を見開き笑顔になっていた。
「よく理解できない」僕は納得がいかなかった。
「はは、まあすぐ理解しろというのは無理かな。でもときどき来るんだよ、こうやってお隣から」
「僕たちは帰れるんですか?」僕は聞いた。
「私も帰り方は知らない。今まで来た人たちもここを旅立って行ったがその後どうしたのか私も知らない」
「ここってどこで、何なんですか?」
「二人がよければ外へ出よう。案内するよ」シャーリンが僕たちを促した。
健二と僕は顔を見合わせうなずきあって外へ出ることにした。シャーリンが壁に向かうと草餅の壁に人が通れる程の丸い穴が開いた。そしてシャーリンについて僕たちも外へ出た。
外には緑色の牧草のような草に覆われた凹凸のある丘陵地帯が続いていた。美しい景色だった。丘には間隔を置いて草餅色の繭のような物が並んでいた。僕たちが出てきた繭と同じ物だ。
「この繭の様な物は何なのですか?」僕はシャーリンに聞いた。
「僕らの住まいさ。君たちには見慣れないと思うがね」シャーリンは僕たちの前をゆっくりと歩いて行った。春先のような気候で気温も丁度良く、そよ風が吹いて気持ちよかった。小道が丘の上を続いていて、そこを歩いて行った。向こうから人が歩いてきた。
「よお、シャーリン。元気かい」
その人の顔は猫ではなく普通の人間の男性の顔だった。服装は普通のカジュアルのこげ茶色のパンツに白いシャツ。年の頃なら四十代半ば位の僕たちと同じ普通の人だった。「マサト、ああ僕は元気にしてるよ」シャーリンは明るい大きな声で答えた。
「そこのお二人はお友達かい?」
「Eの世界の人たちだよ」
「そうか。Eの世界から来たのか。どうぞゆっくり楽しんでいってな」マサトという人は明るく答えてすれ違って行った。
「Eの世界って何です? 僕たちの世界はEの世界と言うのですか?」健二が聞いた。
「うん。君たちの世界はE。そして僕たちの世界はAだ」
「それでは、BやCの世界もあるんですか?」健二は驚いたように言った。
「うん、ある。分かっているだけでGまで分かっている」
「AからG。うーんといくつだ?」健二は唸るようにしゃべった。
「七個だよ」シャーリンが困っている健二を微笑んで見つめながら答えた。
「そんなにあるのなら、何で俺たちは知らなかったんだ?」健二が言った。
「隙間に気づかなったんだろうね。あれを見つけるにはある種の感性が必要だ。自然の波を感じて同調するような感性。理屈っぽい人には見つからない」シャーリンが言った。
「そうか、俺たちにはそういう感性があったんだ」健二が喜んでいるようだった。
「別に僕たちはそんな特殊な感性は持ってないと思うけどね」僕は言った。
僕たちは丘陵地帯をゆっくりと歩いて行った。丘のうねには糸杉のような木が並んでいて、写真でみたイタリアのトスカーナ地方の景色のようで美しかった。
「なんか、美しくて爽やかな世界だね」僕はつぶやくように言った。
「確かにな。空気が綺麗だ。木々や草も息吹のようなものを感じる」健二が同調した。
「私たちは自然との調和を重視している。私たちは木々や草と仲良く暮らしている。彼らの気持ちを理解し、ときには会話もする。彼らが幸せに生きていれば、彼らは私たちに恵を与えてくれる」この風景を見ているとシャーリンの答えに説得力があった。
「しかし、問題もある」シャーリンがちょっと深刻そうな顔になった。
「え、問題? 何が問題なんですか?」僕は聞いた。
「まあ、それは追い追い話すさ。まずはうちのリーダーに会ってくれ」シャーリンはそう言って僕たちを誘導するように歩いて行った。
丘を二つ位越え、二十分位歩くと大きな卵のような高い建物が現れた。繭が家ならさしずめこの卵は城なのだろうか? 卵は繭と同じような淡い黄緑色をしていたが、途中差し色のように赤味のある色が入っていて綺麗なグラデーションを作っていた。そのグラデーションはうっすら光を放ちながらゆっくりと動いていた。その卵の下まで進むと丸い穴が開いて中に入れた。中には細長い廊下が続いていた。外よりは少し薄暗かったが細かい字が読める程の明るさで、壁の表面は繭の内壁と同じ感じだった。やはり餅の様に柔らかいのだろうと思ったが触れなかった。廊下を少し進むと大きな部屋がありコの字型に並んだ机の周りに多くの人が座っていた。人々の半分位は僕たちと同じ人間だったが、残り半分は猫の顔だった。シャムネコのような短毛の顔もあれば、ペルシャ猫のような長い毛の猫もいた。そして奥の正面の机の中央には体格の大きな茶色の虎縞の猫の顔をした人が座っていた。
「お邪魔します。ジェイミーリーダー」シャーリンが挨拶をした。
「ごきげんよう。ようこそ」中央の猫の顔が答えた。女性の高い声だった。
「Eの世界のお二人をお連れしました」
「ようこそ、Eの世界の方々。私はジェイミー。この地域のリーダーをしています」ジェイミーの声は高い声ながら凛として威厳があった。
「初めまして。私は堺場健二です」
「初めまして。私は服部たくやです」二人で頭を下げて挨拶をした。
「私たちはあなたたちを歓迎します。いや、待っていました」
「待っていた?どういうことです?」
「シャーリン、どこまでこの人たちに話しましたか?」ジェイミーがシャーリンに顔を向けた。
「いえ、まだ何も」
「そう。では話しましょう。ケイン、説明して差し上げて」そうジェイミーが言うと右端に座っていた人が立ち上がった。
「かしこまりました」 立ち上がった人は猫の顔でそれ程長くない黒の虎縞の毛並だった。僕の家の隣にいるとミイという猫にそっくりな顔をしていて、ミイがしゃべっていると思うと不思議な感覚がした。
「私はケインといいます。この地域の参謀長をしています。お見知りおきを」
「よろしくお願いします」僕と健二は軽く会釈をした。
「あなた方はEの世界から来られた。実は私たちはあなた方が来られることを十年も前から予見していました」
「十年前? まだ僕たちはその頃は小学生で、僕たちは熊本県に住んでいた……」
「私たちの世界とあなた方の世界では時間の進むスピードや方向が異なるので、私たちの十年前が、あなた方のどの時代のどこのことなのかは分からないのですが、私たちのところにある女性が現れて予見したのです。そしたあなた方が、今、困っていることを解決するための助けになると」
「困っていること?」健二が怪訝な目つきになった。
「ここに来られるまでに御覧になったかと思いますが私たちは。自然の中で木々や草たちとお互いを助け合いながら平和に暮らしています。我々は木や草が健康に育ち生活できるようにし、そして彼らは私たちに果物や野菜などの食物を与えてくれます。同じく動物や鳥や他の生き物たちともうまくバランスを取って生活しています。もちろん食べるために殺生をすることもあり、時々いさかいのようなことも起こりますが、大きな破綻もなく暮らしています。そういう豊かな生活を営んでかれこれ千年以上になり、私たちは平和に暮らしてきました。これほどバランスが取れた生活を送れるのもこの世界が温暖な気候に恵まれているお蔭です。四季の変化はありますが、このあたりでは平均気温は今位でとても心地よく、冬でも水が凍ることは1年に数日しかありません。夏でもさほど暑くなく木陰に行けば過ごしやすい気温です」
「それは本当に恵まれていますね。僕の住んでいる所では冬は寒くないですが夏は冷房がなければ寝られないですから。そして東北地方に行けば冬は毎日零下で水は凍ったり、多くな雪が降り大変です」僕は答えた。
「幸いここから数千キロ離れたところでも同じような気候で、暮らしやすい世界でした」
「でした?」健二が反応した。
「そうなんです。十年位前から状況が変わって来ました。北の国、ここから千キロ程離れたところにカミラという地区があるのですが、そこから寒くなってきたのです。最近では北の国の毎日の気温は氷点下以下で全ての土地が氷に閉ざされています。まだ人は住んではいますが、住人の八十パーセントは南に移住しました。そしてその寒いエリアは増えて来ており、ここから五百キロ程のところまで氷が迫っています」
「五百キロとはそんなに遠くないですね。何でそんなに寒くなっているのですか?」僕は尋ねた。
「ウィンゼンの力の影響です」
「ウィンゼン?」
「ウィンゼンとは外の宇宙です。そこからの圧力があるのです。カミラの国には次元の裂け目と言われるところがあります。そこは隣の世界につながっているのですが、外の宇宙にもつながっています。その裂け目から外の宇宙の力が出てきて、私たちの世界を冷やしているのです。その力を私たちはウィンゼンの力と呼んでいます」
「次元の裂け目? 何ですかそれは?」僕は聞いた。
「あなたたちが隣の世界を知らないこと、そしてそのようなものが存在する次元のこともまだ認識していないことは存じあげています。しかしこの世界にはいくつもの次元があります。そして隣の世界も多くあります」
「AからGまでの七個の世界」
「よくご存じで」ケインがちょっと驚いたように言った。
「それは僕がさっき教えた」シャーリンが反応した。
「次元の裂け目には、その七個の世界の接点があり、外の宇宙へ通じている道もあります。そしてその裂け目にどうも異常があるようなのです。外の宇宙との抜けるところが以前より大きくなっている。そのために圧力、ウィンゼンの力が大きくなっているようなのです。そしてそのことに他の世界のBやCそしてF、Gの世界も気づいています。まだそれの異変に気付いていないのはDとEの世界だけです」ケインの眉間は皺を寄せ深刻な顔つきをしていた。
「そのウィンゼンの力とやらの異変。それが俺たちに何か関係があるのですか?」健二が聞いた。
「まだ詳細のところは分からないのですが、少なからずあなた方のEの世界にも影響が起きているはずです」
「どんなことに?」健二が聞いた。
「ウィンゼンの力というのはある種の力です。まだ私たちの科学でも解明されていない力で、測定できる明らかな圧力、熱量、電磁力、原子力などとは異なる力です。何にどのように影響するのかはよく分かっていません。分かっているのは我々の世界の外に別の宇宙があり、その宇宙のある種の力が我々に降り注ぎ、それと次元の歪みが融合して、特殊な力になっているということです。その力が、我々のAの世界では気温の低下を招いていますが、他にもCの世界では地震や火山活動が活発になって困っています。Eの世界でどのような変化が起きているのかはまだ私たちには分かっていません」
「そういえば、僕らの世界では最近、猟奇的な事件が増えたり、異常気象が起きたり、感染症が起きたりしているな」僕は思いついた。
「でもそれがウィンゼンの力のせいなのかはわからないよね」健二が反論した。
「言われるようにそれがウィンゼンの力のせいであるかは明言できません。しかしウィンゼンの変化が日に日に大きくなっていることが我々の調査では明らかです。このままではAからGの七つの世界に大きな変動が起こることは間違いないと我々は考えています」
「とは言っても俺たちに何ができると言うんですか? さっき俺たちが助けになると予見があると言っていたけど」健二は機嫌が悪くなってきたようで口調が粗くなってきた。
「このウィンゼンの変化を抑えるには、外の宇宙の力に対抗する対策が必要です。そしてそのためには我々は外の宇宙との境界に行くしかないと考えています。そのためにあなたたちが必要なのです」
「外の宇宙の境界と言っても、僕たちはそこに行ったこともないし、何か助けになれるとは思いません」僕は答えた。
「あなた方が驚くのも当然です。まだ我々も外の宇宙との境界には行ったことがありませんし、他の七つの世界の人も行ったことがありません。挑戦した人もいたようです。しかしことごとく失敗しています。ただ確かなことは、外の宇宙に向かう次元の道があり、そこを通れば行けるということ。次元の道とは、あなた方がEの世界からAの世界に来たのと同じような道です。ただ外の宇宙に行くことを阻んでいるのは、その道の途中に大きな壁がありそこを越えることができないことです。そしてその壁を破るには七つの世界の協力が必要だと予見者は言いました。そのためにはAからGの七つの世界の内、どれひとつの世界も欠けることができないとも言われました。そのためにEの世界の人としてあなた方に協力して頂きたいのです。あなた方にはできるし、私たちにはあなた方が必要なのです」ケインのまなざしは、猫が主人に信頼を寄せていると言っているような目つきになっていた。
「そんな風に言われても、何をすればいいというんだ」健二が言った。
「お二方、実は私たちにもどうやって壁を打破できるかの詳細は分かっていないのです」ジェイミーが口を開いた。
「ただ壁までは我々も何度も行っています。ここはひとつ壁まで一緒に行ってくれませんか?」ジェイミーが続けて言った。大きな体に似合わず猫がおねだりするようなお願いの顔つきになっていた。
「ここから次元の裂け目があるカミラまではそれ程時間はかからない。そこから壁までもすぐだ。僕も一緒に行くよ」シャーリンが言った。
「それより、俺たちは帰りたいんだ」健二が言った。
「私たちにもEの世界への帰り方はわからないのです。ただ以前迷い込んだEの世界の方が次元の裂け目から帰ったことがあるとは聞いています。従って一緒に次元の裂け目に行くことは帰るためにも損ではないと思いますよ」ケインが言った。
「ちょっと僕たちも急にいろんなことが起きて混乱しています。少し自分たちで状況を整理して考える時間をもらえませんか?」と僕は提案をした。
「もちろん、結構です。見たこともない我々の世界に突然迷い込んで、助けてくれと言われても困ってしまうのは理解できます。ただ私たちも急ぎたい気持ちはあります。二日後、明後日の同じ時刻にここで改めてお会いしてご回答頂くということでいかがでしょう」ジェイミーはとても礼儀正しく話してくれた。そしてまなざしは引き続ぎ懇願を込めたまっすぐした目つきだった。僕は健二と目を合わせて言葉を交わさなかったがお互いにうなずいた。
「わかりました。明後日にお答えします」僕は答えた。
「それまでは僕の家で過ごしてくれ。先程まで寝ていたところだ。僕は別の家もあるから二人であの家を自由に使っていい。あそこでよければの話だが」シャーリンが言った。
「もちろん構いません。な、健二」
「ああ、俺もあそこは気に入っているし嬉しい。ありがとう、シャーリン」健二が言った。健二の口調には既にシャーリンへ信頼を寄せている響きがあった。
「気に入ってもらえて嬉しいよ」キリっとしたシャム猫のような顔が微笑み、シャーリンもまんざらでもないようだった。
「それでは、これからご一緒にお食事をしましょう」ジェイミーがそう言って、僕たちを会議室の外へ案内してくれた。
会議室を出て階段を上がると広い大きな部屋があった。壁はほのかなピンク色をしていて、さっきまでの草餅と違って桜餅の中にいるような感じになった。その部屋の中に多くの丸いテーブルが並んでいた。僕たちは一番奥の大きな丸いテーブルに案内されて着席した。テーブルは木や金属でもない特殊な素材で硬く、それでいて赤味のある黄金色をした表面は深みのある柔らかい光沢感があり、まるできれいな毛並みのキツネの背中のようだった。
座ったら大きなジョッキに並々と注がれた飲物を渡された。
「はい、お飲みください」ジェイミーが微笑みながら勧めてきた。
「何ですかこれは?」僕は聞いた。
「旨いから、飲んでみなよ。以前Eの世界から来た人もおいしいって喜んで飲んでたよ」 隣に座ったシャーリンが言った。ちょっといたずらをする子供のような目つきをしていたのが気になったが僕は飲み物に口をつけてみた。
「旨い!」それはビールの味だった。
「これはビールじゃないか」僕は健二にも勧めた。
「え?ビール。ほんとだ。それにとてもコクがあって旨い」健二も味を気に入ったようだった。
「ははは、これをEの世界ではビールと呼ぶんですか。こちらではボイジョといいます。私も大好きですよ」ジェイミーはそう言ってジョッキ一杯を一気に飲み干した。猫の顔をした女性がビールを豪快に一気に飲む姿は見ていて楽しかった。ビール好きの僕も一気に一杯を飲み干した。その後、多くの食事が運ばれてきた。野菜や果物、木の実など植物の食事が多かったが肉や魚もあり、どれもシンプルな味付けで自然を感じられる美味しい食事だった。一人暮らしをしている学生の僕たちにとっては、こんなに美味しい食事をたくさん食べることはめったにできないことなので心が舞い上がってしまい、むしゃぶりつくように食べた。
「どの食事も美味しい」健二も嬉しそうにガッついていた。
「お口に合ったようでよかったです」ジェイミーが答えた。
「どれもここの自然の恵みです。ここの自然は豊かだ。毎日多くの野菜が収穫され、魚もたくさん水揚げされています。しかしこれらが失われる危機が迫っていると思うと心が傷みます」ケインが嘆いた。
「まだわからないのが、なぜ僕たちがここに来たのかということです」僕がジェイミーに話しかけた。
「あなたに何かがあるからではないですか?」ジェイミーが答えた。
「僕はどうということはない普通の学生です。普通に高校まで勉強をして、少し物理が得意だったので大学の工学部に入学した。趣味というと読書に音楽を聞くこと。時々旅行をして食べたり飲んだりすることが好きな、ごくごく普通の学生です。別に何か特別な際立った能力を持っているわけではない」
「でもお前ちょっと変なところもあるよな。若いのに寺や神社が好きだったり」健二が割り込んできた。
「そういうお前も古い神話とか好きじゃないか」僕は反論した。
「まあな。確かに俺の神話への興味からあの神社の洞窟に入った。きっかけは神話だな」健二が納得するように言った。
「その神話というのは何だ?」シャーリンが聞いた。
「俺たちの住んでいる国の古い話だ。昔、天照大神という太陽の神様がいて、その神様が穴にこもって世の中が真っ暗になったというお話だ」健二が説明した。
「ここにも似たような伝説があります。 ドイユという太陽の女神が山の向こうの森に旅に出てしまい、世の中が暗くなり寒くなったというお話です」ジェイミーが同じような神話があったことを嬉しそうに話した。
「確かに似ていますね」僕が答えた。
「多分、皆既日食を題材にしているのだろうけど、自然の変化、災害は常に生活の脅威だからな。その記憶を伝説として残そうとしてきたんだろうな」健二が言った。
「その脅威は今のウィンゼンの力にも似ている。もしかしたらウィンゼンは神様なのかもな」シャーリンが言った。
「確かにウィンゼンは古代の人から見たら神様に見えたかもしれないわね」ジェイミーが言った。
「そもそもそのウィンゼンというのは何なのです」僕は聞いた。
「私たちにもまだ解明できていません。次元の裂け目の奥で外の宇宙に通じていることは分かっています」ケインが答えてくれた。
「外の宇宙というのは、空の上の星々のある宇宙とは違うのですか?」僕は聞いた。
「違います。外の宇宙は次元の違う宇宙です。A~Gの世界はお互いに隣として存在していますが、それを覆うように存在する宇宙です」ケイミーの説明が続いた。
「まだその外の宇宙に行った者はいません。外の宇宙の力はA~Gの世界に影響を与えています。外の宇宙に支配されていると言ってもいいかもしれません」
「そうか、そういう意味では神様だな」健二がつぶやいた。
「では僕たちに神様に会いに行ってほしいということですね」僕は言った。
「そう捉えてもらってもいいかもしれません。正体不明のところに行くということで、少し恐ろしいかもしれませんが、私たちだけでなくあなたたちの世界も救うという意図を理解して頂き是非ご協力頂きたくお願いします」ジェイミーが言った。