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たくやの糸  作者: 松仲諒
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第1章 異世界への扉

 芝生が腕に刺さってちょっと痛いが、僕はここで寝転んでいるのが好きだった。大学のキャンパスの端の方にある広場。夏の盛りは過ぎ、少し秋に近づいたので頬にあたるそよ風が涼しくて気持ちが良かった。空は青く、そこに秋の葉っぱの連なりのような白い雲が浮かんでいた。タバコをふかすと煙がその葉っぱをぼかすようにたなびいた。耳にはイヤホンから音楽が流れていた。

「たくや、また昼寝か」健二だった。

「いや昼寝じゃない。構想の時間だ」

「構想? 何の構想?」

「これからどうやって自分を表現しようかという構想だ」

「表現? 工学部に通っているお前がなんで表現なんだ?」

「工学を志そうが、人間は自分の表現をすることが重要なんだ」

「変なことを言うやつだな」

「何を聴いている?」

「オーティス・レディングのドック・オブ・ザ・ベイ」

「いい曲だ」

「海と船の風景が見えるようだ」健二が隣に膝を曲げて座った。健二が顔を上げ前を見ると目がきらっと光り鋭い鷹の目のようになった。

「そうか、お前、あれを見てたな」

 中央の噴水の横にさおりちゃんがいた。マスタード色のスカートの上にグリーンのあっさりしたシャツを着ていた。秋らしくて素敵だなと思った。風になびく長い黒髪を乱れないように左手で押えながら、女友達と立ち話をしていた。何か楽しいことがあるのかさおりちゃんの口はずっと笑っていた。

「まあな。さおりちゃんはかわいい」

「どこか二人で行ったのか?」

「ああ、もう三回デートした」

「お、進んでるじゃないか。どこに行った」

「動物園にお寺」

「お寺? ずいぶん地味だな」

「でもさおりちゃんは喜んでいたよ」

さおりちゃんが女友達と別れて一人でこっちに向かって歩いてきた。こっちを見るでもなく、ちょっと目をそらせて空や木々を見ているようなしぐさをしていた。

「よっ、さおりちゃん」僕の方から声をかけた。

「服部君、ここでお昼寝?」

「昼寝じゃないよ。ちょっと休んでいただけさ」

「この前はありがとう。京都の話、面白かった。私もそこに行ってみたくなった、何だっけ……」

「大原野」

「そう、それ」

「京都は春の桜の時期を避けてその前後か秋の紅葉が始まる前がいいよ。桜や紅葉の時期は混むから」

「そうなんだ。今年、行きたいな。また話聞かせてね」

「そうだね、またご飯でも食べにいこ」

「うん、いいわよ。じゃあね」

「じゃあ人混みに巻き込まれないように」

「人混みね」

 さおりちゃんは、図書館の方に歩いて去っていった。

「いい感じだな」健二がこちらに顔を向けずに言った。

「何がだ」

「絶対、お前に好意を持っているな」

「何言ってんだ」僕は照れながらその言葉が嬉しかった。

「でもさおりちゃんには不思議な魅力がある。俺とは違う思考回路を持ってるんだ。帰ってくる答えが想定を超えている」

「例えば?」

「この前、お寺に行ったときだ。僕の趣味でお堂の中で四天王とか明王、大日如来などの仏像を見たんだ」

「仏像? 彼女興味ないだろう」

「いや、結構面白そうに見ていたよ。でも僕もつまんないかなと気になったのでベンチで休憩しているときに別の話題にしようとチャミッシュの小説は面白いと話したんだ」

「映画にもなったしな。ハードボイルド調の主人公が妖艶な女性と恋に落ち、謎解きもあ

ってストーリー展開が面白かったな」

「彼女もその映画は観たらしく結構、興味ある感じで真剣に僕の話を聞いていたんだ。ところが途中でさおりちゃんが言った言葉は『あそこの葉っぱの重なり、イボイノシシの群れみたい』」

「は?」

「話の間、頭上の木の葉っぱを見てそんなことを想像していたんだよ」

「ははは、面白いな」

「だろ。不思議だ」

「そこがいいんだろ」

「まあな」

 そのとき急に風が強くなり、木々の葉が擦れ合って音を立てた。それは木々が急に蛙の合唱を始めたようだった。

「この前、古事記の話をしただろ」風が強くなったときに健二が話題を変えた。

「ああ」

「古事記に有名な天の岩戸の話がある」

「ああ、知っているよ。天照大神が岩の中に隠れて、困った他の神様たちがどうにか戸を開けようとするが開けらない。そこで、とある女神が裸踊りをして皆がそれを見て楽しんでいると、何をそんなに楽しいんだと興味を持った天照大神が戸を少し開けたために、力持ちの神に戸を開けられて、天照大神がまた外の世界に戻った、というお話だろ」

「そうだ。裸踊りをした神アメノウズメは、今でも芸能の神様として崇められている」

「小学生でも知っている有名なお話だ」

「この話は、皆既日食をモデルにしているのではないかと言われている。しかし、この前奇妙な本を読んだんだ。天照大神がこもった岩戸の向こう側はどうなっているのか、ということを探求していた」

「え、天上界にあるただの穴ぐらではないのか?」

「普通はそう思うだろう。しかしその作者は、その先はどこかへ通じてるんじゃないか、と言うんだ」

「面白いな。その先には何がある」

「別の世界だ」

「勝手な想像だろ」

「そうかもしれない。しかしその作者は、他の伝説を調べたり、祠を調べたりしていた。また他の世界に行ってきたという人へインタビューもしていた」

「オカルトだな」

「でも想像すると興味深い」

「想像は何でも可能にする。悪いことじゃない」

「向こうの裏山に神社があるのを知ってるか?」

「ああ、名前は知らないが神社はあるな」

「その奥に小さな洞窟がある。奥に神様が祀られているところだ」

「そうなんだ」

「今度、一緒に行ってみないか?」

「別の世界に通じてるのか?」

「いや、ちょっと神話として興味があるだけだ」

「明日の午後なら空いてるぞ」

「よし、行こう」


 その日も天気はよかった。裏山は大学から歩いて十五分くらいのところで、今はあまり手入れがされていないのか雑木が生い茂っていた。その雑木林の中に小さな神社があった。記録がちゃんと残っていないが健二によると奈良時代以前からある古い神社らしい。ここは近畿地方の一角なのでそういう古い神社があっても違和感はなかった。

 小さな鳥居をくぐると小さなお屋代があった。そしてその裏手に細い山道が続いていた。その山道は雑木により外の日差しを遮られて薄暗かった。そして途中から茂みが深くなり両手で枝や葉っぱを掻き分けなければならず、モグラにでもなったような気がした。

「まだ大分歩くのか?」僕は健二に聞いた。

「そんな遠くないはずだ。地図でみたが屋代から数百m位しか離れてないところだ。まあ、俺も初めて来るからよくわからないけどな」

「この茂みで毛虫でもいたらかぶれるぞ」

「見たところ毛虫はいない。安心しろ」

 茂みの中を五分くらい歩くと開けたところに出て、岩の崖が前に立ちはだかった。

「多分こっちだ」健二が崖沿いに右手の方へ歩いていき僕も付いて行った。

「あった。ここが入り口だ」小さな洞窟があった。その洞窟の入口のそばに行くとほのかな香りを感じた。その香りは実家にあったすずらんの花の香りに似ていた。その香りが僅かな風の流れで洞窟から運ばれているようだった。

「洞窟の中から風が来てないか?」僕は健二に言った。

「そうだな、中がどこかに通じてるのかな? 入ってみよう」

 洞窟の中は薄暗く屈んでやっと通れる位の高さだったが、持ってきたLEDライトを灯しながらどうにか奥に進むことができた。奥に入るとひんやりと涼しくなり、冷蔵庫に入ったような気分になった。相変わらず奥から風が流れて来ていた。三十m位進んだところで大きな石が前に立ちふさがった。その石の横に隙間があり、そこから風はふいていた。

「これ以上進めないな。この後ろに穴は続いてそうなんだけどな」健二が悔しそうに言った。

「そうだな、風は向こう側から来ている」

「この石は動かせないな」

「動物園から象でも連れてこなければ、さすがに無理だ」

 健二が石の隙間から奥をLEDライトで照らして覗いてみた。

「何か見えるか?」

「よく見えない。チョット待てよ。何か光っている」

「俺にも見せてくれ」僕は強引に割り込むように隙間を横から覗いてみた。

「まあ、慌てるな」と健二は身を引いてくれた。

 確かに奥にオレンジ色の光を発している物が見えた。ただその隙間は狭く手も通せないのでそれ以上はよく分からなかった。

「おい、こっちにもっと大きな隙間がある」健二が左側の上部に大きな隙間を見つけた。

「あの光はあそこから出てる。ホラ」健二が言ったので僕も覗いてみた。そこには長さ三十cm、幅三cm位の細長い物が横たわりオレンジ色のほのかな光を発していた。そしてそこから糸のようなものが出て洞窟の奥まで続いていた。その糸は黄色い光を放ち輝いていた。

「何だあれは?」僕は独り言のように思わずつぶやいた。隙間にどうにか手を通せたので奥まで手を伸ばしてみた。

「健二、手を握って、俺の体を支えてくれ」体のバランスを取りながら思い切り腕を伸ばしてその物に触ろうとした。そのとき急に風が強く奥から吹いてきた。そしてあのすずらんの花のような香りが鼻をツンと突いた。手をグイと伸ばすと指先がその物に触れた。触れた瞬間に頭の中に揺れるような感覚を覚えた。そして体全体が宙を浮いているような気持ちになり、目に一瞬白い閃光が見えた気がした。そして僕の頭の中は真っ暗になり意識が消えた。

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