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5. 聖女様の秘密

 いきなり自分は男だなんて突拍子もないことを言い出して、私はもう少しで聖女様に向かって果実水を噴き出すところだった。


「な……! おかしな冗談を仰らないでください」


「本当だって。ほら」


 そう言うと、聖女様は自分の髪を掴んで投げ捨てた。


「か、カツラ……?」


 長い黒髪の(かつら)の下からは、同じくサラサラの黒髪が現れたが、その長さは耳の下辺りまでしかなく、少年のように短い。


 でも、繊細な雰囲気の顔立ちはとんでもなく整っていて、正直、髪の短い美少女にしか見えない。


「でも、髪が短いだけで男とは……」


「あ、そうか、声が女のままだった。あー、あー。ほら、男の声だろ?」


 確かに声変わりした男の子の声だった。


 おまけに詰襟を開いて喉仏まで見せてくれたので、聖女様が男だというのは、もう疑いようもない事実だった。


「え? は? なんで……?」


 パニックになりすぎて、言葉もうまく出てこない。


「信じてくれたみたいだな。話せば長くなるんだけどさ、聞いてもらえる?」


 そう言って聖女様……いや、少年は語り始めた。



◇◇◇



 少年の名はエルネスト。平民の生まれの戦争孤児で、双子の妹エレーヌと二人、辺境にある小さな村で慎ましく暮らしていた。


 六歳の頃にエルネストもエレーヌも聖力に目覚め、エレーヌは擦り傷を治したり、萎れた植物を少し元気にする程度の微弱な力だったが、エルネストの力は凄まじく、過去に存在した聖女様と同じように大怪我や病気を一瞬で治癒したり、結界を張って魔獣を寄せ付けないようにできるほどだった。


 ある日、エルネストが出稼ぎのために大きな町へ出かけ、二週間後に家に帰ると、エレーヌがいない。


 近所の人に聞くと、エルネストが出かけた翌日に、王都から偉い神官様がやって来て、「百年ぶりの聖女様だ」と言って、エレーヌを連れていったという。


 それを聞いてエルネストは悟った。妹はエルネストと間違えられて連れて行かれたのだ。


 この類稀(たぐいまれ)な聖力の存在がどこかから知られ、妹が聖女だと誤解されたのだ。妹も僅かながら聖力を持っているし、まさか「聖女様」の力の持ち主が男だとは誰も思わない。


 それからエルネストは、ちょうど近くの町から王都へ向かうという商隊について行き、何日もかけて王都へと到着した。


 王都は聖女様の再来だと大賑わいで、大衆食堂で噂話を聞いてみれば、妹は大神殿に囲われ、聖女として仕事をさせられ、ゆくゆくは国の第一王子と結婚させられるという。


 王子との結婚は乙女の憧れかもしれないが、妹はそんな性格ではないし、故郷に結婚を約束した恋人もいた。このままではいけない。何とかしないと──。



「……とまあ、そんな訳で、カツラを手に入れて神殿に忍び込んで、エレーヌと入れ替わったんだよね」


 ものすごく大事(おおごと)のはずなのに、エルネストの口を通すと、なぜか深刻な印象が抜けていってしまう。


「……そんな大それたことまでして妹さんを助けるなんて、すごく……シスコンなんですね」


「そこは妹思いと言ってくれ」


「二人で逃げればよかったじゃないですか」


「そしたら、どうせ探されるだろ? またエレーヌが捕まったら可哀想だ」


「やっぱりシスコン……」


「一応、計画があってさ、追手の心配なく聖女を辞められるように、聖女に成り代わろうという野心のある女に嵌められて断罪されて、追放をくらえばいいんじゃないかって考えてるんだ」


「ユルユルすぎて計画と言えるのか疑問ですが、そんな考えがあるなら妹さんと入れ替わる必要はなかったのでは?」


「上手くいくか分からないし、エレーヌを追放だなんて酷い目にあわせるのは可哀想だろ」


「やっぱものすごくシスコン……」


「まあ、そういうことだからさ、レティシアにも手伝ってもらいたいんだ。正体を隠し通すのとか、野心のある女を探すのとか」


「はい?」


 私はうっかり最後まで話を聞いてしまったことを後悔した。


 つまり、私に共犯者になれということではないか。そんなの無理に決まっている。


 今思い返せば、確かに面接の時からおかしな雰囲気は薄々感じていた。聖女の御業(みわざ)を目の当たりにして、すっかりそんなことは忘れ去ってしまっていたが。


 あ、でもお世話になるサービスとか言って手の赤切れを治してくれたな。あれも賄賂的なものだったのかもしれない。


 それにしても、そもそもなぜこんな危ない話を私に打ち明けたのだろうか。


「……なぜ、私にそんな秘密を打ち明けたのです? アンナさんではダメだったんですか?」


「アンナさんは責任感が強すぎて、俺が頼んだところで聞いてくれそうになかったからな。エレーヌとの違いにも勘づかれてたから、侍女を辞めてもらったんだ」


 やはり、アンナさんが侍女を辞めることになったのは、エルネストが手を回したからだったようだ。


「アンナさんと違って、レティシアならクソがつくほど義理堅くて、一度信頼されたら裏切れない、情に厚い女だってことは分かってたからな」


「……はい?」


 一体何なのだ、その性格診断は。


「面接の時に心理テストをしただろ。あまりにも条件にぴったりで、ついその場で合格にしちゃったよ」


 やはりあの妙な質問は裏があったのか……。まんまと引っかかってしまったことに、いたたまれない気持ちになる。


「そんなことないです。神官長様にバラすかもしれないですよ」


「ふうん、こんなこと言いたくないけど、レティシアのうちってド貧乏なんだろ? バラすなんてしないで俺に協力して、このまま高い給金を受け取り続ける方がいいと思うけどな。もしうっかりバレても、気づかなかったって言い張れば、お咎めもないだろうし」


 確かにその通りだ。


 この少年がどうなろうと、私のせいではない。私はお給金がいただければ、それでいいのだ。


 そのためには、出来るだけの協力はしてあげてもいいかもしれない。


 ……それに、いくら秘密を打ち明けられる前だったとは言え、誠心誠意お仕えする、逃げない、と約束してしまった。


 一度誓ったことを覆すのは、私の信条に反することだった。


「………………仕方ありません。乗りかかった船です。私に出来るところまではご協力しましょう」


「やった! レティシアならそう言ってくれると思ってた! ありがとな!」


 心底嬉しそうなエルネストの笑顔は、聖女様の振りをしていた時よりも少年らしさがあって、私は少しだけ、どぎまぎしてしまった。

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