死なせない
振り下ろされた切っ先はアンの頬を掠めて地面に突き刺さる。
肩で息をしていた、アンは「どうして」と呟くとそのまま意識を失った。
「やめて…ヨータ…」
いつしかグレン卿が言っていた、少年の名であると思われるそれをエイダは言い、懇願した。この少女を殺さないでと。
――どうして?こいつはお姉ちゃんに危害を加えたんだよ?
「事情があるのよ…きっと」
その事情とやらをエイダは知ることはできないが、しかしあまりにも可哀想だったのである、あの召喚士の亡骸に縋り付く少女を見ると。
エイダにはその姿がかつての自分と重なって見えた、母の亡骸を前に崩れ落ちる自分と。
だからこそ同情してしまったのだ。
「この子は確かに色々な罪を犯したわ、でもだからこそ、ここで殺してはダメなのよ」
――意味がわからないよ
エイダは剣を手放し血が溢れ出る、右腕を抑え止血する。そして同時にあの少年を納得させる方法を考えていた。
「ここで殺してしまっては敵の思惑がわからなくなってしまうでしょ、情報を引き出すの!」
それは精一杯の嘘だった、ただエイダはこの少女を一時の同情により救いたいだけなのだ。
――嘘が下手だね…
少年はそういつつそれ以上喋ることはなくなった。エイダは一瞬安心するものの、まだ事態は好転しているとは言い切れないことを思い出す。
アンは怪我をしたままだ。
「お願い、止まって…!」
しかし一向に血は止まる気配がない、エイダは精一杯血管を抑えているというのにである。これにはエイダ自身が適切な処理ができていないことにも一因している。
いや適切な処理ができないのだ、軽い怪我の治療などはエイダはできたが、流石に右腕を切断された時の対処など分かりようもなかった。
そして何よりも彼女は焦っていた、その焦りが適切な判断を曇らせる。
――私にはどうしようもないの?!
そう無力感にエイダは苛まれる。それでもエイダは諦めず必死に血を止めようと抑えた。
その時である、エイダの背中の羽が輝いた、するとエイダの手が暖かく光り輝く。
その光は伝播するように右腕の切断面に移っていき、傷口が光る。
そしてその傷口の光は徐々に形を変形させていき、右腕の形をとった。
右腕の形をとると光は段々と四散していく、光が散った後には傷一つない右腕があった。
エイダは息を飲み自分の手を見つめた
「なにが起こったの…?」
だがこれで傷は完治した、エイダは安堵する。それと同時に光の翼が消え去った。
「おーい!エイダー!」
遠くから声が聞こえる、声のする方にエイダは顔を向けた。その先には猫のアレン先生を抱えたドンキホーテがおぼつかない足取りで走ってきていた。
エイダの近くまで走ってくるとドンキホーテはアレン先生を抱えたまま、転ぶ。
「ぐえー」
変な声を出しながら。転ぶ直前にドンキホーテの腕から脱出したアレン先生は、焦りながら言う。
「わしを潰す気かボケナス!」
「しょうがねぇだろ疲れてんだからよ!」
その2人を見てエイダは笑みをこぼした。
「そんなことより」とドンキホーテは横たわる少女の姿を見る。
「死んじまったのかい?」
ドンキホーテはエイダに聞く。エイダは首を横に振った。
「息をしているから生きているみたい」
「どれ調べてみるかの」
アレン先生は「念のためじゃ」と言い、アンのクビに肉球をつけた。確かに生命の鼓動を感じる。生きているのだ。
「それにしてもこの出血量でよく無事じゃったの?」
アレン先生は地面に広がっている血痕をみてそう言った。
「私が直したの…」
エイダの言葉にアレン先生は目を丸くする。ドンキホーテも同様に動揺した。
「なんと!そうか、あの時の力じゃな?」
アレン先生自身も覚えがある、エイダには神の使者の力が現れた時に使える、強力な回復魔法のような力があるのだ。
ドンキホーテはエイダに質問する。
「なあもしかしてだけだよ、ここに走ってくる途中誰かの切断された腕を見たんだがもしかしてその腕って…」
「うん、私がやった、この子の、確かアンとか言ったわね。腕を切断してしまったの。」
「まじかよ…すげえな、切断した腕まで直せるのかよ」
ドンキホーテはそう素直に感心していた。普通は、回復魔法で切断した腕を再生させることなど不可能なのだ。
だが感心している場合ではないことにドンキホーテは気がつく。
「そうだ、ボスの援護に!」
マリデが向かったであろう巨大な天井の穴をドンキホーテは見る。
「そんなボロボロの状態で行くのかのうドンキホーテ?わしもじゃが、魔力も先ほどの戦いで尽きておるのじゃろう?」
「私ならまだ余裕がある!私が行くよ!」
「ダメじゃエイダお主も先ほどの戦闘で消耗しとるじゃろう。ここは奴を信じて待つのじゃ」
「でも!」
エイダが食い下がる。食い下がるエイダに対してアレン先生は諭すように言う。
「よいかエイダ?本気になったマリデはの…」
アレン先生は、尻尾を揺らしながら言う。
「誰よりも強いんじゃ」
朝日の差す、森林は一種の神々しさを感じさせる、木々の緑が朝日により照らし出され美しく輝かせるからだ。
だがそんな森林に似つかわしくないものがあった。それは巨大な人型の岩の人形とでも言えばいいのか、そのような異物が存在しているせいで、森の景観を異様なものにしていた。
明らかに人工的に作られたそれは、自然を代表する森林には似つかわしくなく異彩を放っていたのである。
その岩人形はよく見ると、胴体にあたる部分にポッカリと巨大な穴が空いているのが見える。
その穴を起点に崩壊が始まり、岩人形は崩れてしまった。それを余裕たっぷりに見届ける太った男がいた。
「さて、まだ抵抗を続けるのかな?」
男は言う、男の背後にいる青年の女に…アイラに向かって。
「まだよ、まだ!」
アイラは片手を地面に着き、石柱を生成した。生成された石柱は槍のように男に向かって伸びていく。
「はあ…」
男はアイラに背を向けたままため息をつく。すると男の後頭部に眼球が現れる、ギョロリと動くその目玉は迫り来る石柱を認識する。
すると認識したと同時に男の影に変化が起きる。まるで影が触手のように、蠢き始め立体的に変化し始めた。
完全に、影は平面的な存在ではなく立体的な存在となり、複数の触手のような働きをし、迫り来る石柱を粉砕した。
そしてそのまま影の触手はアイラの首を絡めてとる。
「あぐ!」
苦しさのあまりアイラは呻いた。
「マリデ…貴方は一体何者なの…」
苦し紛れにそう言い残し、アイラは気絶する。触手の締めを緩め、太った男、マリデはアイラの方に向き直る。
「言っただろう僕は「黒い羊」のボス、マリデ・ヴェルデさ」
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