第二章5 『覚醒①』
シエラと別れて、しばらく。
もうすぐ街の中央というところで、宙を駆ける何かを見つける。
街の中央方面から進行方向とは逆に飛翔している物体。
黒い短髪に白いタンクトップとオレンジ色のズボン。
それは正しく、探し人である『猿山縁間』だった。
様子からして敵に葬られたと考えていい。
魔法を覚えた猿山であれば、下っ端にやられることはまずない。
となれば、この先にいるのは幹部以上か親玉レベル。
だが問題はそこではなく、猿山が徐々に降下しているということで。
その地点に目が行く。
「……っ!?」
落ちていく先は焼ける民家で、急ぎ跳躍して猿山を確保する。
猿山を抱え、すぐさま地面に着地する。
「悪い。遅れた」
意識が朦朧としているのか、猿山からの反応はない。
猿山の状態を正面から見直し、息が詰まる。
あばら骨が触らなくとも粉砕されたとわかるほど歪んでいる。
内臓がやられたのか吐血を起こしている。
傷は深く、息は荒い。
どんな怪我も癒すとされる《回復薬》、もしくは自然治癒を促す回復魔法の類。
どちらか一方でもあれば苦痛を和らげることができるのに。
どちらも所持しておらず、治す術が見当たらない。
苦虫を噛み締める思いで立ち竦み、成す術なしの現状に打ちひしがれる。
『私に任せて』
ふと聞き覚えのある声が脳内に響く。
それは同化した白き翼を持つ天使のようなフェザー。
長い金髪と空のように青い瞳。
『天白ソラ』と名付けた彼女からの意識による信号だった。
「ソラ?」
『少し、借りるね』
「ぇ……」
何をしようというのか、尋ねる暇もなく。
彼女の意識が浮上し、追い出されるような感覚に陥る。
気づけば、黄金色に包まれた意識の空間に自分はいて。
辺りには、封印した《黒翼のフェザー》である『黒喜羽虚空』の呑気に寝そべった姿と、いるはずのソラがいない。
上を見上げれば、自分の身体を操るソラの光景が感じ取れる。
どうやらソラに意識を乗っ取られたようで、黙って見ていることにする。
「―――」
するとソラは自ら光を放ち、白翼を広げる。
開けた瞼の下には、神々しく光る黄金色の瞳があり、ソラは綿毛のように舞い散る白い羽を一枚、手に取る。
「《想像の羽》!」
持っている羽が輝きを放ち、ソラは猿山の額へと近づける。
猿山の身体に光が伝染し、全身を包み込む。
次第に猿山の怪我は治り、傷が癒えたことに安堵する。
『《想像の羽》』
背後から虚空の声がし、振り返る。
そこには相変わらず背中を向けて横になった虚空がいる。
『ソラだけが使える白魔法。頭の中に描いたモノを現実と化す、世の理を無視した創造の力。大量の魔力を消費するため、1日に使えるのは精々2回が限度』
「なるほど」
ぶっきらぼうでありながら、虚空は親切な解説をしてくれる。
光属性の究極とされる魔法を『白魔法』と呼び、闇属性の究極とされる魔法を『黒魔法』と呼ぶ、と本で読んだことがある。
ただ使える者が僅かで、ほとんど伝説とされる代物をソラが扱えることに感銘を受ける。
「ふぅ……」
治療が終わったのか、ソラは息を漏らし退却する。
同時に自分の意識が実体へと移り替わり、翼がなくなっていることを確認する。
「ありがとう、ソラ。助かった」
『……まだだよ』
「え?」
『私がやったのは回復ではあるけど痛みは現存する、ただの応急処置なの。私は一時的に傷を治しただけ。無茶をすれば、傷は開く』
猿山の状態を診るに骨や内臓は修復しているが、一時的なもののようで、傷を塞いだだけの状態に近い。
見た目だけ完治と言ったところか。
砕けた骨は元通り、弾けた内臓も復活している。
安静にしていれば痛みは引き、回復が見込める。
しかし無理をすれば、骨は砕けた状態に戻り、内臓もまた弾ける。
そういう状態なのだと理解する。
「ん……?」
気がついたのか、猿山が急に動き出し、咳込む。
痛みが引いていないせいか、顔色は悪く、汗が酷い。
地面に跪き、立とうとするも、態勢を崩し縋りついてくる。
「おいら、まだ……」
力強く、腕にしがみつく猿山の目には闘志があり、死んでいない。
だが激痛により身体は言うことを聞かないようで。
同じ男だからか、猿山の気持ちを汲んであげたいと思う。
「まだ、やれるな?」
「あぁ……」
枯れそうなほどに荒い猿山の声。
覚悟ある瞳を前に敬服し、立ち上がる。
「……わかった」
猿山に背を向け、自分も覚悟を決める。
猿山はまだ戦えると言っている。
自分が街を救うのは容易いだろうが、猿山は《プロスパー》の用心棒となる男。
その未来が、早まっただけにすぎない。
「作戦変更」
今から自分がすべき行動は、猿山が街を救う英雄になるサポート。
火の手の勢いを鑑みれば、敵のもとまで走るには時間が掛かる。
さっきは猿山の意識が曖昧であり、辺りに住民もいなかった。
故にソラのことは、誰にも知られていない。
自分が、『フェザー』だということも。
「―――」
背中に意識を向け、魔力を集中する。
胸には未来に対する恐怖が蔓延っている。
躊躇している暇はない。
どんな結末が待っていようと、もう後戻りはできないのだから。
――シスター、俺に立ち向かう勇気をください。
返っては来ない言葉に対し、現れるはシスターの影。
両手でこちらの手を包み、安心させてくれている。
それが、翼を広げる引き金だった。
「……っ!」
左背にソラの白い片翼、右背に虚空の黒い片翼。
舞い散る羽を前に猿山の表情は見なくても想像がつく。
「羽亮、あんた……」
声からして猿山は、やはり驚いている。
けれど気にしている場合ではなく、次の段階へと移行するべく集中し直す。
ソラが見せた《想像の羽》という白魔法。
少し手を加えれば、猿山や街を救える力となる。
また咄嗟の思い付きではあるが、やってみる価値はある。
何より、今は猿山のサポート役であるのだから、活躍できる舞台をつくりあげるのみ。
「―――」
一枚の白い羽に光属性の魔力を注ぎ込む。
想像から創造できるのであれば、新たに魔法もつくれるはず。
世の理を無視しているのであれば、時を操ることも可能なはず。
形状はカラス並に大きな鳥、速度は音速を凌駕する。
「現れよ……《フューチャー・バード》!」
羽を天に翳し、時空が歪む。
丸くひび割れた空には小さな風穴が開き、凄まじい速度で現れる一体の鳥。
青い閃光を放ちながら飛行するは白銀のカラス。
辺りを軽く一周し、紅い目がこちらを捉え、突進してくる。
そこへ迷わず腕を差し出し、カラスは急停止する。
首を傾げるカラスに微笑み掛ければ、意思が通じたのか腕に留まる。
「一つ目の願いだ」
カラスに語り掛け、一枚の羽を受け取る。
するとカラスは、どこかへ羽ばたき、消えていく。
言うことを聞くあたり、魔法の作成に成功したようで。
二度目の《想像の羽》を用いて召喚した《フューチャー・バード》。
このカラスに使った魔力は3分の1ほどで、1日に3回まで呼び出せると把握する。
「……」
白銀の羽を眺め、後ろを振り返る。
そこには唖然とした猿山がおり、気にせず白銀の羽を手渡す。
「その羽は持ち主の未来を引き寄せる。幾つもの可能性が広がる未来の中で、その中の一つを選ぶことができる。ただし、使えばそれが、お前のこの先に待つ未来に確定される。お前がまだ、戦えると言うのであれば……」
言わずもがなと言うべきか。
使えと、言わなくとも察した猿山の顔は、真剣味を帯びていて。
これ以上は自分で決めるべきことだと、こちらは山賊のもとを目指し羽ばたく。
「おいらは……」
最後に聞こえたのは、迷いに満ちた猿山の声だった。
空高く上昇し、猿山の飛んできた方向へ目を向ければ、山賊が屯している場所を見つける。
そこへ目掛け急降下する。
途中、背に集中させていた魔力を解き、翼は淡く消えていく。
重力に身を任せ、体は地面に引き寄せられていく。
頭が衝突しようかという寸前、掌から風魔法による疾風を放ち、反動を利用し着陸する。
「貴様は……」
自分の登場に第一声を放つは、ローブに身を包んだ老人。
長い白髭が特徴的で、持っている杖からして魔術師や魔導士の類だと推測する。
「お、お前は……っ!」
次に言葉を繋いだのは、今朝方に街を襲った山賊の部下で。
辺りには数十人に及ぶ同士の横たわった姿がある。
それらは全て、猿山が片付けた連中だとわかる。
「あいつか。お前らが言っていた黒服のガキは」
そしてローブの傍に佇む、茶色い毛皮の《オーク》。
身長は2メートルほどか、体形は横綱のように丸みを帯びた巨体。
体中から血を垂れ零しているあたり、猿山を舐めたお山の大将だと判断できる。
手には大岩を括り付けた棍棒を所持しており、一撃で致命傷を与える武器だと本能が叫ぶ。
あの武器に猿山は重傷を負わせられたのだとわかり、怒りが込み上げてくる。
「……っ」
それを感じ取ったのか、透かさずローブが《オーク》に回復魔法をかけていく。
全回復されても構わないのだが、猿山の攻撃を無下にするようで気分が悪い。
燃やされていく街のことも考え、早めに片を付けることを決意する。
「さて……」
戦うのはいいのだが、自分が倒してしまっては意味がない。
だが猿山が来なかった時を考え、容赦せず挑もうと思う。
何より、ローブの男からは嫌な魔力を感じる。
禍々しく、それでいて怪しげな空気が滲み出ている。
《オーク》からも少し漂ってはいるが、それほどでもない。
とりあえず、《オーク》とローブが只者ではないことだけは十分に理解した。
「猪狩りと行こうか」
右手を差し出し、相手は身構える。
おそらくは魔法と予想しての対応なのだろうが、残念ながら的外れもいいところ。
別に魔法を使うことに問題はないが、得意な戦術かと聞かれれば少し違う。
《オーク》を見た瞬間、思い起こしたのは裏山で狩りをしていた頃のこと。
昔から魔法を全属性扱うことができたが、費やした時間は剣術の方が遥かに上で。
遠距離から敵を狙い撃つよりも、近接戦闘の方が直感的で命中させやすい。
憧れた英雄も、剣を得意としていた。
――だから、
「初陣だ」
右腕に魔力を集中させ、赤黒い痣が広がっていく。
雷流を走らせながら、掌からは黒い切先が出現する。
徐々に黒い剣身が姿を見せ、艶のある漆黒が鈍く光る。
鍔に埋め込まれた紅色のクリスタルが輝きを放ち、剣が柄まで腕から抜け出たことを確認すると、伝説の一振りを握り締める。
命を食らうとされる片剣――《スペルディウス》。
彼の力を試すには、持ってこいの状況。
「―――」
剣に勝利の誓いを立て、地を蹴り《オーク》の懐に入る。
《スペルディウス》を降り下ろし、《オーク》は持っていたハンマーで攻撃を受け止める。
小さい図体の割に重みある一撃を放ったためか、《オーク》は歯ぎしりする。
腕力で言えば《オーク》の方が上であるため、ハンマーを大振りするという予兆があり、後ろに跳んで回避する。
「貴様、名は何と言う?」
苛立ちに満ちた《オーク》の問いにニヒルな笑みが零れてしまう。
獣人と対面するのは初めてで、モンスターと違い礼儀正しい。
ただ行いとしては悪人も同然であるため、《スペルディウス》の餌に変わりはない。
――が、
「『魅剣羽亮』」
聞かれたことには素直に答える。
敵であろうと反応するあたり、律義だなと自分でも思う。
「我が名は『バオギップ』。山賊の首領なり!」
決闘をしようとでも言うのか。
バオギップは丁寧に名乗りを上げ、部下に慕われる理由を垣間見る。
「行くぞ!」
今度はバオギップから接近してくるも、こちらも同様に迎え撃つ。
ハンマーと《スペルディウス》はぶつかり、衝撃波を生む。
鳴り響く金属音は、空に乱反射していた。
――これがスペルディウスの、
初陣だったんだよな――