第一章6 『導きの羽③』
冷たい廊下を裸足で歩き、職員室の前までやってくる。
ノックをし、静かに戸を開ける。
中を見渡せば、有り難い事に一人の講師だけが席に着いていた。
「先生」
そこへいつも通り近づけば、
「他の生徒なら、もうとっくに帰ってる時間帯です。あなたたちだけですよ?こんな時間まで残っているのは……」
先生の対応はいつも通りのもので。
「他の先生は?」
「今日の件について会議を行っています」
「先生抜きでですか?」
「私は少しばかりやることがありまして、会議を欠席しているんです」
「そうですか」
何気ない会話。
切り出す勇気が少し、持てないでいる。
「……君がここに来たのは、こんな話をしに来たわけではないのでしょう?」
何でもわかっているような言い分。
おそらくは、話しづらいことなのだろうと、歩み寄ってくれている。
だから少しばかり間をおいて、小さな一呼吸をする。
「3日間ほど学校を休ませてもらいたいんです」
「ほう……今まで一度も休まなかった君がですか。珍しいですね」
「すみません……」
「責めているわけではありません。その格好からして大体の見当はつきますからね」
「……?」
先生の顔。
その視線を追うように自分の身体を見て見れば、今朝とはまた違った形で替えの制服までもがボロボロになっていた。
長袖だった白シャツは右だけ半袖、左は七分袖となり、黒の長ズボンは膝下あたりまでしかない。
どちらもが何かに食われたような虫食い状態で、生地はチリヂリに焼けている。
服の下にあるのは肌ではなく、巻かれた白い包帯で。
「まったく、無茶をしますね」
その言葉に、黙ることしかできなかった。
「それで?用件はそれだけではないのでしょう?」
察しの良い人。
本当に何でもわかっているんじゃないかと思わされる。
その言葉通り、本題は別にあった。
「俺が休養している間、皆を俺から遠ざけてほしいんです」
「それはまたどうして?」
「あいつらといると、楽しいあまり、はしゃいで治るもんも治らないと思うから」
「それは……そうですね」
感慨深く先生は苦笑する。
割と本当のように思えること、そんな自分の姿が目に浮かんで呆れながらに嬉しそうにしている。
そして自分も、確信を突いたかのように微笑する。
「つまり君は、自宅で3日間ほど安静にしていたいと、皆を遠ざけて一人になりたいと、そう言うのですね?」
「はい。いろいろ、やられましたから……」
そっと胸に手を添える。
心身共に弱っているというような、そんな主張を見せる。
「……わかりました。ゆっくり休んでください」
その言質を耳に、心の中で悪戯な笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
一方で見せるこちらの顔には、申し訳なくも謝辞を浮かべた苦笑をする。
その表裏の奥底に、秘かな悲しみと寂しさを潜ませて。
思い出と感謝をこの胸にそっと、抱き続けて。
そうやって、何もかもに背を向けるように、惜しみながらこの場を後にした。
――何度も何度も嘘をついて。
全部、逃げる言い訳でしかなかったんだ――