側妃候補なだけですのに
冬の寒さも薄れて暖かな春の気配が徐々に徐々にと感じられ始めた今日この頃。出会いと別れの季節とはよくいったものですが、それでもこんなハプニングが起きるだなんて誰が予測できたでしょう。
見上げる先には仮初めの婚約者。そしてその隣には線の細いご令嬢。確か子爵令嬢様でしたか。そんな彼らはまるで酒に酔ったように卒業パーティーをぶち壊し、公爵令嬢の私に婚約破棄を高らかに宣言いたしました。私は勿論、教職員や卒業なさる先輩方、見送る立場の在校生も唖然としています。
この日の為にどれだけの人や金銭が動いたか、また、保護者の方々が忙しい合間を縫って都合を合わせたか知らぬはずがないでしょうに。本当に普段から自分の事しか考えてはいないとんでもない方だとは思っていましたが愚の極みですわね。
「殿下、婚約破棄については承知致しました。ここでそのように宣言なさっているのであれば我が父、国王陛下、ミランボワーシュの皇帝様も既に了承なさっておりますのでしょう?それならば私に拒否などありません。皆様方の意に従います。今まで不束ながら私のような娘を側妃候補にお選び頂き有り難く……」
「待て、側妃候補とはなんだ。それに何故父上や公爵の他に遠国の名が出る」
一先ず場を収め在るべき状態に戻さねばと言葉を重ねては元婚約者様からお声がかかった。
「何故も何も、私は殿下が正妃としてお迎えする予定に御座います遠国の第二皇女シカナ様の席を守る為に据えられただけの婚約者です。シカナ様がまだ成人に満たないお年の為、従姉妹でもある私が殿下のお隣を守り、そしてシカナ様が王妃として殿下の隣に就いた暁には側妃としてシカナ様を影より表よりお支えするが私の役目でした。……あちらの国とこちらの国での成人する年齢が異なる故に、そのように計らわなければシカナ様とのご婚姻は出来かねると前にも国王陛下からお話がありましたかと思いますが?」
そう。私は殿下が遠国へと国王陛下と共に出向いた際に一目惚れなさった従姉妹姫の為にだけその役を許された存在であり、少なからず私も姉妹のように過ごしていたシカナ様の手となり足となれる事を誇りに思ってきました。
東の薔薇姫と謳われる気高き美しさを誇る美女が我が国の殿下の姉君であらせられるアンチェレッタ様であれば、北の真珠姫とされる幼いながらも内から輝くような眩い美しさ、可憐さを併せ持つのがシカナ様です。私の母方の国のその幼姫とは遠い地に置いても互いに文をやりとりしたり何年かに数度、顔を会せて互いに姉や妹と呼び合う程には良いと思います。
ですから正直に言うと今回、お役目を降ろされるのは無念でなりません。しかし私がいくら足掻いた所で二ヵ国の間で取りなされたならば、もう文句や恨み言を言っても覆りません。
ああ、それでも叶う事ならばシカナ様にそっくりな白雪の肌のぷくぷくとしたかわいらしい赤子を一目見たかった。……そのままあわよくば乳母にでもなりたかった。淑女教育で叩きこめられた表情を取り繕う術も虚しく思わず肩を落とし打ち拉がれていると嘘だと呆然としながら溢す殿下の只ならぬ様子に気付き顔を上げる。
「嘘ではございません。嘘を吐いたとして、私に何の得がありましょう。そのような事を言って王家の方々や皇家の方に不興を買えば確実に家族や親類にまで害が及びます。我が領地の民達にも不幸が訪れましょう」
「シカナ嬢が……。シカナ嬢と俺は夫婦になれるのか」
「その予定でお話は進められておりましたがたった今婚約を破棄なさったのでもう叶いませんでしょう」
「ま、待て!先程の事は酒に酔い、誤って口から出た冗談だ!」
「で、殿下!?」
婚約破棄の破棄。もう何が何だか分からなくなってきましたわ。殿下の隣でしたり顔をして私を見ていた令嬢も殿下のころころと変わる言動に驚き非難するように大きな声を上げ否やと殿下に掴みかかっております。……今に始まった事ではないとは言え、全く淑女がするに相応しくない行動ですわ。
大人しく殿下に縋っていた姿が嘘のようにきんきんと耳に痛い声で喚きたてる。
「何故ですか!殿下はあたしと結婚したいって!王妃として迎えるに相応しいと言ってくださったではありませんか!」
「何を言うか、無礼者、その手を離せ!子爵令嬢が不敬だぞ!」
「ひどいっ!あたしを弄んだというのですか!?殿下がどうしてもというから純潔さえ捧げたのに……!」
「……?!な、なな、出鱈目を言うな!」
公然の場であるとの事も抜けているのか、聞くに堪えない罵り合い、髪を掴み合うような喧嘩へとまで発展しそこで漸く我にかえったらしい数人の教職員が間に入り、二人を大勢で回収していく。
残されたのは生徒らと保護者と、汗を拭きつつ何とかパーティーを再開しようとする哀れな学校長だった。
後に、詫び状が公爵家へと齎された。遠国の皇帝の下へも恐らくは最大限の謝罪と詫びが届いている頃だろう。幸いにしてシカナ姫は皇帝の溺愛する末姫であるのとその容貌と教養の深さから世界四大美女の内の一人とされている為、公爵家の娘よりも次の嫁ぎ先を見つけやすい筈。
「姉様は何方かいい人はいらっしゃいませんの?私も父も、姉様の為ならばお力を貸せるかと思いますわ」
「いえいえ、私は元より恋愛願望なぞ欠片もございません。ですがもし望みを叶えていただけるのであればシカナ様が嫁がれる時には侍女の一人としてお付けいただきたいと、それだけですわ」
「まぁ」
母方の従姉妹であり、親交も元よりあった姫と今回の件で我が公爵家からもとんだ物を掴ませてしまった事、更にそれを見抜けなかった責と皇帝の御前に許しを得るために暫しこちらへと向かい、領地は父の弟であるケイル伯爵に一時的に任せては皇帝と父母が会談を済ませる傍ら、私達は中庭でお茶を嗜みながら久方ぶりの再会を喜んで年頃の娘らしく話を弾ませたのであった。
王子と子爵令嬢ちゃんの末路はご想像にお任せします。