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一話 二度目の人生もムショクでした

 

 俺、人生詰んだな。


 大学受験に失敗して、高卒で就職した先が超ブラック企業。パワハラ、モラハラ何でもありのこの世の地獄みたいな場所で働くこと一年。俺はそこもクビになってしまった。というか、会社が倒産した。要するに今の俺は無職(ろくでなし)ってわけだ。もうあの会社に行かなくてもいいのかと思えば少し気は楽になったけど、逆に仕事がないのもそれはそれで地獄だ。


 ブラック企業で培った不健康な生活リズムは職を失っても治ることはなく、何もすることがない、暇な時間が俺を苦しめた。


 このままではいけないと一念発起し、俺は職を探すため外に出た。無職になってからというもの、外出するのすら億劫(おっくう)になってしまっていた。


 歩いて十分ほどで駅に着いた。ホームには既に電車が来てるみたいだった。俺は急いで駅の階段を駆け下りる。


「――あ」


 俺は階段を踏み外した。気づいた時にはもう遅かった。まるで俺の人生みたいだ。来世はもっとまともな人間に生まれたいな。

 

 そんな下らないことを考えながら、俺は駅のホームに頭を打ち付けて死んだ。







――はずだった。


 気づいたら俺は、雪の積もった林の中にいた。


「どこだよ、ここ……」


 俺は痛む頭を抑えながら立ち上がる。


「そこのへんてこな恰好した兄ちゃん、こんなとこに一人でいたら危ねえぞ」


 声のした方向を見ると、和服を着た三人の男が道を歩いてきていた。更に全員、腰には刀を提げていた。


「俺たちみてぇな山賊に襲われるかもしれねえからなぁ?」


 そう言って男たちは刀を抜いて俺に襲い掛かってきた。生き返って早々死にそうなんだが。冗談じゃないぞ。

 俺は必死に逃げるが、背中に一撃を食らって倒れこんでしまった。


「何だお前、目に色がねえじゃねえか。それってよお、魔法が使えないザコってことだろ?」


 山賊たちは笑い転げる。今こいつ、魔法と言ったか? この世界には魔法があるのか? 和風な文化に魔法とか、随分珍しい世界観だな。


 それと今気づいたけど、この男たちの目は赤や黄色、白とか色んな色をしてるな。こいつらがカラコンをするほど容姿に気を使っているとは思えないし、これが元の色なんだろう。


「やめなさい!」


 林の中から声が聞こえた。そこには和服を着た、サクラ色の髪の凛とした女性が刀を構えて立っていた。一目見て分かるほどの美人だ。そして彼女の瞳は例に漏れずサクラ色だ。


 なるほど。完全に理解した。ここは異世界だ。俺は現実世界で死んで、この世界に転生してきたんだ。

 じゃなきゃサクラ色の髪の女性が刀を持って出てくるなんてありえない。にしても、せめて死因はトラックであって欲しかった。駅の階段で転んで転生はあまりにもダサい。


……なんてくだらないことを考えてている間にも、事態は俺抜きで進行していく。


「勇敢だねぇ。美人の姉ちゃんよぉ。いいぜ。そこの魔法が使えない兄ちゃんにも見せてやるとするか。俺たちの魔法の力をな!」


 そう言って男たちは次々と詠唱を始めた。


「烈火斬!」

「ランドクラッシュ!」

「雪崩斬り!」


 赤い目の男は刀から炎を出し、黄色い目の男は地面に剣を突き刺し、地面を割った。そして白い目の男は大量の雪を刀にまとわせて斬りかかる。なるほど、目の色と使う魔法の属性が同じになっているのか。


――しかし、次の瞬間。山賊たちの放った魔法は全て、大量の桜の花びらに飲み込まれて消えてしまっていた。辺りにはほのかに桜の香りが漂っている。


「あなたたち、全然魔法を分かってないわね。私が本当の魔法の使い方を教えてあげるわ」


 サクラ髪の女性は刀を振りかぶる。


「桜吹雪!」


 詠唱と同時に辺りに大量の桜の花びらが舞い、山賊たちを包み込んだ。花びらが散っていくと、山賊たちは花にまみれながら気を失い、彼らの刀は吹き飛ばされていた。一瞬にして春が通り過ぎて行ったみたいだ。


「これで大丈夫ね。怪我はない? 旅人さん」


 彼女は刀を鞘に納め、風で乱れた前髪を軽く払いながら俺に話しかけてきた。


「ありがとう。助かったよ」

「よかった。私はアカリ・シラサギ。ここの村でレンジャーをしているの」


 アカリはにこやかに笑った。また知らない単語が出てきたが、今は聞かないでおこう。


「俺は……トオル・ムメイ。目が覚めたらここにいて、それまでの記憶がないんだ」

 

 取り敢えず、記憶喪失ということにしておいた。ここで異世界から来たと言ったら説明が面倒くさそうだ。


「あら、記憶喪失? 大変ね。それに……トオル、あなた、無色なのね! 初めて見たわ」


 無職? 俺は一瞬耳を疑ったが、山賊たちの言葉を思い出し、俺の目の色が無色なのだと分かった。つまり俺は、目の色がないから魔法が使えないってことか。転生した先でも俺は役立たずなのか。


「ほら、この刀を鏡代わりにすれば見えるでしょう?」


 アカリは俺に刀を見せた。

 俺は刀に映る自分の目を見る。確かに、無色だ。無理して表現するならば、白と灰色の中間とでも言うのか。それと、転生する前よりも目に光が無い気がする。もともとそんなになかったが。それにしても、目の色が変わるだけで顔の印象も結構変わるな。


「これでわかったでしょう?」

「確かに、無色だな」

「それにしても、 自分がどこに住んでいたかもわからないんじゃ大変でしょう。そうだ、トオル。私の家に来ない?」


 アカリは俺に微笑みかけながら俺に手を伸ばす。彼女は正気だろうか。こんな道端に座り込んでいる素性も知れない男を、彼女は自分の家へ招くと言った。一体何が彼女を動かしているのだろう。俺はいまだかつて彼女ほど善良な人間に出会ったことがなかった。いつも善意の向こう側には悪意があるものだと、そう思っていた。


「本当にいいのか? 流石に迷惑じゃ……」

「いいからいいから! ほらほら行きましょ!」


 彼女の若干押し付けるような善意に戸惑いながらも、都合がいいので付いて行くことにした。


「助かるよ。ありがとう」


 俺は彼女の手を取って起き上がる。躓いてばかりの人生に一筋の光明が差した瞬間だった。


 とはいえ。異世界に転生したのに知識チートもスキルチートも無いようじゃ活躍も何もできたもんじゃない。それどころか、剣と魔法の世界で魔法が使えないときた。ほとんど役満だ。


 でも、とにかく。まずはこの世界での無職を脱さなければ。いつまでも美少女に扶養されるヒモ男ではいられない。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よければブックマーク、評価、感想など頂けると嬉しいです。


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