第1話 彼
「・・・・・・・・・・夢?」
何、何なんだ今の夢は。
「まだ・・・感覚が残ってる・・・。」
リアルで、言葉じゃ言い表せないくらい怖い夢・・・。体が・・・まだ雨に濡れているように冷たい・・・。
「・・・あ。」
高月ハル、15歳にして朝から下着を洗濯するはめになりました・・・(男性的な意味じゃなくて)。
「なんだハル、朝から洗濯なんかして・・・。まさかアレか?」
「んなワケねぇだろ兄貴!!」
ニヤニヤとした嫌味な笑みを浮かべ、歯を磨いている兄貴に答えながら洗濯を続ける。チラリと時計に目をやれば、もうすでに6時半を回っていて、もういい加減準備をし始めなければ朝練には出ることはかなわないだろう。くそ、そろそろ県大だっていうのになんてザマだ。
「なら何?漏らしでもした?」
「ん、んなわけねぇだろ!!」
「ふーん・・・。」
図星をつかれ、動揺しつつも下着を洗濯機に放り込む。大急ぎで階段を駆け上がって自分の部屋で制服に着替えてからまた階段を駆け降りる。本当なら朝食を食べるのだが、今はそんな暇はない。まぁいつもなら食べていたかもしれないが、県大にいくのに朝練をサボるというのは県大に行くという権利を放棄したようなものなのだからそれは困る。まぁ権利というのは市からきたものなので、今更放棄も糞もないんだけれど。
「はるちゃん、御飯は?」
「いらない!いってきます!」
母さんが小さくいってらっしゃい、と手を振ったのを確認して、テニスラケットを背負う。
自分の制服を見て、ふと今朝の夢の男を思い出した。
思いだしたくはない、ぶんぶんと頭を横に振って、友達との集合場所へ駆け出す。
「おっせぇぞハル!」
「悪い。行こう。」
鈴樹康平、通称すずぴーと呼ばれているが、その可愛らしい愛称には似つかないほど凛々しい顔だちをしていて、オレ的に顔は上の中くらいだと思うのだが、その厳しい性格から女子にはモテないというのが難点なのだと思う。・・・その愛称をつけたのは俺なのだが。まぁすずぴーは女嫌いで、そんなことを気にもせずに日々部活と勉強の両立をこなしている。俺も小学校の頃は頭はそれなりによかったのだけれど、中学生になってからは部活と勉強の両立ができなくなった。別に勉強はできるだけでもともと嫌いだったわけだけど、同じ学力だった友達に置いて行かれるのは結構悲しい、というか虚しい。
「そういえば、あいつ来るのか?」
「あぁうん、来るよ。県大でしょ?」
あいつ、という一言で通じるのは俺らの友情の証?とでも口にすればすずぴーに気色悪いの一言で返されるので口にはしないが。
あいつ、というのは藤川なお。
という女子のことである。女子の名前を口にしないのはいかにもすずぴーらしいが、少しくらい口にしてやってもいいのに、・・・これも野暮なことであって口にすれば余計な御世話となってしまうので口には出さない。
「広野が来てほしくないって言ってたな、楓夏に。」
「そっちか、あいつじゃなくて。」
楓夏も可哀そうに・・・すずぴーと1番仲のいい女子はアイツだと思うんだけど、寧ろ仲がいいから名前で呼ばない、なんてことも考えられる。こういうときは気の毒だと思うが、それ以外だと生粋のアニメヲタクだから寄りたくない。いや、寄りたくない理由はアニヲタだからじゃなくて下手に頭がよく始末が悪いからなんだけど、小学校の頃は泣き虫だったくせに中学入って勝気になりやがった。だからといって、楓夏がなおの奴と神友と名乗るほどの手前、仲良くしないわけにはいかないし、楓夏そのものが嫌いなわけじゃないから別にいいが、ともかくあんなに頭がよくなければいいんだが。
「オイ、ハル、前の奴。」
「ん?」
前の方を見ると、ウチの学校の制服を着た男子生徒。本当はメインのスクールバッグで登校しなければならないのにサブバックで登校しているあたり、その人物がそこまで真面目ではないことを語っている。髪の毛も茶色で、明らかに人工的なモノらしくちょっと不良なカンジがする。
「先輩かな。」
「あきらかにそうだろ、1年にあんな奴いねぇし。」
「でも、2年にもそんな人いなかったと思うけど。」
3年生はもう卒業しているので論外、ということになるが、果たして2年生にあんな先輩いただろうか。あんな髪をしていればいやでも目立つとは思うけど、生憎あんな奴みたことない。襟足に髪がかかっているあたり、一応校則違反だけど、あんな髪をしていればそんな軽い校則霞んで見える。
「どうする?挨拶して通る?」
「んなワケねーだろ。たった1年生まれたのが早いくらいで何様なつもりだ。」
すずぴーはハッと吐き捨てたように言ってからその先輩の横を通り過ぎ、俺もその後を追うように通り過ぎる。
瞬間、チラリと見えた“彼”の顔に、吐き気がした。
「・・・え。」
「?ハル?」
間違い、ない。髪の色は夢とは違うし、夢でははっきりと顔が見えたワケでもないけれど。
雰囲気、顔立ち、背丈、後ろ姿・・・。
すべてが、夢の中の“彼”とそっくりだった。
「・・・へぇ、アレが俺の“妹”の恋人候補・・・か。」
夢の中ではっきりと聞いたはずの彼の声は、風の音で消されてしまった。
・・・今日は、ボールがいい方向に飛びそうもない。