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脳死させながらちんたらちんたらと実験を繰り返した。まるで終わる気配がない。この牢獄(実験室)からの解放のみを夢見る人間7,8人が生気を殺して、奴隷と機械の中間のような様でノロノロと手を動かしている。

「今日、これ以上やったってなにも進展しない」ということは実験室内の人間全員が分かっている。しかし上司の帰宅命令が出るまでは切り上げるわけにいかないから、非常に非効率的に、この上なく脳みそを使わずに、実験をする、いや実験しているふりをする。実験室内の人間全員がその呼吸をする。阿吽の呼吸、以心伝心で実験する演技をする。脳を殺して実験のふりをしていると、気づかぬ間に物思いにふけっている。その日は、

実験の演技ならハリウッドにも負けないだろうから、そちらの道で食べていきたいと切望していた。しかし考えるだけでそれは脳のエネルギーの余計な消費であるから、妄想していることに気づいたころに、この妄想は無駄だよと改めて冷徹な気分になる。今日一日を振り返ってみると、なにをやったのかさっぱり浮かんでこない。まるで起床して一秒後、目を見開いてみたら、今、といった具合である。しかし時間の進み方はとてつもなく遅い。「やれやれ、いつになったら切り上げのお達しがくるのやら、」これを脳内で何十回と反芻する。大体、何回反芻したかわからなくなってきた辺り、上司は寝ぼけ顔で登場する。その日も私の脳内時計は正確で、そろそろだろうと疲れ切った頭がわめくころ、登場、どこまでも業務的に「今日はこれまで」、と報告した。上司にはなんの感情もわいていないこの一言によって、我々は「実験室という牢獄の束縛から、ほんの一時的に外出してもよい」という、とてもとても人間らしい権利をようやく与えられる。牢獄は言い過ぎなのか?

いいや、どうせ明日も早朝から「ゴウーン、ゴウーン」と喧しい機械音の鳴り響くこの一室に監禁される。そして鼓膜が悲鳴を上げるのを黙殺、一切の感情さえも黙殺しながら、ミスを侵さないように、実験する演技に打ち込むのだ。囚人と変わる点をあえて見出そうとしても、寝床の位置座標と種類を、趣向に合わせてセレクトできることくらいしか思いつかない。後は自慰行為にふける際の肴が少しばかり豪華になるくらいか(つまりAV鑑賞の権利があるのです)。

いっそ鼓膜に優しい牢獄に入れるのなら、自ら進んで罪を犯してもいいのではないかとすら思ってしまう。

一体何故このような大人になってしまったのか。子供のころは自分が社畜になるなんて一切思っていなかった。戦隊シリーズにあこがれ、そんなに気が強い方ではなかったが、ひそかに警察への道を考えていたものだ。しかし社会が設けたレールを走る電車のってみたら、あらや、あらや。自分の夢とは逆方向に向かい、無事、社畜駅に到着した。そして無理矢理電車から落とされてしまった。時の経過と共に考え方も変わっていった。強姦、強盗、過去の自分が聞いたら断固として批判した行為が時々、平然と頭をよぎるようにすらなっている。犯罪者を一方的に攻めるはナンセンスなのかもしれないとすら思ってしまう。国から受ける懲罰より、会社から受ける懲罰のほうがはるかに重いのでは、道徳、道徳と最もらしく語りふける余裕などまるでないのだ。大体、道徳を説く人間が金持ちで、犯罪をしてしまう人間が貧乏じゃあ思考する環境が違うのだから説得力のある説明なんて生まれるわけがない。特に不自由なく育てられた幼少時代、犯罪者は人間を外れた謎の生物のように映っていた。なぜそうするのか想像できないし、理解できない。死んだ方が社会のためになるからいっそ全員死刑でもいいんじゃないかとすら思っていた。そんな思考は金持ちにも概ね該当するきがする。しかし、もはや彼ら犯罪者と私は紙一重。苛立てば犯罪者は人に当たる。私は膨れ上がる怒りを必死に、必死に抑えて家まで輸送し、そして近所にある道路票にむかって無慈悲の鉄槌を繰り返し、繰り返し下す。怒りの輸送が出来るか、出来ないかが犯罪者と私を隔てる小さな膜になっているのだ。何故、こんなことをするのか? ストレス発散で始めた運動は、開始数日で肩に大けがを負い、運動前より遥かに動けなくなって社会に復帰したから、もうこれしかストレスを抜き出す術がないのだ。抜き出さなければ、確実に精神がいってしまうと確信している。故に仕方なく殴るのだ。

希望を微かに持った幼少時代の自分にこのありさまを見せたら号泣必至だ。「なんで道路票なんて殴ってるんだ」って言われてしまうだろう。しかし、改めて主張したい。ブス、低身長故に、女には相手にされず、打ち込める趣味を無理矢理挙げても、「掘り出し物のアダルトビデオを無料サイトで何時間も探しあげくれる」ことくらいしか思いつかない今の私に、「金持ちが余計に楽しくなるために行う、とてつもなくつまらない実験」を、目覚めている時間のほぼ全てを費やして無理強いさせるこの世の中で、どこにモヤモヤした思いをぶつければいいのだ、と。そして私は理想論を語る幼少時代の自分を思い切り殴りつけて血祭にしてやりたいとすら思ってしまう。さて、冗談はさておき、予定の終了時刻より3時間オーバーした、20時にて、陰鬱な気配を猫背の背中にどすりと背負った、スレイブ(研究者)たちがワラワラと研究室から出ていく。自分もその一味であり、同僚と共に行きつけの中華に寄った。行きつけと言っても、特段うまいから、おしゃれだから、寄るというそんな余裕にあふれた楽しい理由で行くわけでは無論、ない。ただ、近い、安い、カロリーが多そう。この3本柱を形成できている店がこことあともう一店舗くらいしかないから、苦肉の策、苦肉の策で夕食会の会場に選出するのだ。食事中は上司の悪口、最近見つけたアダルトビデオが肴である。否、アダルトビデオの話は業務中にも上司の目を盗んで盛んに行われるから、大半は前者二つになる。彼女、妻、合コン、投資、ビジネス、こんな華々しいジャンルの話はほぼない。この類が好きな、どこまでも自分を取り繕っているようなやつは、一年もすれば我々の界隈から抜けていくのは言うまでもない。そういうわけで、我々の界隈はいわゆる「インキャ」と巷で定義される部類の人間で構成される。

しかし、美しいOLがたまたま近くに居合わせたとき、結局我々も必死に取り繕って話すことになる。

まとめサイトで見た、それっぽい、かっこいいワードを思考の限りをつくして(それこそ、業務時間はもってのほか、一日で最も頭を使って)組み合わせ、私も出来るぞと無意味を極めたアピールを打ちかます。それもとてつもない声量で。(こうでもしないとあちらの鼓膜、ハートに響かないと思うから、無意識のうちにボリュームが急上昇している)

しかし、後々振り返ってみると、話の内容すらも、気の利いた高校生ですら話せるような稚拙なレベルに終始しているきがして、とてつもなく恥ずかしい気持ちになる。あちらからすれば、馬鹿でやかましい不快な客。隣客ガチャで、最低ランクにそうとうする集団なのだろう。毎度毎度、そのような反省を繰り返すのだが、食事の席ではそんなことさっぱり忘れて、同じ過ちをあっさり犯してしまう。

メインディッシュである上司の悪口になる材料は、上司と接する時間が中々ないから、限られた接触時間の中で、ここ一番の集中力をもってして、上司の汚点を見つけ出すことで回収される。こうして見つけてきた収穫(汚点)を各々、小出しにしながらつまむレバニラ(なんべんも注文しているし、特段うまいわけでもないから、悪口で興を添えないとただのカロリー源に成り下がってしまう)が、中々良い味を出すのだ。

今日も悪口で味付けされたカロリーをわが身にねじ込み、そこからエネルギーを抜き取って、残りかすを便所でダラダラと垂れ流し、そうして寝る前に同僚におすすめされたビデオを眺めて一発抜く、後は明日の労働を待つのだろう。そんな生きる面白さを何一つ見いだせない思いに浸っていると、まず、餃子が運ばれてきた。早速、各々、悪口で味付けをしながら、口に運ぶ。なんのことは無い、冷凍食品とさっぱり変わらないクオリティの餃子だ。多分、その道のプロがこの餃子と冷凍食品のそれを食べ比べても、見分けがつかないと思うくらい、否、調理しているこの店のおやじですら判別できないのではないかと思うくらい、その餃子は冷凍餃子もどきなのだ。これについて、うまいとか不味いとか一ミリも感じないくせに、とりあえずうまい、うまいといって、うれしそうな小芝居をテキトウに打ちつつ、その冷凍餃子もどきをほうばっていると、、、「!?」と来た。

餃子にかじりつくと、時折、上前歯の一端に染みるような痛みがジジっと響くのである。

とにかく、悪口、美味、物思い、これら全て一旦中断した。原因を検出したいから、その付近で何度も餃子を噛みこんでみる。中々ヒットしない。これは恐らく、脳が痛みの箇所を理解しているから、本能的に避けているのだろう、なんとも生意気である。

「そちらがその気なら、君が音を上げるまでひたすら口内で餃子を転がす所存だ。私にはその時間と用意がある」脳内でこのように宣言し、痛みのダウンジングに集中していると、だんだん確実にヒットさせるコツをつかんできた。なるほど、痛い。だが、しかし、これはいつもの痛みではなかった。少し話がそれるが、最近、体中の状態が急速に悪化している。悪化している体に鞭を打つから、その被害は雪だるま式に増えていく。そういうわけで、体の各々のパーツに対して最もらしい理由をもって、病院に駆け込むことが可能なくらい体全体ボロボロで、無論、歯も例外ではなかった。冷たいものを飲んだりすると、歯の中心にありそうな芯に、染み入るような、触ってはいけないものを素手で触られているような刺激が走る例のあれである。これがまた、とてつもなく痛くなることが頻繁に起こった。この痛みは数日放置すれば治るというのは経験で言えるから、その日々のストレスを道路票に充てれば問題なかった。しかし、今回の痛みは明らかに別種なのだ。私に嫌なものが訪問すると、大抵、期待以上の不幸を投下していく。故に、「別の痛みである」確信に私はおおいに狼狽した。こうなってくると、もうこの歯の一点にしか集中できない。わざとこの箇所に空気が当たるように「シイ――――」と歯を閉じながら力一杯、息を吸ってみる。嗚呼、やはり痛い!!!染み入るような、刺激的な痛みである。しかし、嗚呼! 芯ではない、これは外側だ。。!!!!

この時、幼子の私と、父との会話をふと思い出した。それは歯の清掃に連行され、泣く泣くの清掃を終えた勇者(幼子の私)を父がほめたたえるワンシーンである。

父「おー、よく頑張ったな、偉い偉い」

私「グスン、グスン、怖かった。。けどあまり痛くなかったかも。。」

父「そーだろー、そーだろー、虫歯になる前だったら痛くないのさ。だから今やるのが正解なんだよ」

私「そうなんだ。。虫歯になったら痛いの?」

父「うーん、程度によるな。しかし、ねえ。。」

この後、「父が二日放置した虫歯は、歯茎奥まで浸透し、とてつもない激痛を与えた」こと、「神経を抜かなければならなくなり、麻酔がろくにきかないなか、破壊活動(手術)は行われ、失神しかけた」こと、これらを散々に聞かされたのだ。

激痛のある箇所は歯茎で、神経に近い。体全体、ド級の戦慄が走り、背筋一体凍った。いよいよ歯医者に行くしかない。なあに、大したことはないだろう、何度も何度も自分にそう言い聞かせてみるが、脳内には手足を拘束され、身動きができない状態になり、口の中にドリルをねじ込まれ、歯にトンネルを開通されている自分がありありと浮かんでくる。歯医者に行かない?それはダメだ。二日間、歯医者の痛みから逃げようものなら、何倍にもなって帰ってくる気がする。虫歯は消費者金融、いや、闇金みたいな気がしてならない。

戦々恐々、「今週の土日、仕事がなければ歯医者に行かねば。。。」としおれていると、同僚が「死んだ顔をしているぞ」というものだから、心の全てをひと思いに打ち明けてみた。なんのことはない。あっさりと、いつも通り馬鹿にされ、彼らのレバニラの味付けにされて終わってしまった。相談した私が馬鹿だった、ただそれだけのことだ。白旗を上げて歯医者に向かおうと思った。金銭に余裕はない。金をケチってわざわざうまくもない中華に通い詰めているのに、こうしてまた、金はドロドロと溶けていく。溶けるから、働かなければいけない。働くから体は壊れる。もはや体を治すのは無理だから、維持するために、あがくためにまた金は溶かされる。こうして体は不可逆的に、ゆっくりと、ゆっくりと、ストレスを発生させながら壊れていく。一体なにが楽しくてこのサイクルに乗っているのかわからない。

気まぐれにみたテレビ番組で、ホストに対して、大金(何年奴隷をやったらたまるであろう金額)をぶち込む、女の特集をみたことがあるのだが、その時、直観的に理解した。私はただ、金持ちがより一層稼ぐための歯車なのだ、それも使い捨ての。その場その場、支配者が、一時気持ちよくなるためにぶちまけるためにこの歯車は動いている。ぶちまけるといってもとてつもない量だ。何人もの人間を不幸から救い出せるほどの量を、全く、これっぽっちも生産性のないことに、ただの一時の興のために使用する。そのために歯車は命を犠牲にして回り続ける。これが人間社会かと悲しい気分になったものだ。そしてこれを思い出した今の私はより一層陰鬱な気分になった。今の私は歯車の教科書、鏡みたいな存在なのだ。陰鬱な思考一色の食事は、同僚が盛り上がっているのをイライラしながら眺め続け、やっとの思いで終了した。しかし、楽しみ、微かな希望がある。あまりにも落ち込んでいる私を見かねた同僚が、お気に入りのアダルトビデオが入っているUSBメモリを貸してくれたのだ。このUSBでなんとかやりきれない思いを家に輸送できた。燃えるような感情はないから、道路票に怒りを当てにいく気分にはなれない。ゆっくりAVを見よう。お気に入りのソファ(といっても小さくてつたないやつです)に体をうずめ、しゅくしゅくとティッシュを横にセットする。一呼吸おいて、パソコンを開こうと思った。しかし、「アレ?」

こういう時に限ってパソコンはかくれんぼを開始する。あんなにでかい図体をしたパソコンであるが、毎度かくれんぼは相当な実力のようで、いったいどこにそんな体を隠しているのか皆目見当つかない。しかしまあ、かくれんぼなんて生易しい表現を使うべきではない。約半日に及ぶ奴隷作業、歯の破壊の恐怖にさらされ続けた体は、ただ憩いを、1秒でも早い憩いを求めているのだ。時は一刻を争っているのに、悠長に隠れられてしまっては、満ち満ちてくる殺意を必死に抑えるのに精いっぱいだ。整理する間もろくにないから、遺跡のごとく崩壊した私の部屋で、散乱するものを次から次へと上に上げる。あげるときに、以前ケガをした肩から異様な痛みが発生する。そうしてまた、一段と不安と怒りがこみあげてくる。イライラしてくるとモノを放るようになってくる。目の前にあったものを放ったら、スピーカーの回線と絡まって「ブウ――――」という爆音、スピーカーから発せられる爆音と共に、先ほど必死に上げた者たちが、一斉に雪崩を起こした。泣きそうな気分になった。

いったん落ち着いて、部屋全体、くまなく捜索した。見当たらない。今度はありそうな箇所をこれでもかというほどに、血眼になって捜索した。何周も同じ個所を見つめ続けた、しかし景色は一向に変化してくれない。涙腺ダムの決壊は秒読みである。そうして、もうだめだとあきらめた。あきらめたけど、興味本位、ここにはないだろうと思っていたところを、気まぐれにめくっていると、ゴソっとパソコンが現れた。泣いた。泣きました。特段珍しいことではありません。外出中は必死の演技でもって、体全体、嘘と虚栄の衣で覆っていますから、泣くことはありませんが、家の中では号泣なんて日常茶飯事なのです。近頃は泣くとある程度気分がすっきりするという事実に気が付いてしまい、一定以上辛くなったら自発的に号泣することすらも始めている次第なのです。一泣き終えて、気分を考察してみると、自慰行為に落ち着いてふけれるほどの心の落ち着きがありません。ですから、外出して道路票を思いきりぶん殴りに行こうと思いました。「さあ、鍵、鍵、カギと…………」


「なんで鍵ないノォォォ?」

「なんで鍵ないノォォォ?」

「カッギー! おいでーー、アッハッハッハ」「ファーーーーヒィー――」

とにかく叫びました。叫べば思いに応えてくれる気がしました。理系出身だからなのか、スピリチュアルな話は信じない信条ですが、今回ばかりは神すらも召喚できるくらい、一生で最も魔力のこもったであろう呪文を唱えました。しかし一向に呼応はありませんでした。

そして、最後に発狂しました。

気が狂ったわけではないと主張します。発狂すると、モヤモヤが幾分消えてくれると経験的に知っているから発狂するのです。あくまで自主的に、理性を持って、思い切り発狂しました。

しかし、こうして発狂に負い目を感じなくなっていくと、「ヤバイ人」と世間が定義する人間にいよいよ登録されるのかもしれません。ついこの間、賃貸の管理者からうるさいとのお達しがあったばかりです。しかし、発狂を取り上げられては、何とか崖っぷち、小指一本でメンタルを調整する私が、奴隷的な実験作業を日夜こなすなど到底不可能なので、他人の家などしらん、といった強気のエモーションで黙殺を貫きとおす覚悟であります。


した事を単純にあげれば、パソコンを見つけられずに泣いて、鍵を求めて発狂した。まだ私はただの人間だと自覚していますが、私に変人の烙印が押されても反論できる人は私の他にいない気がします。

鍵は見つからないから、鍵を閉めずに外出することにしました。どうせとられて困るものなんてパソコンくらいしかないのです。








瞬く間に道路標の元に到着し、とにかく殴り、けりつけました。道路標に飽きたからごみ捨て場の看板も殴ってみました。

この看板は適度な弾性を持ち、殴るたんびに「バイん、バイん」と音を立て、幾分すっきりさせてくれるので、気が付いたら5分も殴り続けてしまいました。

手は血だらけ?いやいや、この日まで何度と道路標識を殴ったことか、酷使された拳はその硬度を増し、今や五分のインファイトにも、多少の流血で耐えて見せるほどになっていました。

気持ちよいパンチングも一息ついて、「うーん、いい汗かいたあ」と汗を気持ちよくぬぐってみると、あれまあ、とんでもない量の汗をかいていたみたいで、腕全体びっしょりでした。うむ、今日は大変精が出たなあと感心、いや、これは汗ではない。辺りを見渡すと、ところどころにある街灯の周りに、照らされた水の線がものすごい勢いで息吹く様が見えました。天気は大雨だったのです。「ハハハッ」自然と不敵な笑みがこぼれました。冷静になると、全身びっしょりで、服が水と糸の中間のようなありさまになっていると気づきました。靴の中は泥沼と化し、足踏みのたんびにグチュグチュとした不快感を提供してくれました。しかし自然のシャワーに身を預けるのも悪いものじゃない。この気持ちのまま、洗礼を浴びながら、気持ちよく帰ろう。そう決心し、社宅の方向に目を向けると、視線の先に、恐怖の眼差しをこちらに向け、蛇に睨まれた蛙のごとく硬直している少年が見えました。見たところ塾帰りといったところでしょうか。丸い眼鏡をかけ、短髪で、服装は普通から少々ださいベクトルに逸脱している。恐らく安売りの服を親が買ってきて、他に切るものがないから着用しているのだろう。運動神経はあまりなさそうで、この姿を見ると、彼もまた、過去の私同様スクールカーストの下位でレギュラーを張る人材なのだろうと直感しました。この少年は重そうなバッグを背中に背負い、さしている傘をプルプルと震わせながらモジモジしているのでした。なるほど、この道を通りたいのだが、私が怖くて通りかねているようだ。(なにを怖がっているんだ、かわいいガキだなあ、)と思いました。幾分気分がスッキリしているので、「やあ、なにビビってんだよう!! おじさんと一緒に殴ろうぜ?」と胸躍らせながら近づいていくと、「ギャー――――」という、これを(人間という他の生き物とはどこか違うと思っていたナニカ)が出せるのか、と感心してしまうほどの声と共に、傘を放って逃げていきました。この類の声を聴くのは流石にレアケースで、これの前と言えば、2年前にもなります。「赤信号に代わりそうな信号を目指して、真顔で(といっても最大限かっこよく決めた真顔)思い切り突っ走ったら、向かい側の女性が自分を襲いに来たと勘違いして、獣のような咆哮をとどろかせた」というものでした。さて、叫ばれた理由、状況は頭が浮ついてイマイチ掴めませんでしたが、衝撃的な音量でさけばれたので、とりあえず逃げました。反射的でした。


こんな生活じゃ警察に囚われるのも時間の問題でしょう。警察、それは幼子の私の将来の夢というやつでした。そんな私が憧れる警察官も、この男を見つけたら流石に職質を決行するでしょう。何を誤ってこんなことになってしまったのか。


公共の物資を破壊し始めたらいよいよ変人という言われてもおかしくない? いいえ、これもストレス解消の一環で、あくまで、理性を持って、自主的に決行しています。決して変人というわけではなく、皆さまとおんなじ、にんげんです。

大体、ストレスは抜けました。快感、半分、悲しさ半分で鍵の閉まってない部屋に入ると、部屋捜索中、埃に耐えかねて(私はハウスダストアレルギーを幼少から所持しました)たまらず開けた窓から、家の光めがけて侵入したらしい多くの虫が、「ブーーーン」という羽音をせわしく、部屋中に響かせ、電球の周りをクルクルと回っている。

一周回りました。一周回って一興です。ウフフとほほえみがこぼれましたが、幸せなひと時はつかの間、一興ですまない問題がそこにはありました。虫たちの群れをじっくり眺めてみると、その中に蛾の類のやつが混じっているのでした。それもちょうど3~4cmといったくらい、気色悪い事この上ないサイズのやつが、それも一匹じゃないのです。ざっと見積もって三匹といったところでしょうか。これは寝れたものじゃありません。蛾には鱗粉という毒があるらしい。うっかり放って寝てしまおうものなら、豪雨のごとき鱗粉爆弾が顔面上に降り注ぎ、無事、被弾することを容認することになってしまう。

「アミィ、網が必要だーーー。ヴェハハハ」

とわめていも、近所に網が売ってある場所なんてありませんから、こいつらが気持ちよくはためくさまを目の前に許容しながら、睡魔に身を任せる他、術が思いつきません。これしか方法のない地獄、運命的な苦痛、「ウウウー」と悲鳴を上げていると、散らかった部屋の中から大学時代に友達と使用した水鉄砲が現れました。たなから牡丹餅、いや、たなからマンション、それほどに喜びました。知らぬ間に力強く、繰り返し、繰り返し、ガッツポーズを決めていました。作業的にこなす一夜の茶番に、熱いシューティングゲームが提供されたのです。それも、全て自然からの、無料の提供です。

弾丸は水? 否、戦場を、自然からの好意をなめ切った発言は控えていただきたい。真剣に、全力で向かい打つべきなのだ。私は丁寧に丁寧に業務用アルコールを注ぎ、シューティングモーションに入りました。

戦闘は10分ほど続きました。この時間設定は、あまりにも適度、そして撃墜される蛾がひらひらと墜落する様は私の興奮を刺激し、パワフルにストレスを吐き出しました。

「こりゃあたまらないぜ これからここは、毎晩戦地だなあ。アッハッハッハ」

明日、窓を全開にして、はちみつを壁一体にぬりたぐる様を想像し、高らかに笑いながら敗者の最期を眺めに行きました。瀕死の重態で、足を痙攣させながら失神したご様子であり、このさまがまた一興を添えました。

「こんな簡単に終われると思うか?君は僕の苦しみをしらないだろぉ?

楽しいから食べて、楽しいから飛んで、楽しいからこんなとこに来たんだろ?悩み感じず、楽しさ求めてここに来たんだ。この、蛾のウェイ系が!!!」

不幸を万年に渡って味わう人間の、陰鬱な人間の苦悩を、

少し、ほんの少しだけ、ほんのちょびっとだけ、、じっくーりと君に教えてあげるよ。。うぇはははは!!」

軍手をはめた手を器用にこなし、まず、羽の一部をちぎった。

ちぎった。ちぎったらもうこの蛾には将来がない、夢がない。生きる意味も見つけられない。快楽を味わえず、一方的にストレスをためこみ、目の前にある死がやってくるのを、待つ、ただ待ち続けることのみ許される。

私の手によって、私の気まぐれによって、このウェイ系の蛾を、不幸のどん底に叩き落としてやったのだ。

瞬間、なんとも不思議なことに、この蛾に仲間のような同情心と、申し訳なさが沸いてきた。

長年、つまらない、哀れな人生をおくってきた身だから、仲間にはとてつもなく優しい感情が現れることが、時々ある。元来私は優しい人間なのだと自負すらもしている。

この感情が今、来たのだ。

こうなってくるとこの、羽がもげた蛾は可愛くすら見えてきて、もはや飼育してやろかと悩んでしまった。しかしそのとき、

寝返りをうった蛾の眼球と、私の視線が丁度、混じりあった。

愕然としました。その全てを飲み込む漆黒の眼に。

まるで、死神の使いであるといわんばかりの不気味な眼を、一生のエネルギーすべてを注ぎ込んだ怒りと共にこちらに向け、それは命の威圧を私の体全体に叩き込んだのでした。

興ざめしました。体全体、全ての細胞が一斉に興ざめしました。

オナニーすらもやる気になら無い。毎日やっているオナニーすらできない。インフルエンザの時ですら、我慢できずにやってしまったオナニーを出来ないのです。こんなこと、あるのか。。

もうなにもするきにならないから布団もひかずに寝ました。

起きたら舞っていた鱗粉の被害にあっており、顔面、まんべんなく気色の悪いぶつぶつで埋め尽くされておりました。

私は毒粉のカーペットで熟睡、寝返りさえうっていたのです。


無論、この顔は、同僚の晩飯の味付けにされました。


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