争い渦巻く第六領域『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』3
「はぁ、領主様の御客人に、頼み事なんかしてええんかのぅ?」
「本人がえぇっちゅうんじゃから、ええんじゃないか? 領主様も御存知なんじゃろ」
「しっかし外の国の方が御客人だなんて、凄いのぅ。やっぱり領主様は凄いんじゃのぅ」
翌日、あらかじめソウに通達をして貰ってから、彼の領民に困り事がないかを訪ねて歩く。
妙子と初めて会った時は怯えられてしまったが、今回はソウの通達のお陰もあり、領民達に逃げられてしまう様な事はない。
……と言うか、寧ろ物珍しさにどんどんと集まって来てる気がする。
ただやはり、いきなり頼み事をすると言うのはハードルが高いのか、互いにヒソヒソと相談するばかりで私に直接何かを頼む領民はまだ出ない。
まぁ仕方ないのない話であるし、ここで焦ったり急いでも、それこそまた妙子の様に怖がらせてしまうだけだろう。
「あー、そう言えば息子の六郎の嫁が、乳の出が悪いんじゃ。牛蒡を喰わせてやりたいが、山に入らんといかんしなぁ」
「いやいや、オマエ、そんな事を領主様の御客人に頼めるか。最近、山で妖を見たって奴もおったじゃろ」
私が彼等の相談に耳を澄ませていると、一人の領民、それも割と高齢の老爺が、そんな事を言っている。
「別に構わない。牛蒡、取って来る。それよりも、妖?」
どうやら困り事はあるらしい。
不意に私に話しかけられ、老爺は驚いたように目を瞬かせるが、質問には頷く。
「お、おぉ、そうなんじゃ。でも見間違いだったかも知れんしのぅ。他にも見たって奴が出たら、領主様にご報告する心算だったんじゃ」
成る程。
つまりその山に牛蒡を取りに行けば、ついでにこのアルガラード領域の妖を確認出来るかも知れないと言う、一石二鳥のチャンスだった。
「良い。それも任せて。それより、牛蒡、どれくらい要る?」
それに私は、山や森での活動が得意な狩人なのだ。
最近はすっかり暗殺者っぽい活動が多くなってしまったが、偶にはその手の仕事もしたいと思う。
牛蒡取りが、狩人らしい仕事かどうかはさて置いて。
「息子の嫁に食わせる分だけじゃから、そんなには要らんが、多くても皆で喰うから困りはせん。あぁ、領主様も牛蒡はお好きじゃよ。……じゃが本当に山へ行ってくれるんなら、図々しいが当帰も頼めんか?」
そう問い掛ける老爺に、私は頷く。
どうせ山に入るなら、採る物が一つでも二つでも変わりはしない。
私には動植物知識のスキルがあるから、見付けられないって事もないだろう。
ソウが治める吾賀里の領地は、捌の島の北方にある。
本来この地に妖が出る様な事はこれまであまりなかったらしいが、伍の島が豪嵐童子に落とされた為、捌の島は鬼の勢力圏に隣接してしまった。
故に今回の件も、単なる見間違いとして放置するのはあまり好ましい事じゃない。
十州の植生は、これまで私が見て来たミルノーシェ領域の物とは大きく違う。
けれどもそんな環境の違いも、動植物知識と言うスキルの前には何の意味もなく。
『名称:牛蒡
アルガラード領域、アルガラード大陸より十州に伝来して繁殖した多年生植物。
葉、根、種の全てが薬用として使用される。
一部地域では葉や根を食用とする。
良く似た外見の偽牛蒡には、毒が含まれているので採取には注意を要する』
『名称:当帰
アルガラード領域、十州に自生する多年生植物。
薬用植物として知られ、独特の芳香を発する』
私は山に入って然程時間を必要とせずに目的の植物を採取し終えて、妖の探索へと移行していた。
どうにも私の知識では、ゴボウは畑で採れる野菜なのだけれど、この十州では違うらしい。
尤も私が与えられて知ってる知識のゴボウと、この十州の牛蒡が同じ物だとは限らないので、まぁ考えても仕方がないだろう。
目的の物は無事に収穫できたのだから、今は妖を探す事に集中しよう。
野外追跡のスキルを持つ私は、這い蹲って地面を探さずとも、歩き回るだけで地に残された痕跡を見落とさない。
『斑猪の足跡』
『紅鹿の糞』
『手長猿の毛』
更にその痕跡の正体は、ちらりと視線を送るだけで動植物知識のスキルが教えてくれた。
相も変わらず非常に便利なスキルだ。
野外追跡はスキルを上昇させて行けば、相手が自らの痕跡を巧妙に隠そうとした場合でも、見付け出せる様になるだろう。
或いはその逆に、自分の痕跡も隠せる様になる。
私が大森林で過ごしていた時、戯れにエルフ達とかくれんぼや鬼ごっこの様な物をして見たが、彼等には全く敵わなかったが、もしもこのスキルを上昇させていたならば結果はきっと違った筈。
動植物知識はスキルを上昇させればさせる程、詳細な情報、活用の為の具体的な方法が知れるそうだ。
例えば薬草一枚を見付けたとして、Eならばそれがどう言った名前の薬草であるかがわかり、Dならば効能もわかり、Cより上はそれを薬として活用する為の方法が知れて、実際に調合も可能となる。
どちらも非常に有用なスキルだが、生憎とミルノーシェ領域では戦闘力を重視した為、結局これらのスキルを上昇させる機会はなかった。
また人族と巨人族の戦争が続くこのアルガラード領域でも、やはり戦闘力が最も必要になるだろうから、これ等のスキルは上昇させないと思う。
もしもこの先、過酷な自然環境の中を延々と探索し続けねばならない様な領域に行けば、この二つのスキルが命綱となる事もあるのだろうけれども。
まぁそれはさて置き、そんな使い勝手の良い二つのスキルを持つ私だからこそ、山中での探索速度は非常に早い。
そして私がそれを見付けたのは日が傾いて沈み掛け、空を赤色に染める頃合いだった。
野外追跡のスキルで見付けた何かの足跡に、動植物知識のスキルが反応しない。
故にその足跡を残した存在が何であるかは判別出来ないが、それが得体の知れない物である事だけは寧ろハッキリとわかる。
私は周囲の気配を探りながら、罠がない事を確認し、ゆっくりとその足跡に近付く。
するとその足跡は、一見人間の、それも女性の物の様に見えた。
けれどもその足跡は指の跡までしっかりと残っているから、仮に人間であるならば、その女は靴や草鞋等の履き物を着用して居ない事になる。
集落付近なら兎も角、私が日暮れ前まで進んだ深い山中を、裸足でうろつける女が居たらそれこそ普通に怖い。
だとすれば、この足跡こそが吾賀里の領民が見かけたと言う、妖の物である可能性は決して低くないだろう。
更に良く観察すると、その足跡は大きさの割りに、深くクッキリと跡が付いていた。
足跡の深さ、どれだけ明確にそれが残るかを決めるのは、地の状態と対象の重さで、ついでに言うなら移動の仕方も。
ぬかるんでいたり、柔らかい土の地面なら、少しの重さでも足跡はわかり易く残る。
だがしっかりとした地面に深く足跡を残すには、ある程度の重量が必要だ。
なのに目の前にある足跡は、そのサイズから想定される女の体格、体重は小柄で軽いだろうにも拘わらず、深くハッキリと残ってた。
つまり足跡からは想定出来ない巨大な図体をしているのか、はたまた密度が異常に高くて重いのか、もしくは重たい荷物を担いでいると考えられる。
因みに対象が走っていた場合、徒歩よりも地面を強く蹴るから跡も深く残るが、そもそも足跡の形が変わるから判別は容易い。




