第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』5
私がこの世界に来てから数えて二日目と三日目は、これからコフィーナの町で活動する為の準備、情報収集の為に使う事にした。
本格的に活動を始める前に少なくとも弓の練習はしておきたかったし、それに幾つか気になる単語も耳にして居たからだ。
気になった単語の一つ目はアンデッド。
門を入る前に門番が私を見て確認したのは、先ずアンデッドであるかどうかだった。
仕事に関してもうろつくアンデッドが増えているから夜間警備の協力が欲しいと言っていたし、町の備えも単なる獣に対する物としては厳重過ぎる物に思うから、恐らくはアンデッド対策なのだろう。
しかしだからこそ、どうしても私はそこに違和感を感じる。
アンデッドとは、多分私の知識にもある様な、ゾンビやスケルトンと言った一度死んだ筈の骸が動き出した物か、それに近い存在の事だ。
だとすれば当然、その発生には元となる死体が必要の筈。
勿論人の数だけ死体は出るのが道理だが、アンデッドが怖いなら、誰かが死ねばアンデッド化しない様に埋葬をするだろう。
例えば火葬し、焼け残った骨を砕いて骨壺に入れるだけでも充分にアンデッド化は防げる。
だから厳重な警戒が必要な程にアンデッドが発生したのなら、そこには必ず何らかの理由があると私は考えたのだ。
二つ目に気になったのは、やはり門番が言っていた『仕事の受け付けは酒場付きの宿ならどこでも出来る』との言葉。
これは多分、物凄くおかしな事だった。
何故なら、どう考えても夜間警備を手伝う仕事は、門番達が所属するであろう警備隊の詰め所の様な場所に受けに行くのが当たり前である。
にもかかわらず『酒場付きの宿』と限定するのなら、酒場に集まる力のあり余った荒くれ者に仕事を割り振るシステムが存在すると言う事だろう。
そう、つまりは私の知識で言う所の冒険者だ。
町に入る時、門番は私を見てハンターと言ったが、もしかしたらアレは狩人と言う意味でなく、冒険者に近いニュアンスでそう言ったのかも知れない。
夜間警備の仕事を引き受けるにしても、これ等の疑問は先に解消しておきたかった。
さて、では実際にどの様にして訓練と、情報収集を行ったのかと言えばだ。
実は二つ目の疑問に関しては実にあっさりと解消が出来てしまう。
何せ私が宿泊したのはその仕事を受けれる『酒場付きの宿』だったので、宿の娘に銅貨を一枚握らせながら説明を求めるだけで充分だった。
その銅貨一枚分の情報だが、どうやら冒険者という名称や冒険者ギルドの様な物は存在しないが、酒場を利用する傭兵や狩人が似た様な役割を果たしているらしい。
その中でも一ヵ所に定住せず、割りの良い仕事を探して放浪する狩人をハンターと呼称して区別しているそうだ。
なんでも酒場が業者を介さず、狩人に直接の獲物の持ち込みを依頼したのが始まりだったとか。
故に酒場付きの宿は、寝床と食事を与えるだけでなく、旅人に仕事を与える場となっていったのだと言う。
まあ要するに、冒険者として独立した職と見なされる程にシステムの整備が進んでいない状態の様だった。
だから獣を狩れば、肉は肉屋か酒場に、皮は皮なめしの職人か商人にと、自分でバラバラに売りさばく必要がある。
不便だと思えば不便だが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
ついでにアンデッドに関しても尋ねてみたが、宿の娘は難しい顔をして、私に教会へ行く事を勧めて来た。
……と言っても、彼女は私がこの領域の神を信仰しない異端者だと見抜いてそんな風に言い出した訳では、勿論ない。
もしそうだったとしたら、私はとても困っただろう。
仮に私が信仰すべき相手が居るとすれば、それは私を拾い上げて補完し、肉体まで用意してくれた依頼人だ。
例え世界を巡ると言う仕事をさせる為だったとしても、私は純粋にその幸運を喜び、依頼人に対して感謝をしている。
が、それを他人に説明出来るかと言えばそれは全く別の話だった。
信仰と言うのは文化によっては非常に重視される物で、単なる心の支えとしてのみ存在するのでなく、時にその教えを以って道徳心や規律を人に与える役割を果たす。
何故人を殺してはいけないのかと言う疑問に対し、復讐心の連鎖やその行為が社会に及ぼす害悪を説くよりも、神様がそれを罪だと仰ったからの一言で済ます方が手っ取り早いしわかり易いだろう。
子供に理屈を説くより、母親が駄目な物は駄目と言った方がわかり易いのと同じで、受け入れ側の素養が足りなければ難しい理屈は意味を成さないのだ。
そう、馬の耳に念仏である。
なので信仰を持たなかったり異にすると言う事は、同じ価値観、規律を共有しない相手だと思われてしまう可能性があった。
ましてや私が信仰の対象として選ぶであろう相手、依頼人は、決して真っ当な存在ではない。
故に私は、自らの信仰に関して他人に問われると、上手く答えを返せないだろう。
単純に嘘を吐けば良いだけの話ではあるのだけれど、何故だろうか。
私はどうにも、嘘を吐くと言う事があまり好きではない様だった。
そんな訳で聖職者を選ばなかった私にとって教会と言う場所は割と鬼門な気がしたが、されど動かなければ欲しい情報は手に入らない。
苦手意識はどうしようもないが、それでも私は覚悟を決めて教会へと足を向ける。
幸い階位の上昇により番犬の加護の使用回数は回復しているから、いざとなれば町から逃げてしまう位は、あの犬が助けてくれるならできるだろうし。
そしていざ勇気を振り絞って足を踏み入れてみれば、小さな教会の老神官は、とても丁寧に私を迎え入れてくれて、色々な話をしてくれた。
どうやら老神官の中では、私は無学さと信仰の薄さを恥じて学びに来た若者、みたいな位置付けになったらしい。
別に私が自分でそうだと言った訳ではないし、都合の良い誤解ではあったので、多少罪悪感を覚えはしたが、私はそれを訂正せずに彼から話を聞き出した。
さて、それでは何故アンデッドの事を尋ねるのなら教会に行けと宿の娘が言ったのか。
その理由は、アンデッドの発生には二柱の邪神と、大勢の神々が関わっていたからだ。
この領域の邪神とは、元から邪悪な神であった訳ではなく、罪を犯した神の事を言う。
だがよりわかり易い説明の為には、先ずはこの領域が融合する前の神話を語る必要があった。