第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』52
森に逃げ込んですぐに、エルフ達は私に接触して来た。
どうやら先に開放した三人のエルフは、無事に彼等が保護したらしい。
そしてここからは私も予想外だったのだが、エルフの子供、ウォローを救出する際に、私が地公将軍とやらを殺害した事をエルフ達が知ると、彼等は即座に森に潜んでいた仲間を集めてセルエラムの町へと攻め込んだのだ。
私は何となく、森に住むエルフ達は穏やかな隠者をイメージしていたのだけれど、ミルノーシェ領域のエルフは思っていたよりもずっと逞しかった。
後でクォーリアス王国の民やエルフから聞いて知った話だが、ワルハリア帝国には三人の将軍が居る、もとい、それは既に過去の事なので居たそうだ。
まず一人目は天公将軍。
皇帝の片腕にして親友とされる、ダーウィス公爵の当主、エドリス・ザーベルチア・ダーウィスだ。
彼は大貴族でありながらも将軍職に就き、皇帝直属である近衛以外の軍事を統括する、帝国軍の長だった。
智謀と守の将と呼ばれ、滅多に帝都を動く事はないが、防衛戦における用兵は帝国の誰よりも長けるらしい。
皇帝からの信頼も厚い、帝国の中心人物である。
次に二人目は地公将軍。
つまり私が既に殺害した、ザゴーダ・バールシェ・マーヴィル。
彼もまた天公将軍、エドリスと同じく貴族である。
何でもマーヴィル侯爵家の当主の弟で、当人は子爵位を与えられており、ドローギア伯爵家より妻を娶っているんだとか。
大層な肩書があってキチンとした伴侶までいるのに、子供に無体を働こうとする辺り、私にはザゴーダが理解し難い。
いや、肩書がなくても伴侶が居なくても、子供に無体を働こうとする輩を理解出来る気はしないけれども。
まぁその行いからもわかる通り、彼の評判は著しく悪く、異名は強欲将軍や悪鬼等。
振る舞いはその名の通りにとても欲深で、且つ残酷だ。
但し彼の働きで帝国が上げた利益は大きい。
言うなれば、他の二将軍が泥を被らない為の、汚れ役を務める将軍でもある。
例えば彼の率いる軍が小国を焼き、略奪し、住人を犯して殺して奴隷として売り払うからこそ、その周辺国は戦わずに降伏するのだ。
強欲将軍、悪鬼を派遣される位なら、早目に降伏してしまおうと。
最後の一人は人公将軍。
平民出身だが、帝国が誇る英雄と呼ばれる男。
今は家名と共に男爵位を皇帝より授けられた、バローク・ヴィスター。
武勇に優れ、敗者にも寛大に振る舞い、人を惹き付ける魅力の持ち主だ。
燃える様な赤髪を晒して戦場に立つ事から、烈火の英雄と呼ばれるらしい。
彼の役割は難敵の打倒。
帝国の精兵を率い、真正面から手強い相手を打ち倒す。
この三人がそれぞれの役割を果たす事で、ワルハリア帝国は急速に拡張したと言う。
地公将軍と人公将軍は互いのやり方を嫌って不仲だとされるが、天公将軍が二人の上に立つ事で、不仲であっても必要以上の諍いは起こさせずにコントロールしているのだとか。
そう、要するに私が衝動的に殺害してしまったのは、帝国の最重要人物とまでは行かずとも、上から数えた方が圧倒的に早い地位にある人物だったのだ。
故にザゴーダ将軍の骸を見付けたワルハリア帝国軍、セルエラムの町に駐留していたクォーリアス王国侵攻部隊は大混乱に陥っており、エルフ達の強襲はその隙を突いた物となる。
善き隣人であったクォーリアス王国を攻め落とされ、更に同胞を嬲られたエルフ達の怒りは深く、数の差を物ともしない猛攻にワルハリア帝国軍は多大な犠牲を出しながらセルエラムの町より撤退して行く。
ワルハリア帝国軍が一度手に入れた地を奪い返された例は他になく、これは間違いなく快挙と呼ばれる出来事だった。
クォーリアス王国の陥落、占拠と言う、彼等にとって至極当然の報告を受けたワルハリア帝国の中枢は、その後たった一日で地公将軍の死と、侵攻部隊が敗北して敗走したと言う真逆の報告を受けるのだ。
さぞや耳を疑う事だろう。
けれども当たり前の話ではあるけれど、エルフ達が勝利し、ワルハリア帝国軍が一時的に退却したと言っても、クォーリアス王国が復興した訳では決してなかった。
クォーリアス王家は勿論、守備軍も既に壊滅しており、残されたのは民衆のみだ。
統治も、再び攻めて来るであろうワルハリア帝国軍に対抗する事も、力なき民だけではどうにもならない。
エルフとて、一度はワルハリア帝国軍を退けたが、もう一度森の外で、次は真正面から戦ったなら、敗北の結果は見えている。
だからと言って、エルフ達も残されたクォーリアス王国の民を見捨てたくはないのだろう。
同胞を救った客人としてエルフの、ミラーシュ族の集落に招かれていた私は、知恵を貸して欲しいと彼等に乞われ、
「教えて欲しい。今の状況は、打開できる?」
少し考えさせて欲しいと与えられた自室に籠って、……大魔術師を呼び出して泣き付いた。
だってエルフ達は知らないだろうが、私は戦争なんて経験した事がない。
手の届く範囲なら、与えられたシステムの力の御蔭で色々と出来る様になっている。
しかし手が届かないどころか、見えもしない場所で動く大きな力に対処する知恵や経験は、私は持ち合わせて居ないから。
頼れる相手は、依頼人、番犬、大魔術師しかいなかった。
「一応言って置くが、私の加護は魔術を教え授ける事であり、君の悩みに答えを与える為にある訳じゃない。勿論川に行く手を阻まれてるから、水の上を歩ける魔術を教えて欲しい、なんて悩みなら歓迎するが」
だが呼び出した大魔術師は、一つ溜息を吐いてからそう口にする。
やはり駄目か。
私は落胆しながらも、同時に納得もしてしまった。
大魔術師の加護は、魔術師を職として選ばなくても魔術習得に補正付くと言った物。
幾ら言葉を交わせるからと言って、それ以外の事で頼るのは、……残念だけれど筋違いなのだろう。
でも私の顔を見て、大魔術師はくすくすと笑った。
「でも弟子を助け導くのは、師の務めでもある。イオ君が私を、師匠、或いは先生と呼ぶなら、知恵を貸しても良い。今回は番犬も、随分と君に力を貸したようだからね。私が薄情だと彼女に噛まれてしまう」
……何て意地悪なんだろうか。
そんな風に言うなら、最初から助けてくれれば良いのに。
だけど何て優しいんだろうか。
領分でないと言いながら、理由を付けて助けてくれようとするなんて。
「お願い。先生、助けて」
だから私は、迷わず差し出されたその手に縋った。
何故なら、私だってあのエルフ達を助けてあげたい。
森に籠って知らないフリをせず、隣人を助けたいと悩む彼等の力になりたい。
そうして大魔術師は私の先生になり、
「あぁ、任せ給え。戦争の結果位は、幾度となくひっくり返して来たさ」
その知恵を開示する。
多分その言葉は誇張ではなく、紛れもない事実なんだろう。




