第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』51
巨大化した番犬の力は物凄く、その疾走を止められる者は誰一人としていない。
兵士達が出て来た門を潜って、番犬は大通りを駆け抜けて行く。
なのにその背は異様な位に揺れず、特に乗馬の経験がある訳じゃない私でも、降り落とされる心配が全くなかった。
恐らく番犬は最大限に背中の私を気遣いながら走ってくれているのだろう。
本当は咆哮で兵士達をパニックに陥らせてくれさえすれば、吊られていたエルフ達を逃がし、私は自力で兵士を突破してセルエラムの町に入る心算だったのだけれど、これはこれで非常に助かる。
けれども、何故今回に限って番犬が巨大な魔獣の姿で現れ、ここまで協力してくれているのかは謎だった。
番犬は私が内心で首を傾げる間にも、町の中央、王城や王宮と呼ぶには規模が小さすぎるけれども、この町の、この国の支配者だったクォーリアス王が住んでいたのであろう大きな屋敷に辿り着く。
すると再び番犬は大きな大きな咆哮を、屋敷に向かって上げたかと思うと、その首の一つが私の襟首を咥え、ブンと振り回して大きく放る。
抵抗する間もなく放られた私が、何とか着地したのは、屋敷の二階にあるバルコニー。
振り返れば、ゆっくりと番犬の姿は薄れて消えて行く。
ここまで連れて来てくれた番犬が、無意味な事をするとは思えない。
私は短剣を引き抜き、バルコニーから室内へと入り、……番犬があれ程に協力的で、また急いでいた理由を思い知る。
室内には、番犬の咆哮で恐慌状態に陥ったのであろう半裸の男と、そしてベッドの上に横たわる、全裸に剥かれたエルフの子供がいた。
……成る程。
付いてるから多分男の子だろう。
私はエルフには詳しくないけれど、多分そこは変わらないんじゃないかと思う。
でもそもそもそれ以前の問題として、その子供は未だ五歳位にしか見えない。
エルフだから実際の年齢はもっと上なのかも知れないけれど、でも、それでもこれは駄目だ。
「きっ、き、貴様っ!! 何者だ! この私を地公将軍ザゴーダだと知っての……ひぎゅっ!?」
何事かを言い掛けた半裸の男の首に短剣を走らせ、私とエルフの子供が返り血を浴びない様にその身体を蹴り飛ばす。
あまりに短絡的な行動であったと、後から振り返れば思ったけれど、私は衝動のままに刃を振った。
あの番犬が、あんなにも恐ろしい魔獣の姿で現れた理由が、何となくだがわかる。
番犬はきっと、怒っていたのだ。
エルフとワルハリア帝国の争いだの何だのはさて置いて、こんな子供に無体を働こうとしたこの男に。
……だが今は、その怒りの余韻に浸り続ける余裕はない。
ここは敵地で、私はその敵の将を暗殺した賊である。
今は番犬の咆哮に正気を失っている兵士達も、直ぐに我に返るだろう。
一刻も早く逃げる必要があった。
「ウォロー? 君の父親に頼まれた。怖いと思うけど、捕まって」
私はエルフの子供、ウォローにそう声を掛け、彼を胸に抱きあげる。
それからベッドのシーツで私とウォローを結んで固定し、地公将軍とやらの骸をベッドの下に押し込んだ。
敵将の死体は、ほんの少しでも発見を遅らせた方が良い。
この場所から逃げる際、全く兵士に見付からずに、と言うのはもう不可能だ。
エルフの子供を連れて逃げる私を、兵士は必ず追って来る。
だが捕虜を奪われたからと追う場合と、将を暗殺されて下手人を追う場合では、兵士の必死さが変わるだろう。
捕虜を奪われたのは、自分以外の誰かのミスなので、奪い返せば手柄になるが、奪い返せなくてもその兵士に咎はない。
けれども将軍が暗殺されてその下手人を取り逃がしたとなれば……、ワルハリア帝国の軍規は知らないけれど、兵士はあまり良い目に合わない筈だ。
故に私を追う兵士達には、捕虜であるエルフの子供、ウォローを取り返す為に追って来て貰いたい。
多少の小細工をした所で、地公将軍とやらの骸はそのうち発見されるだろうが、その知らせが私を追う兵士に届くまでには時間がかかる。
後はまぁ、少しばかり自慢をするなら、私の足の速さはシステムの御蔭でかなりの物だ。
そうして私はウォローを胸に抱えてバルコニーから飛び降り、兵士達とは多少の交戦はしたが、無事に町の防壁を飛び越えてセルエラムの町を脱出する。
眼前の大森林からは幾つも気配を感じるから、森に入ればすぐにエルフが接触して来るだろう。
でもこの時の私は、ワルハリア帝国の将軍の首を取る事がどう言う意味を持つのか、この後に一体何が起きるかなんて、まだ考えても居なかった。




