第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』40
「あぁ、成る程確かに君は油断した。でもそれは私の油断でもあったね。すまない、イオ君。基礎魔術よりも先に抗魔の技術を教えるべきだった」
知人の居ないこのピューサで私が頼れる者と言えば、依頼人、犬、そして大魔術師だけだ。
依頼人はあちらからの接触がなければ話せない。
犬には先程助けて貰った。
だから私は、宿の自室に逃げ帰って直ぐに、大魔術師を呼び出して教えを乞う。
即ち、魔術への対抗手段を。
私は、謝罪を口にした大魔術師に首を横に振る。
それは違う。
大魔術師は私の生活環境に合わせた指導法を取ってくれていただけで、その指導が遅かったとしたら、それは忙しさにかまけて彼を呼ばなかった私のせいだ。
大体の事が剣と弓で上手く片付けれてしまったから、私は魔術を後回しにしていた。
そのツケが、思わぬ形で回って来ただけである。
「わかった。イオ君がそう言うなら、謝罪はよそう。君がその件から手を引かない心算なら、使える時間は限られている。ならば私は言葉よりも、指導を以って謝意を示すよ」
そう言って大魔術師は、私に薄っすらと微笑んだ。
神秘の技法である魔術を使えば、様々な、奇跡にしか思えない様な出来事を引き起こせる。
魔力が足り、魔力の操作技術が足り、魔力の形質を変化させ、イメージが確りと行えるなら、魔術は無限の可能性を秘めると言って過言ではない。
だが大魔術師曰く、魔術に無限の可能性があろうとも、人の魔力、操作技術、形質変化、イメージは有限なんだとか。
故に人の扱う魔術には幾つかのパターンがあり、そのパターンに応じた対処法があるんだそうだ。
例えば火の球を出してぶつける。
別にブリザードを起こしても、津波で相手を押し流しても構わないが、要するに何らかの現象を起こしてそれを相手にぶつける攻撃の魔術は、それを防げる魔術を使えば良い。
炎の球には氷の壁を、ブリザードには熱波を、津波には石壁で作った防壁を。
勿論炎の球等は普通に避けても良いし、一番対処がわかり易いのがこの類の攻撃魔術だ。
これを現象を引き起こしてから、それをぶつける為、間接作用型の魔術とする。
次に今日私が喰らった様な、直接相手に影響を及ぼす魔術。
意識を奪ったり、手足を萎えさせたり、精神をかき乱したり、心臓を止めたりする、魔術を知らねば対抗しがたい類の搦め手。
これは相手に直接働きかける、直接作用型の魔術だ。
この類の魔術を防ぐ方法は主に二つ。
一つは体内の魔力を強くする事。
この手の魔術は相手の魔力抵抗を突破しなければならない為、強い魔力の持ち主には効果が出にくい。
だから気を強く持ち、魔力を滾らせるだけで弾く事が可能だ。
しかしそんな試してみなければ防げるかどうかがわからない受動的な方法でなく、もっと自ら能動的に魔術を防ぎたいのなら、
「相手の放つ魔術を引き起こす魔力に、こちらから干渉してやるしかない」
……との事だった。
もう少し具体的に言えば、直接相手に影響を及ぼす魔術と言うのは、発動前に自分の魔力を相手に届かせる必要があるらしい。
そして相手に届いた魔力の形質を変化させ、イメージで発動する。
まあ相手に魔力を届かせると言っても、視線に乗せて魔力をと方法は様々なので、身体能力での回避は少しばかり難しいそうだ。
だが魔力視を行えば相手の魔力が自分に届いた事、更にどんな風に形質を変化させて行くのかは見て取れるから、そこに自分の魔力を混ぜ込んで更に形質を変えてしまい、意味を成さない様に変えてすれば良いと言う。
「『闇の腕よ我が敵を掴め。闇の腕よ我が敵の手足を萎えさせよ。闇の腕よ我が敵の意識を狩れ』か。恐らく暗闇を導体にして自らの魔力を相手に届ける魔術だね。二重効果とは欲張るが、そのお蔭で効果の一つはイオ君の魔力抵抗を貫いた訳だ」
私の伝えた詠唱の言葉から、相手の魔術を推察する大魔術師。
加護の効果で呼び出される以上、常人でないのは承知の上だが、それでも凄い魔術師なんだなぁと、何だか感心してしまった。
「まぁ干渉に関しては実際にやって覚えるしかないね。私が同じ魔術を再現しよう。私の扱う魔術を少しでも乱せる様になれば、木っ端魔術師の魔術程度にしてやられるなんて事は無くなるさ」
そんな風に、大魔術師は言う。
つまりは大魔術師の魔術を掻き乱せる様になるまで、何度もあの魔術の効果を体験しないといけないって事なのだけど……、やむえまい。
限られた時間で魔術への対抗手段を持たねばならないのは、今まで私がそれを後回しにして来たツケなのだから。
余談だが間接作用型と直接作用型の分類は、多くがそうであると言うだけで絶対の物ではないらしい。
例えばだが、間接作用型に分類されるにもかかわらず、直接作用型の様に相手に影響を与える魔術もあった。
具体例を出せば、罠と言う形で間接的に仕掛けられ、それに触れれば直接作用型の様に働いて影響を及ぼすタイプの魔術だ。
罠魔術と呼んだり、呪いなんて呼び方をする事もあるけれど、魔術には決まった形がないと言う一例である。
だから結局、魔術師たる者は常に様々な可能性を想定して備え、想定外にも慌てずに対抗策を考え出す、用心深さと頭脳こそが最も大切な資質なのだと言う。
大魔術師はその点を見て、私を悪くはないが普通だと評価したらしい。
結局私は明け方近くまで大魔術師の指導を受け、ほんの少しだけ彼の魔術を阻害する事に成功した。
大魔術師曰くギリギリの及第点らしいが、明日の事も考えて、今日はここまでにして、少し眠ろう。