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融合世界  作者: らる鳥
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第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』2


「逃げてッ!」

 自分で召喚しておきながらなんだが、思わず私はそう叫んでしまった。

 藁にも縋る思いで使用した番犬の加護だったが、これでは道連れを増やしてしまっただけではないか。

 私が死ぬのはまあ良い。

 否、本当はあまり良くはないが、今こうして物を考え、呼吸をし、大地に触れただけでも、私にとっては望外の幸運だったのだ。

 その対価なのだとしたら、狼に喰われるのも仕方がないと諦めが付く。

 しかしあの犬は、私が呼び出しただけで、私の事情とは無関係な巻き添いに過ぎないのだ。




 自分と言う存在を自覚した時、私は湖の底に居た。

 と言っても別段私が、魚や貝の様な、湖の底に住まう生き物だった訳じゃない。

 ……或いはもしかしたらそうだったのかも知れないが、そんな記憶は存在しないから、多分その可能性は低いと思う。

 私はその湖の底の、砂の一粒だった。


 否、そこが湖の底だと思ったのは、恐らく私がそう感じて、そんな風に認識したからだ。

 もしかすれば私の隣の砂粒は、自分が宇宙に浮かぶ星の一つだと思って居たかも知れない。

 私が居たのはそんな場所である。


 結局その場所を正しく認識する事は、矮小な存在には不可能なのだろう。

 ただ私を含めた砂の一粒一粒が、巡りの環から落ちて停滞した魂であり、このままなら長い時間の果てに消えて無くなると言うのは、何故だかぼんやりと理解出来た。

 だが別にそれも悪くはない。

 こうして削れて水に溶けだして行く私は、やがて新たに生まれる世界の一部になったり、新しい魂を生み出す元になるだろうから。


 私がこんなにも落ち着いていられるのは、恐らく私は色々な機能を消失してしまってるからだ。

 時間の経過を感じ取る機能がないから、何ら変化の無い状況で永き時を過ごそうが狂わない。

 自分の消失を恐れる気持ちも、多分ずっと昔に落っことして来た。

 でもそれはきっと私だけでは無いのだろう。

 だって隣の砂粒も、またその隣の砂粒も、この湖のどこにも、嘆きは存在しないのだから。

 皆既に色々な物を落っことして、失くして、自分が溶けて消えるその日を待っている。


 …………筈だった。



 だがある日、何時も、何時までも、一切の音なく静かで、何の変化も訪れない筈の湖に、ソレはやって来たのだ。

 湖の水、と私が認識している、魂が溶け出した何かを掻き分けて泳ぐソレに、私は驚きを呼び起こされた。

 ここに変化が起きた事に驚き、変化を起こしたソレを私が理解出来ない事に驚き、ついでに私には未だ驚く機能が残ってた事にも大いに驚く。

 するとその理解の出来ないソレは、まるで私の驚きを感じたかの様に向きを変えてこちらに近寄り、

「へぇ、君は結構、未だ持ってるね。じゃあ君にしようかな。1から組み上げるよりは楽そうだ」

 そんな風に言ったのだ。

 どうやら私は、実は未だ言葉を聞く機能も残っていたらしい。

 ただ残念ながら、ひどく久しぶりに聞いたであろう言葉を、私は理解が出来なかった。


 そして私を湖の底から掬い上げる手はとても大きくて、連続して起きた大きな刺激に、長い時間をここで過ごして弱っていた私の意識は、呆気なく途切れる。



 その後、私はソレの手で『人格に大きな影響を及ぼさない程度の知識』や失っていた魂の機能を補填された状態で目を覚ます。

 大きな影響を及ぼさないと言う事は、逆の言い方をすれば小さな影響はある知識を勝手に擦り込まれたのだが、それに関しては仕方がないと納得している。

 例えば赤子が母親からの授乳で育つ生き物だと知るだけで、愛情に関しての考察が行え、人格への影響はあるだろうから。

 細かな事よりも、私は自ら考え、刺激を受け入れられる様になった事を喜んだ。


 だからソレが私を湖の底から掬い上げた理由が、とある世界を旅させる為だと聞いた時も二つ返事で受け入れた。

 そんな大きな手間をかけてまで、私を騙す理由なんてない筈だから。




 私がソレ、依頼人の真意がわからずに。ただ犬の身を案じて手を伸ばそうとしたその時、当の犬はつまらなそうに狼達を見やり、一声吠えた。

 でも犬の鳴き声と言っても、ワンワンやバウワウなんて生易しい物ではない。

 直接その吠え声を向けられた私でも、最初はそれを吠え声とは認識出来なかった物理的な圧力すら伴う轟音。

 ゴグァァァァッ!

 とでも表現すれば良いのだろうか?

 兎に角恐ろしい咆哮が、飛び掛かって来た狼達を弾き散らし、その意識をも奪う。


 犬は、それからもう一度泡を吹いて転がってる狼達を見やり、興味を失ったかの様に背を向けて私の下へとやって来た。

 そしてぺしりと、引っ繰り返ったままの私に前脚を置く。

 まるで私の動揺を察し、落ち着かせようとでもするかの様に。



 それから犬は、少し離れた場所に蹲り、私が身体を動かす事に慣れるのをじっと見守ってくれていた。

 よたよたと起き上がり、歩こうとして転び、再び立ち上がって歩き、やがてそれに慣れれば膝を曲げて飛び上がって、最後には初期装備として渡された装備のうち、短剣を振る練習が終わるまで、ずっと。

 その途中で目を覚ました狼達は、当然ながら怯えた風に大慌てで逃げて行く。

 成る程、危機が去ってから気付くのも何だが、確かにこの領域は、比較的危険度の低いのだろう。

 何故ならあの狼達は、魔物じゃなくて単なる狼だからだ。

 尤もあの犬なら、たとえ相手が魔物でも吠え声一つでなんとかしてしまいそうだけれども。


 そして私が満足するまで身体を動かし終えると、犬は起き上がって隣に来てから、左を向いて一声吠えた。

 今回はゴグァァァァッ!って感じの咆哮ではなく、単なるワンで、どうやらそちらの方向に進めと言っているのだと私は察する。

 私はその方角を確かめて、礼を言おうと振り返れば、その時はもう既に犬の姿はどこにもない。

 随分と居残ってくれていたけれど、どうやらあるべき場所に帰ったようだ。

 それでも私は、もう居なくなってしまった犬に一度頭を下げてから、荷物袋を担いで教えられた方向に向かって歩き出す。


 こうして漸く、私はこの領域、この世界での、練習以外では最初の一歩を踏み出した。



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