第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』21
そして翌日、準備を整えた私は、もう一度森に踏み入った。
農夫達には、昨日、相手がガリードボアであり、手持ちの道具では殺せないと判断した事を報告して猶予を一日貰っている。
彼等は相手がガリードボアであると知ると大いに慌て、それから私の撤退判断を肯定してくれた。
「そんな危険な相手ならもっと大勢のハンターさんを雇うから」
とか、
「発見してくれた分だけのお金でも払うから、無茶はせんでええよ」
なんて風にも言ってくれたが、一度受けた依頼を、多少難しいからと言って途中で諦めるのは実に悔しい。
勿論本当にどうしようもない相手なら私も諦めただろうが、全く手がない訳でも無いのだから。
首を横に振って仕事の続行を望む私に、農夫達は心配そうにしながらも、準備の手伝いを申し出てくれた。
更に今日は、倒したガリードボアを持ち運ぶ為、森の外で荷車と一緒に待機までしてくれている。
コフィーナの町には、本当に気の良い者が多い。
危険な場所だから、助け合わないと生きていけないからと彼等は言うが、決してそれだけではないと思う。
危険で厳しい場所に生きても、それを理由に他人を蹴落として生きようとする者が居る事も、私は知識として知っているから。
だからこそ私は、気の良い彼等の気持ちに、今日こそ成果を以って応えて見せよう。
それから暫くして、私は昨日の発見場所から少しだけ離れた場所で、再びガリードボアを発見した。
今日はもう、躊躇う必要は何もない。
準備は既に出来ている。
一方、ガリードボアの方は少し苛立っている様子だった。
イノシシの鼻は犬並だと聞くし、もしかしたらガリードボアは縄張りに残った侵入者の残り香、つまりは私の存在に苛立ってるのではないだろうか。
だとしたら、昨日の撤退も満更無駄ではなかったと思う。
怒りは誘導し易い感情だから、冷静に警戒されるよりもずっとやり易い。
キリと、引き絞った弓弦が音を立てる。
方針は昨日決めた通り、足の破壊。
この一矢で足が使い物にならなくなってくれれば、準備は無駄になるが、結果としてはベストだろう。
ヒョウ、と空気を裂いて、木々の間を飛んだ矢は、狙い違わずガリードボアの右前脚に突き立つ。
痛みに驚いたガリードボアが状況を把握し、更に私を発見するまでに放ったもう一矢も同じく右前脚に。
しかしそれでも、否、やはり予想通りに、ガリードボアは多少走り辛そうにしながらもこちらに向かっての突進を開始する。
それに対して私は、弓を背に戻す暇もなく、手に引っ掴んだまま踵を返して真っ直ぐに逃げ出した。
イノシシは体躯の割りに足が短いが、けれどもその割には足がとても速い。
具体的にどの位早いかと言えば、大体全力で駆ける人間の1,5倍~2倍の速度が出る。
このガリードボアは巨体だし、足に怪我もしているから、そこまでの差はないだろうけれど、だからって真っ直ぐに走って逃げ切れる相手ではないだろう。
だがそれで良いのだ。
だって逃げ切ってしまえばガリードボアを狩れないのだから、逃げ切れず、すぐには追い付かれず、少しずつ間が詰まって行く程度が最適だった。
まあ後ろから物凄く大きいイノシシに追い掛けられるのは多少、否、滅茶苦茶怖いけれども。
追いかけっこの時間は多分然程長くはない。
でもその間に私の精神力は大分削られ、喉がひりつく様に痛む。
そしてそんな逃げる私の前に、木々の間を低い位置に覆い繁る葉の壁が現れる。
そのまま突っ込んでしまえば葉や枝で切り傷を作り、何より逃げ足も多少は鈍るだろう。
しかしそれでも、アレは行き止まりじゃなく、私がガリードボアを誘い出したかった場所だった。
私はごろりと地を転がって、葉の壁の下を潜り抜ける。
苛立っていた所に矢を射かけられ、怒りに支配されたガリードボアは、私の不審な行動を疑わず、壁の向こうで逃げ足を鈍らせた私を轢き殺さんと更に足に力を込めて、……私の張った罠へと思い切り突っ込んだ。
まぁ、罠と言ってもそれほど大した物じゃない。
単に頑丈な網を何重も木々の間に張り、葉や枝を大量に引っ掛けて偽装しただけの物だ。
普通ならば壁を突き破れずに止まって終わりになるだろう。
いやまあ、足を確実に止めれるならそれはそれで有用だが、今回の結果は少しだけ違った。
巨体のガリードボアが全力で突っ込んだ事で、思い切り引っ張られる網。
一重に張っただけならば破れていただろうが、複数を重ねて張った網は、流石のガリードボアもそう易々とは破れない。
だがその代わりに悲鳴を上げて耐えかねたのが、網を張るのに使った二本の木だ。
まあ私が木に切れ込みを入れて、更にそれを狙った網の張り方をしたせいもあるけれど、罠の左右の木が圧し折れて、突っ込んできたガリードボアの真上に倒れ込む。
大きな身体のガリードボアは、木々が倒れ込んで来た位で死ぬ事はない。
でもそれでも、大いに驚き、魂消て肝を冷やしただろう。
故に網に止められ、木々に潰され、状況を把握できなくなったガリードボアの脳裏から、私の存在は一瞬だけ消えた。
その一瞬に、私の引き抜いた短剣が、ガリードボアの左前脚をザクリと斬り飛ばす。
直後、真後ろに飛んだ私の胸元を、巨大なガリードボアの牙が掬い上げる様に掠める。
罠に嵌めた後も、慢心はしていない。
けれどそれでも、今の一撃は実に危なかった。
しかしもう、ガリードボアは私に追い付けないだろう。
左の前脚を失い、右の前脚も傷付いてる。
まともに前に進む事すら、今のガリードボアには困難だ。
私は先の短剣の一撃を放つ為に捨てていた弓を拾い、油断なく矢をつがえて、そして放つ。
それでも目の前で燃え盛る、強い命を断つ為に。




