第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』18
気付けば、そこは見知らぬ、なのにどこか懐かしい場所で、そして目の前には彼が居た。
彼は私にとって全てをくれた人で、誰一人血縁者を持たぬ私にとっての、親の様な存在。
「やぁ、イオ。久しぶり……と言うにはまだ早いから、僕の事は覚えてるよね?」
そんな風に私の名を呼び、語り掛けて来る彼。
私に知識を、肉体を、自由と不自由をくれた彼は、
「そう、案内人だよ」
そう、依頼人だ。
私はあの世界に飛ばして貰ったが、何一つ案内はされた覚えがない。
コフィーナの町に導いてくれたのだって、彼じゃなくてあの犬である。
あの犬は命の恩人……恩犬?だから、その手柄を奪うのは許される事じゃ無いと思う。
だから彼は依頼人で良いのだ。
「……うん、まあどちらでも良いけどね。おめでとう。君は無事に十日目を迎える。どうかな、あちらは楽しい?」
うん、まあどちらでも良いと言うなら、確かにどちらでも良い。
私は彼の質問に黙って首を縦に振る。
あの世界で私が得ている喜びを言葉にするのは難しいし、彼だってそれを望んでる訳じゃないだろう。
だって語り始めれば、それこそ十日間とは言わずとも、二日位は言葉を探しながら語れてしまう自信があった。
「そう、良かった。こちらもね、君の御蔭で色々と知れた事があったよ。やっぱり直接地に立って見る視点からは、気付ける事も多いね」
そう、なら良かった。
私はどうやら彼の、依頼人の役にちゃんと立ててるらしい。
自然と口角が上がったのが、自分でもわかってしまう。
クスリと、彼も笑みを溢した。
「今日は幾つか伝えようと思って、君の見る夢に繋げてみたんだよ。だからあまり長い時間は話せないから、早速出悪いけれど用件に入るね。先ず用件は全部で七つ程あって……」
そうやって語り始めた彼の用件は、とても多くて長かった。
まず大きく分類すれば、彼の用件は三つに絞れる。
一つ目は私が得た重要な情報の処理状況。
二つ目は私が使用しているシステムに関して。
三つ目はこれからの注意事項だ。
では一つ目だが、ミルノーシェ領域のアンデッドの特異性に関しては、新しい名称を付ける事で対処するらしい。
「例えば還り人って名前を付けるとね。ミルノーシェ領域、解放後はミルノーシェ地方に出現する還り人ってアンデッドの一種は火と魔術に弱い。でもそれは全てのアンデッドに共通する特徴ではない」
……となるそうだ。
金や銀等、資源価値の違いに関しては、技術の格差もそうだが、出来るだけ少しずつ交流する事で混乱を最小限にするしかないらしい。
余程酷い場合は事前に修正を入れるそうだが、もう少し各領域の情報が出揃わなければ判断は難しいのだとか。
また邪神に関しては、依頼人も対処に苦慮していると言う話だった。
何でもミルノーシェ領域の神々も、それぞれに邪神に対してのスタンスが違うらしく、統一した意見がないと言う。
問題になるなら存在を抹消しようと言う神や、問題になるなら封印を解いて罪を許して神の一員に戻すべきだと言う神も居るそうで、流石は神々の戦争の切っ掛けにもなった問題だけあって、根はかなり深いと言う話だった。
「いずれにしても、僕の得てる情報量が増えた事はミルノーシェ領域の神々も察しただろうから、目である君にも何れは気付くと思う。僕と喧嘩になるから直接殺しには来ないだろうけれど、教会に招いて歓待したり、或いは事故を装って、なんて事はあるかも知れない」
歓待して懐柔し、ミルノーシェ領域に良い印象を持たせて少しでも影響力を強く残す。
と言った感じの目論見だろうか?
事故を装っては、流石に短慮過ぎる気はしなくもないが、我慢を知らない神だって存在しないとは限らない。
「でも、どう対応するかは君の好きにして良い。歓待を受けても良いし断っても良い。良い扱いを受けたら、良い印象を持つのだって普通の事だ。君は食べるの好きみたいだしね。害意に対しては、跳ね除けられるだけの支援はするし、君なら跳ねのけられるとも思ってる」
因みにこの話は、一つ目じゃなくて三つ目の、これからの注意事項に分類される。
何と言うか、意外と信頼されてるんだなって、そう感じた。
さてシステムに関してだが、どうやら階位が10になると副職を選べるようになるから、今から考えておく時間をくれるらしい。
副職は、主職を選んだ時に比べれば数は少ないが、スキルを貰えるそうだ。
例えば私は主職に狩人を選び、弓、短剣、罠、気配察知、動物知識、野外追跡のスキルを得た。
でもこの中の短剣は狩人に依存する物じゃ無くて別個に与えられたサービスの様で、本来の狩人のスキルは5つだ。
しかし仮に狩人を副職で選んだ場合は、弓と動物知識に野外追跡だけが与えられると言う。
選べる副職は、戦士、剣士、拳士、騎士、衛士、盗賊、海賊、忍者、聖職者、商人、鍛冶師、魔術師、呪術師、退魔士……etc。
とまあ凄く多いのだけれど、気になるのは忍者だろうか。
ロマン的に考えて。
魔術も使ってみたい気はするのだが、実は加護の中には大魔術師の加護と言う物があり、魔術師を職として選ばなくても魔術習得に補正があると言う効果だった。
つまり魔術は、或いは他のスキルも、後からでも習得が出来るって事なのだろう。
勿論ステイタスに表記される様になるのはE、つまり一人前レベルの技量を身に付けてからだから、そんな簡単な話ではないとは思うが。
それに階位10はまだ遠いから、それまでに気持ちが変わる可能性もある。
後スキルは肉体でなく魂に刻む物だから、あまり溜めてから一気に上げるのは良くないから気を付ける様にとも、忠告を受けた。
また加護と言えば、もう一つ大事な話をされる。
「うん、そう、あのね、君が番犬の加護で呼び出す犬がね?『残り回数分は呼べば助けに行くから、そろそろ別の加護に切り替えなさい』って言ってるんだよ」
そう、まさかの、向こう側からの加護の変更要求だった。
……と言っても、別に私があの犬に嫌われたとかではないらしい。
「そもそもあの加護は初心者救済用って言うと変だけれど、そんな意味合いの物だからね。もう今の君なら、別の加護に切り替えても充分にやっていけるんだ」
なんて風に、依頼人の彼は言う。
でもそれでも、何となくだが、加護の変更を少し寂しく感じるのは、少し感傷的過ぎるだろうか。
その気になれば一度変えた加護を戻す事だって出来るのだけれど。
依頼人からの話が終わる頃、私は自分の意識が、この場所から希薄になりつつあるのを感じた。
どうやら目覚めが近付いているらしい。
本当はもっと話したい事は沢山あったが、でも時間が残り少ないなら、唯一つ、一つだけどうしても聞きたい事がある。
最初は疑問にも思わなかったが、この七日間で、私が感じたとても大事な一つの疑問。
「依頼人、一つだけ聞きたい。私は一体、どっち?」
それは私の性別だ。
でもその質問に、依頼人は首を横に振る。
「僕はね、君の人格に大きく影響しそうな知識は与えなかった。小さな影響はどうしようもないけれど、ね」
例えば、人が犯したとても残虐な犯罪の記録を知れば、激しく悪を憎むのか、或いは悪の路に惹かれるのかは定かでないが、何らかの影響があるだろう。
流石に極端な例だとしても、依頼人は私に与える知識は厳選したと言う。
「でもそれは知識に限った事じゃない。色んな物を失ってた君は、あらゆる物からの影響を受けやすい状態だった。勿論性別も大きな影響を君に与える」
男の性別を与えれば男よりに人格が。
女の性別を与えれば女よりに人格が。
少なからず影響するだろうと。
「だから君に性は与えなかった。あの時の君には選ばせもしなかった。君は君を完成させながら、ゆっくりとそれを決めれば良い。旅の果てに愛する人が出来れば、その人と交われる性を選べば良いし、もっと他の理由で選んでも良い」
意識は大分と希薄になって来たけれど、依頼人の声はハッキリと聞こえる。
そうか、私が決めてしまって良いのかと思えば、妙に納得する事が出来た。
でも確かに、生まれる前の私なら本当に適当に決めただろうし、今の私は逆に迷って決められない。
だから、そう、ゆっくりと考えよう。
性別が決まらないと、ちゃんとしたお風呂には入れないのだけれども。
しかし私が頷けば、依頼人は薄っすらと笑みを浮かべる。
「じゃあ、また。次会う時まで頑張って、楽しんで。それからイオ、虎の毛皮、ありがとう」
その言葉を最後に、私はベッドで目を覚ます。




