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融合世界  作者: らる鳥
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第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』16


 歩きながらパンを食べ終わり、そうして最初に辿り着いたのは、メーレとの約束だった焼き菓子を売ってる店だ。

 ……いや、今先程パンを食べたばっかりなんだけれども。


 と、そんな風に思っても、一度店前まで来ておきながら入らずに帰る事は出来ない。

 私はメーレに袖を引かれるままに店内に入り、彼女のお気に入りの席とやらに案内される。

 どうやらこの店は、より正確に言うならば焼き菓子とお茶を楽しむ店。

 つまり私の知識で言う所の、カフェの様な場所だった。


 店の外とは全く違う落ち着いた空間。

 席にメニューは置いておらず、頼める物はお茶と皿に乗った焼き菓子のセットしかない。

 茶葉の種類を選ぶ事も出来ず、店主に問われたのは茶に蜂蜜を一滴垂らすかどうかのみ。

 そう、ウェイターやウェイトレスの類も居らずに、店主が直接席までやって来たのだ。


 でも、それでも、これがコフィーナで味わえる最高の贅沢の一つであると言う強烈な自負を、真剣な面持ちで茶を入れる店主からは感じられた。

 しかしそんな気迫を込めてお茶を入れられると、飲む側としても少し緊張してしまう。

「飲みましょう、イオさん。このお茶とても美味しいんです」

 とても嬉し気なメーレに促され、私はカップに口を付けた。

 優しく、なのにしっかりと主張する香りが鼻腔をくすぐる。

 ゴクリと口の中の液体を飲み干せば、

「うん、美味しい」

 その言葉は自然と口から零れた。


 決して高級な茶葉ではないのだろうが、とても丁寧に香りを引き出されて……るんだと思う。

 と言うか、飲んだ事はないので良くわからないんだけれど、美味しいと思ったのは紛れもない真実だ。

 すると私の呟きを聞いた店の店主がとても嬉し気で、優しい笑みを浮かべる。


 焼き菓子を一つ取って齧れば、あぁ、甘い。

 そう、これが甘味だ。

 茶と菓子を、私は交互に口に運ぶ。

 口の中に感じる刺激は強いが、でもとても優しい物である。


 サクサクと、リスの様に焼き菓子を齧っては頬を抑えて喜びに浸るメーレを眺めながら、私も一時の幸せを堪能出来た。



 とは言え幸せな時も永遠には続かない。

 支払いを済ませた私とメーレは、店主に見送られて再びコフィーナの町を歩き出す。

 一人銅貨十五枚。

 メーレの分と合わせて銀貨一枚と銅貨十枚を支払ったが、その価値は充分にある時を過ごせた。

 もう一度位は、この町に居る間に訪れたいけれど、その時もメーレに付き合いを頼もう。

 流れのハンターが一人で入るには、あの店は少しばかり静か過ぎるから。


 その後、私はメーレに一人の老人を紹介される。

 彼女曰く、町一番の細工師だと言うその老人は、手渡したガルム虎の牙を見て、ほぅと一つ息を吐く。

「大きな牙じゃな。余程大きな虎であろう。やぁ、狩人さんは素晴らしい仕事をしなさった。では儂も、それに負けない仕事をさせて貰うとしようかの」

 そう言って浮かべた老人の笑みは、成る程、確かに町一番の職人と称されてもおかしくない雰囲気を伴っていた。


 対価は、牙以外の材料費を含めて銀貨で10枚。

 さて私は、この時初めて、銅貨、銀貨の上である、金貨の価値を知る。

 実の所、私は単純に、銅貨が二十枚で銀貨なのだから、銀貨も二十枚で金貨なのだろう。

 なんて風に思っていた。

 しかし実際の金貨の価値は、銀貨五十枚。

 銅貨に換算すれば一千枚の価値があったのだ。

 因みに銀貨十枚分の価値がある大銀貨もあるのだが、大銀貨には銀貨十枚分の銀が使われてる訳ではないので、あまり使用は好まれないと言う話だった。


 その話を聞いた時、一つ気付いた事がある。

 それはかなり高度な文明でもなければ、貨幣の価値とは、貨幣その物を構成する物質の価値が占める要素が非常に高いと言う事だ。

 要するに銅貨の価値は、銅その物の価値が大きく影響すると言えばわかり易いだろうか。


 例えば金銀銅が溢れ返った場所でなら、綺麗で形の良い貝殻が貨幣として使われているかも知れないし、或いは獣の牙に価値が見出されたりするかも知れない。

 そこまで極端ではなくても、金貨、銀貨、銅貨の交換比率は、場所によって大きく変わる筈だった。

 つまり結局は何に気付いたのかと言えば、世界の壁が取り払われて流通が始まれば、貨幣価値の違いで経済的に大混乱が起きるのではないだろうか?

 と予想してしまったのだ。


 恐らく神々や依頼人、高次の存在は経済的な混乱なんて気にも留めないだろう。

 でもこの世界に生きる人々への影響は大きく、その混乱によって不幸になる人は必ず出る。

 出来る事なら、その辺りは世界の壁が取り払われる前に、あらかじめ対策して貰った方がきっと良い。

 そのうち一度、頼める機会があれば頼んでみようと、そう思った。


 余談になるが、貨幣は物質の価値以外に、鋳造技術や鋳造した国の信用が付加価値となる。

 この付加価値が増して行くと、持ち運び、使い易さを重視した紙幣等が登場し、やがては物質から解き放たれた情報の貨幣、電子マネーへと変化して行く。



 でもまぁそれはさて置き、良い細工が造って貰えるなら、銀貨十枚は支払おう。

 メーレは要求された金額の大きさや、私の取り出した金貨に目を白黒させていたけれど、老人は笑みを浮かべて金を受け取り、私と固い握手を交わす。

 完成がとても楽しみだ。


 老人の工房から出れば、空には少し赤みが掛かり始めている。

 そろそろ宿に帰る時間だろう。

 実は武器屋も見たかったのだが、しかしそれは明日でも良い。

 それに流石に武器屋には、メーレを連れて行こうとは思わなかった。


 明日にでも宿の主人、ジジムに場所を聞いて一人で行くとしよう。

 今日はとても楽しかったから、もう一日の休日、明日も今から楽しみだ。



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