第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』11
そう言えば余談になるのだが、一応はこの世界にも私の知識にある魔物に近しい、魔獣と呼ばれる存在が居るらしい。
その発生には、土の元素神から生まれた神が関わっていると言う。
多くの世界で、生き物は自分より弱者を捕食し、やがては死して土に返ると言うサイクル、所謂食物連鎖を形成している。
だがこの領域の豊穣の女神は、どうにもそれが気に食わなかったそうだ。
神は何かを口にせずともその存在を保てるのに、創り上げた子供達は互いを喰らい、死んでは生まれを繰り返す。
死、死、死。
苦痛に塗れたそれ。
小鹿が狼の牙に涙を流し、人に刈られる麦が声なき悲鳴を上げ、虫が生きたまま鳥に丸呑みにされた。
それを見続け、苦痛の声を聞き続けた豊穣の女神は、何時しか狂う。
そんなにも不完全で死を繰り返すのなら、全てが喰われて死んでしまえと。
狂人、否、狂神の理屈はわからないが、彼女は全ての生き物が喰われて死ぬ様にと、自らの胎を割いて魔獣を生んだ。
暴獣ジャラグーザ、狂鳥キリケリ、牙獣ジョグヴォーダス、泳獣ザルジャブ、鋼獣グランガ等々。
生み出された魔獣達は食物連鎖を破壊する為、その頂点として全てを喰らい、最後に母の胎へと還る。
……そんな生き物だったらしい。
しかし当然ながらその暴挙を他の神々が許す筈はなく、豊穣の女神は邪神とされて封印を受け、魔獣達も同じく神の手で捕らえられて地に縛られた。
神々が捕らえた魔獣を処分しなかったのは、それをすれば豊穣の女神の狂気が加速しかねないと考えたからだと言う。
ヒステリーの語源は女性の子宮だとされるが、ならば魔獣は正しく豊穣の女神のヒステリーだ。
であるならば扱いは慎重にならざる得ないのは、まあ仕方がないのかも知れない。
だが神の手で地に縛り付けられた魔獣達は、邪神となった豊穣の女神程には強い封印を受けた訳ではなかった。
当たり前の話だが封印を行うにも力は使うし、幾ら神の肉体から生まれたとは言っても、魔獣達の脅威度は母である邪神よりは下なのだ。
でも魔獣達はそんな封印の隙間を探し、何とか生き物を喰らう為、己の小さな分身を生み出す。
今、この領域では、その小さな分身達こそが魔獣と呼ばれ、脅威として畏れられている。
……とこの様な感じの話なのだが、では何故そんな敵対的存在の事を私が余談にしてしまえるのかと言えば、魔獣の絶対数が非常に少ないからだった。
強い力を持つ魔獣は、実際に遭遇してしまえばアンデッドが比較にならない程に危険らしいが、遭遇の可能性は極々僅かだ。
それに通常の魔獣は、装備を充実させた実力者が集団で挑めば、多少の犠牲で倒す事も可能だと言う。
極稀に単独で大きな町を破壊し得る様な、強力で大型の魔獣が出現した例もあるけれど、その場合は必ず事前にその予兆が観測される。
なので私の話はあくまで余談であって、フラグではない。
この領域を旅して行けば何時かは出会うかも知れないが、それは今日、この場所では決してないのだ。
さて、そんな余談が終わる頃、私は木材採取用の林に辿り着く。
昨晩の夜間警備の疲れが残る私は、林の見回りをスムーズに行う為、頑健と知力、気配察知と野外追跡のランクを上昇させていた。
名称:イオ・アガリス
年齢:15(0)
階位:3→5
主職:狩人 副職:なし
筋力:E→D 頑健:E→D 敏捷:D 知力:E→D 魔力:E
弓:D 短剣:D 罠:E 気配察知:E→D 動植物知識:E 野外追跡:E→D
番犬の加護:EX(2→4)
頑健さは謂わば筋力ではない身体の力、体力や生命力、またその回復力で、このランクが高ければ長時間の運動も可能になる。
知力は記憶力や集中力に関与し、魔力の制御にも関わるらしい。
気を付けるべきは、考える力やひらめきとは別物である事だった。
知力のランクが高いからと言って、即ち賢い、頭が良いとは少し違うのだ。
気配察知や野外追跡は、当然ながら獣を見付け、追う役に立つだろう。
よし、では早速仕事に取り掛かろうか。
人が植樹して作った林は、木を切り易い様、切った木を運び出し易い様、木々の間隔がある程度開いている。
だから歩き易いし、見通しだって悪くなかった。
しかしそれでも、武器、弓を構えて歩く様な真似はしない。
確かに背負った弓を構えるのには時間が掛かるから、予め弓を構えておく事に多少の利はあるだろう。
でもどうせ急いで弓を構えなきゃいけない場合は迎撃の時だ。
防壁があったり、高所からの射撃なら兎も角、こんな林の中で迎撃に弓を使えば、一度外した際の隙は致命的だった。
身も心も超一流の、百発百中の射手なら兎も角、今の私は焦りを感じれば弓を構える手は震える。
だったら最初から、敵が襲って来たのなら弓での迎撃は諦めて、短剣に頼る方が無難だと思う。
つまり弓を使いたいのなら、敵を見付ける事に注意力を割り振るべきなのだ。
探索には手が自由に使えた方が都合は良いし、先に敵を見付ければ、ゆっくり弓を構えてから矢を放つ事だって出来る。
だから私は短剣を抜き易い位置に据え、弓と矢は荷物として背負ってしまって、それから林の中を歩き始めた。
木材採取用の林を見回る仕事の手順は単純で、まず最初に枝を落としたり木を切っている木こり達に挨拶に向かい、それから彼等の指示する方角を中心に探索を行う。
仕事時間は昼までなので、太陽が真上に昇ったなら再び木こり達の所に向かって、報告をすれば仕事は終わりだ。
別にサボろうと思えば幾らでもサボれる仕事だろうが、人の安全に関わる仕事であり、依頼を斡旋してくれた宿の信頼にも影響し、何より林の中に暇を潰せる娯楽なんてないのだから、真面目に仕事をこなす方が時間の進みも早い。
所詮は半日仕事なので報酬も銅貨六枚と安いが、もしも獣に遭遇してそれを仕留めれば、追加で報酬が支払われる上に毛皮や爪等、倒した獣は自分の物と出来た。
この領域内の獣は、私が知る獣よりも人を恐れず少しばかり好戦的なので、人の匂いがする人工の林にだって割と平然と入り込んで来ると言う。
だからこそ木こり達は態々身の安全の確保にハンターを雇うのである。
勿論本来の生息域である天然の森に入り込むよりは遭遇率は低いが、確実に報酬がある分、単なる狩猟よりもこちらの仕事を好むハンターもいるらしい。
まあ何と言っても、天然の森に比べれば人工の林は歩き易い事が大きいのだろう。




