第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』9
同じタイミングで放たれ、宙を裂いて飛んだ火矢は、狙い違わず二体のアンデッドに突き刺さる。
その効果は劇的だった。
まるで油に浸した枯れ木に火を点けたかのように、一気に燃え上がる二体のアンデッド。
すると周囲のアンデッドも、大慌てでその二体からは距離を取る。
ベーデの話を疑っていた訳ではないのだが、アンデッドの燃え易さと過剰なまでの火への怯えぶりは、あの話が間違いなく真実だと教えてくれた。
だが二体の仲間が燃えた所で、他のアンデッド達は諦めない。
燃えたままに倒れた二体のアンデッドを置き去りに、駆け寄って来る六体のアンデッドが、体当たりで木壁の周囲に張り巡らされた柵を砕く。
木製とは言えそれなりに頑丈な造りをしていた柵を容易く打ち砕く辺り、その膂力は相当な物だ。
しかし柵は打ち砕かれながらも多少の役割は果たし、アンデッド達の足が鈍ったので、私とベーデは再び燃え盛る火矢を放つ。
火矢が命中したならば、やはりあっさりと火達磨になるアンデッド。
けれども更に二体の数を減らしても、残る四体は木壁に取り付いて登り始めた。
この領域のアンデッドは、明確な弱点はあっても思った以上に厄介な相手だ。
人並み外れた膂力を持ち、動きも決して鈍くない。
更にある程度、隠れて忍び寄ろうとする位の知能があって、疲れを知らずに動き回る。
例え一体であっても、町の中に侵入されれば犠牲者が出かねない相手だろう。
でもそんなアンデッドを相手にずっと町を守って来たのがコフィーナの町の警備隊で、この領域の人々なのだ。
集まって来た警備隊員の手で、長い棒の先に据えられた松明が、アンデッド達の登ろうとする木壁の上に掲げられる。
舞い散る火の粉に怯えた様に顔を庇ったアンデッドが、壁からドサリと落下した。
「イオ、逃がすと次が面倒だ。今の間に全部仕留めるぞ!」
アンデッドを壁から落とした警備隊の手際の良さに思わず見惚れ掛けた私は、ベーデの声に我に返る。
見れば、他の近い物見櫓からも、落ちたアンデッドに向かって火矢が飛ぶ。
成る程、今が功績の稼ぎ時と言う訳だ。
そうして結局、地に落ちたアンデッドの一体は他の物見櫓からの火矢が、一体をベーデが、残る二体を私が火達磨へと変えて戦闘は終わった。
戦闘が終わったからと言って、まだ受けた仕事を完遂した訳ではない。
無事に敵を殲滅した事で気が緩みがちになるが、大きく息を吐いて緩んだ気持ちも履き出し、気分を引き締め直す。
「やるなぁ、イオ。間違いなく今日の一番はお前だぜ」
そんな風にベーデは褒め称えてくれるが、例えそうだとしても、それは彼が隣で指示を出してくれたからだ。
しかも彼は私に指示を出しながら、然して変わらぬ戦果を叩き出している。
「それは貴方も同じ」
だから私はそんな風に気安く返事をしながらも、ベーデに対しては一目を置く。
指示と同時に戦果を出せる彼は、決して私と同じではないのだ。
親しく振る舞うとしても、自分よりも格上の相手には、その中に敬意を秘めるべきだと私は思う。
経験。
そう、私に最も欠ける経験を彼は持っているのだ。
ベーデも町の警備隊員達も、多くの経験を積んでいるからこそ、慌てず騒がず厄介なアンデッドを撃退してみせた。
それは少し悔しくて、実に面白い。
私が身に宿すシステムは、この領域の住人である彼等とは違うから、本当の意味で比べる事は出来ないけれど。
でもそれでも、私は彼等に負けぬように頑張りたいと、そう思う。
空が白み始めて朝日が昇れば、夜間警備の時間は終了だ。
物見櫓から引き上げた仕事の参加者は一度警備隊の詰め所に集まり、報酬を受け取る。
最も多くのアンデッドを排除した私とベーデの報酬は、当然ながら最も多く、銀貨が三枚ずつだった。
ベーデの様子を伺えば、これまでにない程に顔がにやけていたので、どうやら警備隊は随分と報酬を弾んでくれたらしい。
実りの多い夜だったと思う。
まぁ私がこの世界に降りてから、実りの少なかったと感じる日はまだ一日もないけれど、その中でも今日は特に得る物が多かった。
色々と話も聞けたから、リザルトも少し楽しみだ。
でもまずは、仕事を無事に終えた祝いとして、宿に帰って銅貨三枚の食事に挑戦してみようと、そう思う。