プロローグ
価値観とはとても重要な物だ。
物事の善悪、正否も、価値観次第では全くの逆になる事すらある。
例えば貴方が飢えに耐えかねてパンを盗んだ子供を捕まえたとしよう。
さてどうするべきか?
子供が飢えに耐えかねてやった事、許してやれって考えの人も居ると思う。
あぁ、僕もその考えは嫌いじゃない。
もう少し踏み込んで言うなら、優しくて好みの考え方だ。
子供だろうが罪は罪、盗みを行った手を切り落とせって言う人も居る筈。
あぁ、僕もそれは正しいと思う。
相手が子供であろうが、哀れみだけで罪を許せば、味を占めてその行為を繰り返すかも知れないし、他の子供もそれに続くかもしれない。
豊かな社会なら、些細な罪を許す余裕があるだろう。
だから人を許せる事を善とする優しい価値観が広がり易い。
貧しい社会なら、皆が些細な罪を犯してしまえば社会自体がグチャグチャになる。
だから罪をキチンと裁ける事はとても重要だ。
尤も、貧しい社会なら罪を正しく裁ける人材自体が足りて居ない事も多いが。
そしてこれも僕の価値観が生み出した意見に過ぎず、違和感を持ったり、真っ向から違うと感じる人だって居ると思う。
まあでもそれは良いのだ。
この話で重要なのはそこじゃない。
本当に大事な話、つまり主題はここからだった。
今の話だと、子供だから許そうって価値観の人と、罪は裁かねばならないって価値観の人が話し合った時、恐らくそのまま価値観をぶつけ合っても結論は出ないだろう。
「子供の手を切り落とすなんて!」
「無罪放免は到底出来ない!」
なんて風に。
しかし、だったらそう、子供の手を切り落とさなければ良いし、無罪放免にしなければ良いのだ。
例えば手を切り落とす刑の代わりに、労働刑を与える等の処置である。
許そうって価値観の人も、罪は裁くべきだとの意見は、感情は納得しなくても理解は出来るだろう。
罪は裁かねばならないって価値観の人も、飢えと言う状況や子供である事を考慮したいって気持ちは、完全に皆無じゃないだろう。
だから二人は、一つの事柄を白と黒に感じる異なった価値観の持ち主であっても、妥協点を探る事は出来る。
そう『妥協点』だ。
落としどころと言い換えても良いが、異なる価値観同士がぶつかる時、それを探る事はとても重要だろう。
さて非常に申し訳ないが、いきなりだがここからは話題が変わる。
いや、僕の説明能力が拙いせいだが、最終的には統合するので我慢して欲しい。
貴方は神話に興味があるだろうか?
あぁ、いやいや、宗教の勧誘では決してないから。
寧ろ僕に勧められて宗教に入ったら、ばれた時に異端者として狩られるだろうから気を付けて。
ん、そう、神話の話だ。
神話には様々な神が登場して世界を創る。
天の神と地の神、この場合の地は大地の事じゃ無く、世界その物を指す言葉だけど、その二つの神が交わって全てを生み出したって神話があったり、海底の泥を棒で混ぜて掬った際に生まれた島が全ての大地の始まりだって神話があったり。
まあ本当に色々な神話があって、時にはその神話では世界が一度や二度、三度や四度滅んだりだってしてたりする。
さてこれは一体どう言う事だろう?
神話が作り話だっただけ?
そう言う場合も多々ある。
でもここは、真実だったとして考えて欲しい。
一つには、同じ神を見ても、見る人が違えば受け取り方が違うって場合だ。
Aって国とBって国が揉めていて、αって神がAに味方した場合、αはAでは戦神として崇められるが、Bでは邪神として貶められるかもしれない。
またβと言う神がいて、Bの国に味方をした場合、更に話は変化して行く。
Cって地方では優しく温和に振る舞っていたγって神が、Dって地方に赴いた際にとある事で激怒し、大破壊を行ったとしよう。
するとCではγは豊穣の神として崇められ、Dでは破壊神としての逸話が残った。
神なんて気紛れな者が多いから、こうした話が膨らんで幾つも神話が出来たってケースも、やっぱり多々ある。
ややこしいけどね。
しかしとても少ないケースなのだが、全ての神話が、全くの全部が真実だったとしたら?
一体どう言う場合が考えられるのか。
そう、今回僕が最も話をしたいのは、そのとても少ないケースについてだ。
ある神が世界を生み、その子である神々が世界を滅びの寸前まで導いてしまった。
神の血を引いた巨狼が月や太陽を飲み込んだのかも知れないし、神の武器が地上を全て焼き払ったのかも知れない。
或いは世界樹が育ち過ぎて世界の命を吸い尽しそうになったのかも知れないし、発展し過ぎた人が互いに争って世界を焼いたのかも知れない。
いずれにせよ、その世界は滅びの寸前に追い込まれた。
だが神々はその世界を滅ぼしたくなかったから、似た様な状況にある別の世界を探し、それでも足りずに更に探し、複数の滅びかけた世界を融合させて力に満ちた世界を新たに創り上げる事にしたのだ。
これを世界の融合新生と言う。
ただし神と言う存在はその世界に縛られているから、その融合新生には幾つもの世界に跨って活動できる別の存在の力を借りる必要があるのだけれど、まあそれは余談になる。
話はもう少しで終わるから、もう少しだけ付き合って欲しい。
融合新生と口にするのは一言だけれど、実際にはとてつもなく大変な事であるのは、多分察して貰えると思う。
その中でも特に大きな問題の一つとして、それぞれの世界の神々が、やっぱり自分の世界がとても好きだったり、もしくは一番優れてると思ってる事だ。
世界ってのは、時にそれぞれの世界で常識や価値観が大きく違う。
多分そう言われて想像する以上に、本当に大きく異なるのだ。
例えば、そう、例えば、氷を火で熱すると溶ける。
多くの世界ではそうだけれど、とある世界では氷に火を近付けると、火が凍ってしまう。
出来れば何故とは聞かないで欲しい。
僕にだってわからないから。
ただその世界ではそう言う物なのだ。
流石にこれから融合しようって世界は、ある程度は互いに近しい世界が選ばれるのだけれど、それでもそれぞれに差異はある。
だがその差異を数多く放置したままに完全に融合した場合、その差異が罅となって融合新生したばかりの世界が砕けてしまう可能性があった。
だからお互いに融合の過程で、世界の差異を修正して整えて行かなくちゃいけない。
でも神々は出来る限り自分の世界の特徴を残したいから、そこにぶつかり合いが生じてしまう。
神々同士で争わせて決める?
それは最悪の選択だ。
複数の世界の神々が最終的な勝者を目指して互いに争えば、一体どれ程の時を必要とするかわからない。
何万年、何億年で済めば良いが、否、良くはないが、取り敢えず凄惨な事になるだろう。
遺恨も残るし、折角融合新生する世界もまた荒れ果てる。
ではどうするのか、そう、『妥協点』を探るのだ。
勿論神々同士のみで妥協点を探ろうとすれば、やっぱり拗れる可能性は非常に大きいから間に立つ者が必要となる。
すると必然的に、その間に立つ者とは世界に縛られた神々の代わりに、幾つもの世界に跨って活動できる別の存在が選ばれた。
……まぁそれが僕なのだけれど、僕の目線は些か以上に高い場所にあり過ぎる。
それはそれで必要な物の見方だろうけれど、それだけでは余りに足りない。
今、彼の世界は一応の融合を果たし、幾つかの世界は取り戻した力で再生を果たしつつあった。
しかし未だ完全には交わらず、それぞれの世界は領域として壁を張り、他の世界とは交わっていない状態だ。
一先ずの安定は得れたとしても、何時までもこのままと言う訳には当然いかない。
だから融合しつつある世界に降り、その世界に生きる存在に混じって、各地を巡り、世界を巡り、差異を測る情報を得る者達が必要なのだ。
これから僕が追い掛けるのは、そうして融合しつつある地に降り立つ、異なる世界の妥協点を探す物語。
僕は世界に縛られぬ存在、悪魔のレプト。
でもまぁ悪魔の名前なんて覚えても良い事は決してないから、取り敢えずは案内人と呼んで欲しい。