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私のかえられなかった世界  作者: くるねこ
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疑いの眼差し

  疑いの眼差し


 あれから何時間たっただろうか。

サフィは光一つ入らない地下牢に入れられていた。


 何の匂いか覚えていないのに記憶にある死体の匂い。

暗闇に手を伸ばすと木の棒の様な軽い物をつかむも、すぐにそれが人骨の一部だと分かった。


サフィの記憶の中、罪人は処刑後に肉をはぎ取られ骨は粉にされ、肉は燃やされ海に捨てられる。

その粉にする作業は王女の仕事なのだ。

一度素焼きにして石臼で砕き、挽いて行く。

この世に蘇らない様にするのが目的であったがそれが敵国の文化と異なり、戦争が起きたのだときいている。


 なぜ、こんな記憶があるのか。

これは王家しか知らない事、そこまで記憶にはある。

なら、自分は王家の人間か、それに近い地位、もしくは知人、親しい使用人だった可能性がある。


 「痛い……」


頭が痛い。


拘束された際に何か薬品をかがされそれから割れるような頭痛が襲ってきている。


「さあ、言うのだ。」

「…誰……?」

「お前は誰だ。」

「何の目的で王子に近づく。」

「どこから来たのだ?」

「私は…私は、コロン村の……」

「記憶が無いとは嘘だ!」

「私は!」


サフィは額を床にこすりつけ、痛みをこらえるも、頭痛は収まらず、牢の前に居た人物たちがごそごそと何か動かしている。


鼻に煙と何か嫌悪感のある匂いが強く届くようになると意識を手放した。


 窓のない地下牢。

まるで、これから処刑されるかのような錯覚。

光なき世界は不安を煽り、恐怖を与える。

正気を保とうとすればするほど頭がなにかに犯される感覚。


死にたい。


そうすら考えてしまう精神状態。


 そんな中、見る夢はとても穏やかな物だった。

幼いサフィに手を伸ばす多くの年上の男性と高貴な人々。

笑顔のサフィから目をそらした彼らの表情は嫉妬と憎悪に苛まれ廃れていた。

穏やかな物が段々と憎悪と嫉妬、嫌悪に混ざり、渦を巻く。


「何が戦場の女神だ。」

「ただのお遊びが上手くいっているだけだ。」

「あんな残酷な娘が我が妹とは気持ちが悪い。」


そんな話を盗み聞ぎしてしまったのはいったいいつの記憶だろうか。


 自国を背に馬を走らせる。

敵は対国ではない事にすでに気が付いていた。

それでも、王女として産まれた以上、自国を守る、国民を守る。

それを使命と感じていた。


 いくら国王が天然資源を道徳に反して使用していようが、


王妃が金貨を湯水のごとく男に会うがために使っていようと、


兄たちが国民から奪った食料、酒、衣類を無駄に消費していようと、


戦争が終われば変わると思っていた。


それこそ、自分からの手紙を対国の王子が聞き入れてくれさえすれば、国の危機を正してくれるのではないか。


そう考えていた。


 だが、いくつもの戦場を乗り越えていく間に兄たち、親たちへの感情に変化が合ったのは確かだ。

何度命を狙われ、死に掛けた事か。

周りにいるのは自分が選んだ兵士たち。

その中に兄たちの息のかかったものが何人隠れているかなんて当時の自分には把握できなかった。


 小さな身体に幼い顔立ち、


それに似合わない鎧をまとい、


馬にまたがり、


剣と楯を持って、


戦場で自国軍の先頭で戦う事が戦場の女神は国の中に目が向かない為のおとりに過ぎなかった。




 目が覚ました時、目の前にはドアが開いているのか明かりが差し込んでいた。


「サフィさん」


優しい声が耳に届く、


「窓を開けるんだ。酷い、これは拷問だ。」


アーノルドの声だった。


「コナーは入ってくるな!」

「でも!」

「ハンカチを口にシッカリ当てているだ。吸い込むと意識を持って行かれるよ。」


牢の鍵が開く音と檻の開く音が耳に届くと抱き上げられる感覚が心地よかった。


 「お兄、様……?」


「サフィ、しっかりするんだ。もう大丈夫だから」


うっすら開けていた目が段々と閉じていく。




 意識がはっきりした時には庭園の花々の香りが鼻に入って来た頃だった。


「サフィさん、大丈夫かな?」

「ここに来れば大丈夫。コナー、水を持って来てくれ」

「はい!」


走って行く軽い足音が聞こえる。

あれは夢だったのか、記憶とはいいがたい幻覚。


 起き上がり、水を飲んだところで意識ははっきりとした。


「助けて頂き、ありがとうございました。」

「すまなかったね。大臣たちが勝手に君をスパイだなんて」


サフィは自分が捕まった原因を知る。


「いえ、私も記憶がない以上、どこの誰だか素性のしれぬ者。軽率の行動でした。」

「私の方から言いつけておくよ。もうすぐ兄さんたちが帰って来る。ここで休んでいると良い。」


アーノルドはそう言うと庭園を出て行こうとする。


 「アーノルド様!」

「何?」


ドアに手を掛けた所で呼び止める。


「今回の事、レナード様には言わないでいただけますか?」

「どうして? あんなことされたんだよ。」

「それでも、あの方には今回の事を知られたくありません。私の不覚が招いた事、後処理は自分で行います。どうか、宜しくお願いします。」


アーノルドは渋い顔をするも


「次、何かあれば兄さんに話すよ。」

「ありがとうございます。」




 城にろうそくの明かりが灯る頃、予定より遅く、レナードとバトラーは帰ってきた。


「お帰りなさいませ、レナード様」

「サフィはどうした?」


迎えにフィリップが出てきたことにレナードは眉を寄せる。


「アーノルド様の看病を共にしていたのですが、移ってしまったようで、申し訳ありませんが暇を伸ばしてもらえませんでしょうか?」


口裏を合わせるという話になり、現在風邪を引いていると言う事になっている。


「そうか。バトラー、サフィの事は任せる。今日はもう休む。」

「かしこまりました。」


バトラーとフィリップを残し、部屋に向かっていったレナード。


 残された二人は馬車から荷物をおろしていく。


「サフィさんの容体は?」

「あ、それが…」


フィリップは考える。

レナードには言うなと言っていたがバトラーに言うなとは言われていない。

城の中ではサフィを拘束する騒ぎは無かったことにされている。


「サフィがスパイの容疑を掛けられているんです。」

「スパイですか…?」


バトラーの顔色が悪くなる。


「はい。兵士を使って若い大臣の一人がサフィを拘束。地下牢に入れ、薬を焚き、幻覚を見せていたようです。本人は頭痛がひどくて幻覚は見なかったようですが、その間の記憶はあいまい。大臣が何を聞きだしたのか不安なものです。」

「彼女は?」

「コナーと一緒に庭園に」

「ここはお任せします。」


バトラーは駆け足で庭園に向かい、ドアを開けた。


 「バトラー様?」


そこには顔色は悪いがいつもと変わらない様子のサフィははさみ片手に花の手入れをしていた。


「お帰りなさいませ」

「コナー、すまないが席をはずしてくれ」

「え、あ、はい。」


錠路をその場に置き、庭園の奥、コナーたちの部屋に入って行った。


 「どうかなされましたか?」

「スパイ容疑で監禁されたと聞いたので」

「そのことは…!」


レナードには言わないでくれ、そういう前にサフィの肩を強くつかむバトラー


「なにか、記憶が戻る様な事はありませんでしたか? なんでもいいんです!」


バトラーの様子に困惑の色を見せるサフィだが、


「申し訳ありません。何も思い出した事は……おかしな夢を見たぐらいでしょうか?」

「夢…。それはどんな?」


バトラーが珍しくぐいぐいくる為サフィは対応に困る。


「骨を粉にする王女の夢を、あと、戦場で兄に殺される、これも同じ成長した王女の夢でした。私に残っている唯一の記憶は血まみれの戦場だった荒野に一人、立ち尽くしている姿。王女様とはずいぶんとかけ離れた血まみれの服に、傷んだブーツを履いていました。ですから、夢は記憶では無いのだと思います。」


そう言うとバトラーは少し震えながら手を離した。


「その夢の話は誰にしましたか?」

「いえ、まだ誰にも」

「では、誰にも言わない様に、特にレナード様には」

「私の今回の事も、レナード様には」

「もちろんです姫様」


バトラーは急ぎ足で庭園を出ていった。


「姫様?」


言い間違いか。

解らないが確かにバトラーがそう言ったのが聞こえた。




 アーノルドは帰ってきたばかりのレナードを呼び止めた。


「なんだ?」

「大事な話があるんだ。ちょっと部屋に来てもらえる?」


真剣なまなざしを向けるアーノルドにレナードは疲れているが寝室に入って行った。


 「それで、大事な話とは何だ?」

「サフィさんの事なんだけど」

「あいつがどうかしたのか? お前の風邪がうつったのだろ?」

「そう言う事にはしてあるけど、実際は結構大事でね。」

「俺がいない間に何が合った?」


レナードは疲れのもとも忘れ、話を聞く。


「サフィさんが監禁された。犯人はヘインゲイツとその手の兵士。暇を貰って城を出ているのかと思ったんだけど、帰ってこないから今日一日探して、兵士が命令で地下牢に監禁した事を白状したんだ。」

「何が原因だ?」

「彼女にスパイ容疑が掛かっている。敵軍と戦って生還した兵士が彼女を戦場で見た事があると言ったのが原因らしい。」

「戦場でサフィを……」


戦場となった荒野から何キロも離れたコロン村にたどり着いたというサフィ。

自殺しようとして川に身を投げたとして生き残るのは不可能。

途中には滝や荒波を立てる場所もある。

ローウェルから海への川の様に穏やかなものでは無い。


「大臣と兵士をリストで上げろ。サフィからは目を離さない様にする。」

「こっちでも警戒するよ。しばらくは鍵のかかるフィリップとコナーの部屋にいさせることになってる。庭園にも鍵を付けさせた。ガラスには鉄格子も付いているから割って侵入する事は無いだろう。」


レナードは無言でアーノルドの寝室を出て、自室に入って行った。




 それから三日。

バトラーに言われ休んでいたサフィだが、今日から仕事に戻る。


「長くお暇を頂きまして申し訳ありませんでした。」

「風邪はもう治ったのか?」


たった数日合わなかっただけでレナードの顔を見れて嬉しいと感じるサフィ。


「はい。おかげさまで」

「そうか」

長く休んでしまったせいか、今日はずいぶんとそっけない態度を取るレナード。


「これからは俺から離れるな。執務室へ入る許可も出す。」

「はい?」


紅茶を入れる手がぶれそうになる。


「今日は魚が城に届けられる。今後の話もしたい。」

「…かしこまりました。」


紅茶を渡し、朝食中という事で部屋を出ようとすると


「離れるなと言っただろ。」


と、言われてしまい、食事が終わるまで、部屋の端にサフィ用の椅子を設置されそこで本を読んで待っていろと言われた。




 執務室でも同じで、バトラーがレナードと話しながら書類を渡しているのに比べ、サフィの役割は何もない。

あるとしたら


「紅茶を頼む。」

「かしこまりました。」


これぐらいだろう。

暖炉の上でお湯を沸かす。

それをティーポットへ注ぎ、色を出す。

紅茶とは味を楽しむものでは無く、香を楽しむもの。

香りたつように高い位置から注ぐのが良いらしい。

昔はなんの為にやっているのか分からなかった。


「熱っ!」

「大丈夫ですか?」


手にお湯が掛かり、声を出してしまったサフィに直ぐにバトラーが駆け寄る。


「これぐらいなんでも有りません。こぼしてしまいましたのでタオルを取ってきます。」

「バトラーが行って来い。」

「失礼いたします。」


まったく、自分の視界からサフィを出したくないようなレナード。


そこに


「失礼いたします。」


バトラーではない人物の声にドアを開ける。


「お花をお持ちいたしました。」

「ありがとうコナー。でも、この花は匂いが強くて虫が寄ってくるわ。この真ん中の部分は取ってしまいなさい。」

「分かりました。他の部屋の物も取ってきます。」


コナーが走り去るとバトラーが戻ってきた。


「ありがとうございます。」

「いえ、それより、お花の事も詳しいんですね。」

「昔は花でも売っていたのかしら?」


記憶がないから解らない。ラッパ型の白や黄色、ピンク色の花から花粉の塊を取り除いて行く。


 「匂いの原因はそれか。」

「はい。強い甘い匂いがするので虫が寄ってくるそうです。」


コナーが持って来た花瓶の花を整え台にのせ、バトラーからタオルを受け取る。


 執務室での仕事は大抵午前中に終わる。午後からは乗馬が待っている。




 雪降り始めるローウェル王国。

いつ、また戦争が起きるか分からない以上、鍛錬は欠かせないのだ。


「どうしたアーノルド。脇を閉めろ!」

「はい!」


仲がいい兄弟が戦争のために鍛錬していると言うのも不思議な姿だ。

サフィの夢では兄たちは一切戦場に出るというそぶりは無く、高みの見物に無理な命令を出していた。


 「レナードお兄様、僕も加わっていいでしょうか!」


乗馬場の外からそんな声がする為視線を向けるとサフィとさほど歳は変わらないだろう少年がいた。


「厄介なのが来た。」

「あの方は?」


レナードが呟いたのをサフィが聞き返す。


「あの方はローウェル第五王子のカラム様です。」


バトラーが教えてくれた。


「ああ、お勉強会を毎回断られている。」

「はい。そのカラム様です。来ないのならば行くまでだと、依然言っていましたが、本当に来るとは、どうなされますか?」


レナードとアーノルドに聞くも見なかった事にしようとしている。


「たまにはかまってあげてれもいいんじゃないですか?」

「面倒くさいんだ。サフィ、お前馬に乗った事はあるか?」

「はい。村に居た頃に時々」

「では、剣術はどうだ?」

「子供と遊ぶ程度でしたら」

「バトラー用意させろ。」

「ですが!」


話の流れが解らないサフィに比べ焦るバトラー。


「どうした。こいつにさせられない理由があるのか?」

「いや、その、ですね…」

「バトラー様?」


サフィも不思議気に首を傾ける。


 結局、サフィは馬にまたがった。


「なぜ僕が使用人なんかとやらないといけないのですか!」

「剣術は人並み以下、馬術はやっと乗りこなせるようになってきたばかりのお前にはこいつで十分だ。足元は雪、ケガしない程度にやれ、むきになると痛い目見るぞ。」

「宜しくお願い致します。カラム様。」

「スパイ女かよ…」


どうやら、彼はサフィにかけられている未だ晴れていない容疑を知っているようだ。


 馬を歩き出させる。

間合いを取るも、馬に一撃、軽く剣で叩いただけで、驚いた馬はカラム本人を落とした。

馬が暴れない様に手綱を引き寄せる。


「卑怯だぞ、このスパイ女!」


レナードを確認するとアーノルドとの訓練でこちらの会話は耳に入っていない様子。


「卑怯ではありません。これも戦術の一つ。もし、これ以上に強い攻撃が馬に与えられた場合、落馬で負傷するだけでは無く、馬に踏まれて命を落とすこともあります。お気を付けください。」

「この…!」


再び馬にまたがるカラムだが、剣術はダメダメ、馬とのコミュニケーションが全くとれていないようで何度も落ちていた。


 小一時間ほど訓練と言うのか分からない事を繰り返し、休憩を取る事になった。


「中々出来るようだな。」

「恐れ入ります。村の祭事で馬に乗ったまま山に入り、弓矢で狩りをしてくるというものがありまして、久しぶりの感覚でしたが何とかなりました。」

「僕は獲物かよ…」


すねた様子のカラムがジンジャーティーを口に運んでいる。


「ならば、俺とも手合せするか?」

「私がですか?」

「他に誰がいる?」


レナードは得意気な顔をするも


「カラム様だから私は上手くみえるのでしょうが実際はただの祭事。経験の差は明らかです。私、ケガはしたくありません。」

「すこしぐらい構わないだろう。」


ほぼ無理やり馬に乗せられた。


 馬が歩き回り解けた雪は土と混ざりぬかるんでいる。

こんな所に落馬はしたくない。


 サフィは剣を構えた所でレナードが動き出す。


 首筋をかすめる剣。

それを楯でななめ上にはじき馬の向きを変える。

レナードには一切当てはしないが攻撃は出来るだけ寸の所でよける。

それを繰り返していると


「本気でやれ!」

「これが本気です!」


と、言われ言い返すも、ばれているようだった。


 観戦しているアーノルドとカラム、バトラーは


「サフィさんは余裕があるね。」

「そうですね…」

「どう見て兄様が優勢だろ?」


はたからみても明らかな手抜きと解るサフィの動きにバトラーははらはらしていた。


 決着を付ける事は無く、馬がばてた所でヤメとなった。


「風呂に入ろう。」

「準備させてあります。」


城に入ると壁があるだけで気温差を感じる。


「お前も風邪をひかぬ様に入って来い。」

「かしこまりました。」




 夕方になり、夕食前にコロン村から荷台が戻ってきた。


「お疲れ様です。」


さっと湯をかぶってきただけで馬車が到着するのが窓から見えたため表に出てきたサフィ。


「こちら、サフィさんにお祖父さんとお祖母さんからお手紙です。」

「ありがとうございます。」


この兵士はサフィのスパイ疑惑を知らないから優しく話しかけてくれる。

だが、


「これは没収する!」

「なんですか⁉」


別の兵士が老夫婦からの手紙を横取りした。


「スパイに外部の情報が入ってくることは阻止する。それがヘインゲイル大臣からの命である。」


手紙はこの場で火を付けられてしまった。


 運ばれてきた魚の全てに検査が入った。


 「大変だったねサフィちゃん」

「本当です。もともとここの兵隊だった息子を持つ夫婦からの手紙ですよ。それを内容も確かめずに燃やすなんて!」


イライラしながら魚をさばいて行く。


 「夕食のメニューを一部変更で白身のムニエルにしましょう。」

「うまそうだな。」


シェフがソースを作りだす横で切り分けた魚に小麦粉とパン粉を混ぜたものを付けてもらいバターで焼いて行く。


 魚を紙で何重に包み、冷凍保存されるように氷の部屋に入れて置く事になった。




 今日もまた、カラムが乗馬場にやってきたためサフィは相手させられている。


「カラム様、馬が思う通りに動かないからといって踵を押し付けると走り出してしまいます。」

「でも、どうすれば!」

「落ち着いてください。戦場では冷静でいる事が勝利に繋がります。」


まるで昔自分に言われたようなセリフをカラムにいうサフィ。

それをバトラーがじっと見ていた。


「今日はこのあたりで切り上げよう。」

「はい。」


レナードに声を掛けられ馬から降りるサフィ。


 「伏せろ!」


レナードの声にサフィは降りてきたばかりのカラムを無理やり卸させ、その場に伏せる。


「痛っ!」


矢はサフィの脇腹に刺さった。


「動くな。バトラー、医者を呼んで来い!」

「はい!」

「これぐらい問題ありません…」


痛みに顔をゆがめるサフィをカラムも心配気に見つめる。




 最近、レナードの隣の部屋に移動したサフィ。

そこまで移動し、矢を折って抜く事になった。


「痛い!」


ゆっくりと引き抜かれていく感覚に顔をゆがませ汗を流しながらレナードにつかまっていたサフィ。

だが、この感覚が記憶にある事を思い出す。

もう古くなった腹部の傷。

村にたどり着いた時にはすでに治りかけていた傷は背中にもある。


 この痛みに血の匂い、かすかに自分の身体に残っている馬の匂い。

記憶の片隅にこの三つを同時に感じた記憶がある。


「私、死んじゃった……?」









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