呪いはキスで解けるもの
大遅刻で申し訳ない
「俺は、普通に補習をしていただけなんですけどねー。2年生になれなくなっちゃうけどローズさん」
後ろでに縛られているにも関わらずふてぶてしいような態度は変わることがなかった。
「そういってローズの後ろでナイフを持っていただろう」
「んんっ? 王子油絵の講義を受けたことありませんでしたかね。ペインティングナイフですよ。油絵ではよく使う道具です。道具を忘れたというので貸しただけなのに蒸し返すんですか」
「そんな嘘を信じる訳がない」
「シュバルファン殿下、リッド先生がいうことは本当です。その……美術が苦手でとてもお恥ずかしいのですが」
美術は、貴族の必須技能といってよい。家の権威を示すため絵画や陶器を飾るときに美的感覚がなければならない。
「俺の疑惑晴れたでしょ? ぜひとも放して欲しいんですけどね。なんでこんな時につかまってむさくるしい罪人と一緒にされなきゃいけないんすか」
「放してやれ」
「はっ」
セルヴォが扉から現れてリッドの縄を解いた。普段ぽやぽやした甘ちゃんの雰囲気がある彼だが王族の手前、可愛いと言われる顔を引き締め騎士らしくしていた。
リッドは、縄で縛られていた腕を解すように動かすと会場の隅へと移動していった。
「なら実力行使させてもらおう。オパール公爵家は、ここで潰えてもらう。逝け」
シュバルファンが手を掲げるが何も起きない。
「逝け」
再び言うが何も起きる気配がない。
「お前が指示して動く人材はいない。なんで馬鹿な真似ばかりするのだお前は」
ここで初めて王が口を開いた。騒々しくなっていた会場が静寂に包まれ王へと視線が向かう。
「暗殺集団は解体しそれでもたてつく者たちは、今この城の周辺でのびておる。騎士にも手を伸ばしていたようじゃが騎士を動かす権利はわしにある。まだお前に好き勝手はさせん」
「なっ」
シュバルファンが周囲を見回すが警備中の騎士達は、動かず沈黙していた。
「シュバルファン、お前に王としての素質がないと判断した。王位継承権をはく奪し、その地位を公爵として遇する。ただし子が生まれ王族に値する場合王家に迎える。その条件ならばオブシディアン・ローズとの婚約を認めよう」
「父上! 僕はこの国を良くしようと考え行動しています。そのためにもローズが必要なのです」
「わしが政治的に安定させるため、オパール公爵へ頼み婚約をしてもらっていたのだ。女性の場合は、結婚すれば王位継承権がなくなり、また王妃の実家から後ろ盾や支援を受けられる。お前の地位が盤石となるように決めた婚約だというのに。わかっていないようだな」
「オパール公爵家の力がなくとも僕は、僕の力でこの国をさらに良くできます」
「自分の地位を自分の力と驕るな。今のお前の力は、先祖代々王族が積み上げ守り発展させたもの。学園で学ぶ最後の機会に何をしていた!」
王が初めて声を荒げた。
「オパール公爵家は、王家と兄弟同然の間柄だ。王にならずとも共に国を盛り上げようと初代王の弟が立てた家。それを己の欲だけで邪魔と消そうとするなど。教育を誤ったようだな」
「そんな……、俺は、一人息子だろ。息子を捨てるのか」
「間違いなく息子だとも。だからこそ間違えた息子を止めるのもまた親の役目だ。遅すぎたかもしれんがな…」
「それは私も同罪です。あまり子宝に恵まれなかった私たちの初めて息子が可愛くて王族としての務めを理解させることが出来なった」
「くそっ! お前らの自己満足だろ。ふざけんな! 俺は王子だぞ。今度こそ勝ち組になったのに」
シュバルファンは、上品な笑みを浮かべていた顔を醜くゆがめさせた。とても王子が浮かべるべき表情ではなく、動揺して王族の近くにいた人々は離れていく。
しかし一人の少女が進み出た。普段ならば可笑しな態度をする少女に目を配れただろうが、ドレスとヒールの靴がないような動きでシュバルファンの前に進み出る。
「シュバルファン! 私はお前に殺された暗殺集団”夕闇の烏”頭領の娘、父の仇をとらせてもらう」
少女は、ナイフを取り出すと目の前のシュバルファンの胸を刺した。一瞬の出来事でシュバルファンの胸にナイフが刺さったのを見て貴婦人達が悲鳴をあげる。シュバルファンは、胸に刺さったナイフを引き抜くとローズにナイフを向けた。
「ローズ……一緒に来て」
「……っい……」
ローズは、叫びと煌めくナイフに既視感を覚えた。あの時は、貴族の令嬢ではなく普通の女子高生だった。来年の受験嫌だなとか、あの先輩かっこいいとか、古典の先生の頭ヅラだよねとかどうでもいいことを楽しく過ごしていたのに。
一瞬で目の前の男に奪われて、気が付いたらこの世界でローズとして生を受けて生まれてきていた。しかしあの時まっすぐにローズを見ながら背筋が震える笑みを浮かべていたことを覚えている。今目の前のシュバルファンも、まったく同じ表情をしていた。
「今度こ……一緒に」
シュバルファンが血を流しナイフを持ってくるのに、ローズは足が竦んで動かない。その場で尻餅をつき腕の力で下がるがドレスがもたついてうまく動けない。
「死にたくなっい!」
ローズが叫んだ時、青い何かが覆いかぶさってきた。ローズは、突然の出来事に体を固くするがその青い何かは、ローズを抱えるようにしっかり抱きしめていた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。おにいさまとおとうさまが助けてくれる」
それはローズをいじめていた筈のネージュだった。以前とは異なるたどたどしい言葉でローズをかばうように抱きしめていたのだ。
「モブの癖に……邪魔だっ!」
シュバルファンは掴み引きはがそうと掴みかかるが、ネージュはローズを離さなかった。
「ヴィオレット」
刃物を持った男を背にしてネージュが平静な訳がなかった。しかし幼くなった精神でもネージュは、目の前にいるのが守るべき国民と理解していた。
「ネージュよくがんばったね」
ネージュは、置かれた手が誰のものか知り約束通り彼は来てくれたとさらに涙が溢れた。
「ローズ!?」
ジャンは、ネージュからローズを受け取り抱え上げると人込みの外縁近くまで移動する。
「なん……で?」
「胸騒ぎがして親父と変わってもらった。ローズが傷つかなくてよかった」
不器用な性格で笑顔がへたくそだったジャンが、ローズへ安堵の笑みを見せた。その笑顔が本当にローズを見ているようでくすぐったいと同時に助かったと安堵する。
「それだけじゃない、私をこの会場に入れてくれたんだ。王族に対抗するには王族しかいないからね。…叔父上もお久しぶりです」
「あぁ、お前も元気そうだな。しかしお前こんなところにいていいのか国は」
「側近に任せている。国と同じくらい大事な人を守りに来た」
王らしい威厳のある表情で見つめる先は、孤立したシュバルファンだった。
「ごふっ、ローズ! ローズ! ローズゥ!!!」
「こいつと血がつながっていると考えると自分が恐ろしくなってくるな。好きな女ならどんな理由でも手を上げるな!」
「みんな俺の……っ邪魔をするからっだ」
シュバルファンは、そこで黙るとバルコニーへ向かって走り出した。
「シュバルファン! 何を立ったままでいる。捕まえろ!」
王の言葉に騎士たちが動き出す。
「シュバルファンさま! お止まりください」
体が小さくとも膂力があるためセルヴォがシュバルファンに追いつきかける。しかしシュバルファンは、扉を開けてそのままの勢いでエントランスに手をかける。
「ローズ! 来世で会おう!!」
そう言い残しシュバルファンがエントランスから落下し、貴族たちは悲鳴を上げた。一番近くにいたセルヴォがエントランスより下をのぞき込むと何も落下した形跡がない。
人が一人落ちた上に少しの衝撃で倒れてしまう芝生にもかかわらず、いつも通り青々とした葉を茂らせている。下にいた兵士に血痕がないか調べさせても見つからない。
「どこにいったんだ」
「そんな……私たちの息子が……」
「申し訳ありません、現在猟犬を使って捜索をします」
近衛騎士団長が言いにくそうに口を開いた。その地位がなくなったとはいえ守るべき王族が失踪してしまったのだから胃に空きそうな気分だろう。
「シュバルファンが失踪してしまうとは思っていなかったが、継承権2位だったグラソンを1位に据える。仕事をグラソンに振りのちのち問題がなければ王位を引き渡す。ネージュについては」
「ネージュについてお伝えしたいことがあります」
「クラウディオ王、他国の事情に首をつっこむつもりかね」
「はい、オパール・フォン・ネージュ嬢を我が妃に迎えたい。友好の証として金属製品の関税を下げることを約束する」
クラウディオは、どこからか書簡を取り出し宰相へ渡した。
「結納品ではなく友好の証としてなのだな」
「もしネージュ嬢を迎えられずとも友好の証なのでお約束します。なによりネージュ嬢の気持ちを無視してこの婚姻を進めたくありません」
「陛下! 王位継承権を持つものが一人のみになってしまいますのでお断りしましょう」
「またいつもの親馬鹿か。まずは本人に聞くべきだろう。ネージュ嬢」
「はぁいっ、へいか」
ネージュは、たどたどしいカーテシーで返す。ネージュを知る人物は、令嬢の態度が可笑しいと気が付くが現状それどころではない人たちが大半であり些事であった。
「クラウディオ王がお前を妃にしたいと言っておるが嫁入りしたいか」
「クラウディオ?」
「俺の名前はクラウディオっていうんだ。ヴィオレットは、幼名だよ」
「そうなんだ、ネージュね。ヴィオのお嫁さんになる。助けてくれてありがとう」
ネージュは、背伸びするとクラウディオにキスをした。
まさかの展開に男は、目を皿にし女は手にした扇ごしにその光景を見ていた。ブリュイヤール公爵とグラソンは、お互いの頬を抓っていた。
「……っ! 私このような場でなんてことを」
ネージュは、白皙を夕日のごとく赤く染め顔を覆った。
「ネージュ。記憶が戻ったのか……?」
「……はい、私他国の王になんてことを」
「今のそなたは、婚約者のいない公爵令嬢。他国の王族へ嫁ぐのになんら問題はない。それとも記憶が戻ったことで妃になるのが嫌になったか。それともシュバルファンにまだ未練があるか」
「とんでもございませんわ。とっくの昔に愛想がつきています。しかし愛さなければ未来の妃としてふるまわなければと努めておりましたのに愛されず顧みられず見られず無きものとして扱われるのはとても辛い日々でした。だから心を閉ざし辛い記憶をなかったことにしました。
でもクラウディオは、ずっと優しく誠実に私を愛してくれていました。だから私は、もう一度恋をしたのです。貴方に」
ネージュは、クラウディオの手をとった。
「クラウディオ様、お慕いしております」
「ネージュうれしいよ! 結婚式はいつしようか」
クラウディオがネージュを抱きしめた。
「あきらめるのだブリュイヤール。この場で宣言しよう!クラウディオ陛下とオパール・フォン・ネージュ嬢の婚約を認める」
会場は、大きな拍手で包まれたのだった。
これからそれぞれの登場人物のその後をあげます




