ネージュの着替えは長い
今年の冬は暖かいと王都の住人が口を揃えて言う。今の時期ならばそろそろ雪が降り出し王都周辺が雪景色になる。
王都は、人の入りを考慮して雪かきの仕事を出すため雪で歩けないということは少ない。
しかし吐く息は白く、外套がなければ寒い。
「さぁさぁ、新年を祝う蝋燭を準備してない人は買った買った!」
「お客さん蝋燭だけじゃ机が燃えちまうだろ。燭台買っていきな!普段使い用もとびっきりなのも揃ってる」
新年になる時には、蝋燭に火を灯し神に祈る。
庶民は、来年も健やかに過ごせることを祈る。貴族も基本同じだが王国の繁栄を願い王族へ蝋燭を献上する。
王族は、献上した貴族を招き献上された蝋燭を舞踏会場で灯し旧年を振り返り新年を祝う場となっている。
そのような行事にオパール公爵家が招かれないということはなく。ブリュイヤール公爵と後継のグラソン、そして王子の婚約者たるネージュに招待状が届いていた。
ネージュは、いつになく可愛く綺麗なドレスが着られて喜んでいたがブリュイヤールとグラソンの胃が痛い。
本当ならばネージュは、貴族の前に出せる状態ではないので留守番の予定だった。しかし今回の招待状を持ってきた人物が悪すぎた。
「父上なぜアンナミラ様が小性のような真似をされたのでしょう」
「アンナミラは、ネージュがお気に入りだからな。夜通しで話をする機会など結婚しなければ新年祭しかないからだろう」
アンナミラは、新年祭の招待状を持って来てお泊まり女子会をしようとネージュと約束して帰ったらしい。ブリュイヤールとグラソンが所用で出掛けている時の出来事だった。明らかに確信犯の犯行である。
「ネージュも楽しみにしていて駄目とは言えないから困ったものだ」
「元々ネージュは、アンナミラ様が好きでしたからね。まさか記憶がなくても懐くとは」
アンナミラは、生まれてすぐに母を失くしたネージュを娘のように可愛がっていた。ネージュも距離を置きつつ母のように慕っていたと思っている。
「王城だからあの馬鹿王子が何するかわからないんですよね。うちの一族が近くにいますが会場に入れるのは、俺だけですし」
リッドが笑みを見せず珍しく真剣な表情を浮かべている。
「それについては対策してある。あの王子が立場を自覚出来ていれば私たちは、問題ない」
「立場…?自覚出来てないでしょうね。なぜ私たちがネージュとあの馬鹿王子と婚約を許したのか理解していたら、ネージュを蔑ろにして別の女に言い寄るなんて真似が出来る訳がない」
「そうっすねー、そういえばあの女。最近ポール商会の若頭に接近してるな。元々ちょっかいかけてたけど、王子と会う回数減らしてんだよな」
「まったくよけいに拗れそうな行動してくれますね。王家といえどポール商会に手を出せば様々な方面で被害が出ますからあの馬鹿王子が大人しくしていて欲しいものです」
「どうだろうな」
控えめなノックの音と共に着替えが終わったネージュが入室するというメイドの声が聞こえる。
「お父様、お兄様。ネージュ可愛いでしょ?」
深い青のドレスに銀色と白の雪の結晶モチーフが降るように刺繍されている。裾が積もった雪を表しているのか雪の結晶の刺繍で白く見える。ネージュがくるりと回るたびに銀糸が光り目で追ってしまう。その上に白のファーを纏うと冬らしい装いになる。
「もちろん可愛いよ。ネージュ。まるで雪の精霊のようだよ」
「ありがとうお兄様、お父様?」
ブリュイヤールの目に光るものがあった。
「ネージュがアデールに似てきていて…。成長した姿を見せたかったと」
「母上ですね。たぶんうちの娘が一番可愛いと言うと思います。私の小さい時もそう言ってましたから…」
「そうそう大喜びだったな。お母様大好きだと言って」
泣いていたはずのブリュイヤールが苦笑しながらグラソンをみる。言われた本人のグラソンは、顔を赤くして抗議をするつもりだったがネージュの言葉に黙った。
「いいなー、ネージュもお母様に会ってみたかった。いいなー」
「今度アデールの肖像画を見せてあげよう」
「本当に!? みたい見せて」
「公爵様そろそろご出発のお時間です」
「わかったそろそろ行こうかネージュ」
ブリュイヤールとグラソンが手を差しのべるとネージュは、その手をとる。これから向かう先は、ネージュをよく思っていないシュバルファンがいる王城だ。しかし大好きな父と兄がいて無敵の呪文があるネージュは、ひたすら笑顔を浮かべていた。
本日長くなったので2話です。




