グラソンは親孝行する
グラソンは向かいの席に座ると、自分でワインを注ぐ。本来なら明日も仕事なので飲まない。
「父上、本日付で宰相府を辞めてきました。隣国の調査のために3年も出向せよなどと、あり得ません」
「そうか、お前の判断に任せよう。どうやらシュバルファン殿下が動いているようだな」
息子が仕事を辞めたというのに、平然とした様子なのは、公爵家の家業をいずれ継がねばならず、その時が早まっただけだと考えているからだ。
それにシュバルファンが王位継承権一位だが、元王女の祖母を持つグラソンも二位となっている。普通、王位継承権を持つ人物を長期間、人質でもないのに他国に出すなどあり得ない。
「それにしても、困ったものだな。西の洪水による物資の不足について、オパール公爵領に3割負担をお願いしてきている。未来の王妃の領地なのだから出してもらうとな」
「3割負担ですか」
西の洪水の被害は、国家予算で3年分と計上されていた。鉱山が多く、その加工や売買をするもの達が多かったためである。道具や店が流され使えないからと廃業されても困る。
だから国で出しあうのはよいが、3割は公爵領の予算5年分にあたるために痛い出費である。
「負担が多くとも出さねばなるまい。それが公爵の地位にいる我々の責務だ。幸い災害予算が余っているから、そこから出す。本当は、自領のもしもの時の備えだったのだがな」
「大きな災害が10年ありませんし、災害予算とは別に防災予算も組んでいます。うるさいのを黙らせるために災害予算5年分を先に出しましょう。どうせ今、全てを出しきっても人員が余るばかりです。長期的な支援体制を作らねばなりません」
「まぁ、そうなるな。上に立つからこそ、長期的な視点が必要になる。助けにいって共倒れしては意味がない」
ブリュイヤールも公爵になってから長い。貴族として中堅にさしかかるが、公爵として国に尽くしてきたのは、王に続いて自分であると思っている。
時に非情な判断を行うがその後始末は、しっかり行う自慢の父だった。
「父上ある程度仕事をつめられたら、一月ほど領地に視察に行ってもらえませんか」
「なんだ随分殊勝なことを言うな。仕事がなければ、ネージュのところへすぐに行くと思っていたが」
「たまには、親孝行してあげようとしただけですよ。私だってネージュに会いたいです。しかし若造が残った方が、色々都合がいいでしょう」
グラソンの考えでは王子だけでやったとは思えない、高位貴族の中に協力者がいたはずだった。あえて弱点をつくり集まるもの達を振り分け、害悪な者達をつぶさねばならない。
「本当にお前は誰に似たんだろうなぁ……」
「強かなのは母上似でしょうね。思考の仕方は父上でしょうが」
「確かにアデールは、強かったな。アンナミラと当時王子だった王の恋に奮闘していた。私もだいぶ振り回されたものだよ。あんなに若くして先に行くなんて」
グラソンも幼い頃だったため、正確に覚えていないがブリュイヤールは相当落ち込んでいた。乳飲み子の娘と反抗期の息子を放置するわけにはいかないとアデールの両親に面倒を見てもらったこともあった。
「一番母親に甘えたい時に悪かった」
「本当です。いたずらをすれば、祖父は拳骨をくれるし祖母には無理やり牛乳を飲まされるし。ネージュが本当に天使に思えましたよ。おかげで反抗期があっという間に終わりましたね」
「アルナイト前辺境伯は、国境の要を守っているだけあって気性が荒い。婚約のお願いに行った時に死ぬかと思った」
ブリュイヤールは、その時を思い出したのか身震いした。手元の白ワイン並に血の気の引いた白い顔をしている。
「それを聞くと、王家との確執が続けばアルナイト前辺境伯が乗り込んできそうですね。母上に似たネージュを溺愛していましたからね」
「よし、私は領地に行く。その間頼むぞ」
「はい、父上」




