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普通に見れば、単に先輩がお友達と楽しくおしゃべりをしているだけなんだけど。
俺と話すときには絶対見せないような笑顔を、目の前の男に見せているということは、
なんか悔しいような、腹立たしいような・・・
「とーぅどーぅくーん。」
「うわっ、ちょ、進藤さんっ」
進藤さんが俺の頭に顎を乗せ、勢いよくもたれかかってきた。
進藤さんもこんなことするんだなと、どうでもいいことが頭に浮かぶ。
「堂々と垣間見るのは垣間見とは言わないのだが。」
「何わけわかんないこと言ってんですかっ、って離してください、重いですって・・・」
「あの人。」
「え・・・」
「気になるんじゃないの?」
進藤さんが首に腕を回してきた。
いつの間にか、後ろから抱きつかれた形になっている。
「べ、別に・・・気になったりなんか・・・」
「ホントにぃ?」
「・・・」
「顔赤いよ。」
「う・・・」
「一途だねぇ、ホント。」
進藤さんが頭上で吹き出す。
顔は見えないけれど、たぶんどこまでも嬉しそうな顔をしてるんだろうな。
「・・・誰なんですか?」
「んー、誰だと思う? 予想は?」
「・・・いや、わかりません。」
「まぁ、あれだけ身長さがあったら普通わからないわな。
たぶん30は差があるだろうし。」
進藤さんが回していた右腕の肘を俺の肩に乗せた。
そして顎を右の手のひらに移す。
「・・・で、誰なんですか?」
「俺の同級生かつお友達。 矢内 浩行って言ってサッカー部のキャプテン、だったはず。
大学もサッカーでどうのこうの言ってたっけな。」
「サッカー部・・・?」
「俺も元々サッカー派だったんだけどな。
ちょっとした理由で弓道部に入った。」
「・・・どうしてサッカー部のキャプテンと春原先輩が・・・?」
訊くと、進藤さんは少し考えるようにうーんと唸ってから。
「内緒。」
「・・・内緒なんですか。」
はぁ、と溜め息をつくと、進藤さんの言葉が降ってきた。
「俺が勝手にそのことについて話すわけにはいかない。 すまんな。」
「え・・・な、なんでですか?」
「そのへんは本人に訊けって言わなかったっけか。」
「そ、そんなに深い意味だったんですか、あれ。」
「あ、なんだそれ。 ちょっと傷ついたぞコノヤロー。」
進藤さんが右腕に力をこめて圧してきた。
「ちょっ! 進藤さん痛いっ!」
「ま、今のところ矢内はお前が心配してるような感情は持ってないと思うぞ。
いっつもあんな風にしゃべってるしな。」
「でも・・・」
「ん?」
「あんな風に笑う先輩・・・見たことないです・・・」
素直に思ったことを言っただけだったのに、予想以上に響いたのか
進藤さんは少し黙ってしまった。
「まぁ・・・俺はお前のほうが春原に近い存在であるような気はするけどなぁ。
そんなに焦る必要も無いと思うけどな、藤堂。」
「・・・」
でもまぁ、と言いながら、進藤先輩は回していた腕を解いた。
そして道場の方へ歩きながら言った。
「ボーッとしてると、とられるかもな。」
そのまま道場の中へと入っていった。
「応援してんですか、それとも脅してんですか・・・」
「何ぶつぶつ言ってんだ? こんなとこで。」
ハッとなって振り返ると、目の前に春原先輩がいた。
いつもの顔で俺を見ている。
「・・・? なんだよ人の顔じっと見て。」
「あ、いえ、なんでもないです。」
「練習しないと時間がもったいないだろ。」
そう言って、道場の方へと歩き出す。
俺は我慢できずに、先輩を呼び止めた。
「先輩っ! あの・・・」
「ん? 何?」
「・・・いえ、やっぱりなんでもないです。」
訊きたいのは山々なんだけれども、いつもと変わらない先輩の顔を見ると、
やっぱり切り出せなかった。
先輩が俺の顔を覗き込んでくる。
「・・・お前なんか今日変だぞ? 鞄投げたのが効いたか?」
「あ、いえ、あれは大丈夫です。 ホントなんでもないですから。」
「・・・そっか。 ならいいけどな。」
そう言って先輩はまた歩き出す。
それに遅れないようにちゃんと後ろを付いていく。
「あ、そうだ藤堂。 今思い出した。」
「なんですかー?」
「明日時間割変更入ったから。 最後音楽室な。」
「・・・え?」
だから、と言いながら先輩が振り返る。
「迎えに来るんなら間違えるなよって言ってんの。
それとその顔で来るな。 それなら授業中に突っ込んでくる方がよほどいい。」
「・・・先輩、それって・・・迎えに来てほしいってことですか?」
「なっ、おいちょっと待て! 誰もそんなこと言ってないだろっ
い、嫌なら別に来なくていいからっ」
そう言って慌てて道場へと歩き出す先輩。
俺はその姿にぷっと吹き出してから。
「了解ですっ!」
俺はそう叫び、走り出した。
いきなりの大声に驚いて振り返った先輩の左手を握り、また叫ぶ。
「練習時間が無くなりますよ! 速く!」
「ちょ、わかったからっ! 手はなせっ! ・・・おいっ!」
そのまま俺は道場の中へと入っていった。