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83、お前らだけずるい



 マル君が口にしたくない、という事は。


「餌を前にした子犬のような顔で見るな。その通りだ。浄化の効果は消えていないし、この様子だと、リリウムブランの持っていた増幅効果も織り込まれているな」

「増幅効果もちゃんと機能しているんですね! 良かった。……でも、最初の例えは余計です。何ですか、子犬って」


 私、そんな物欲しそうな顔をしていませんよ。多分。


 マル君は喉の奥でくつくつと笑いを噛み殺しながら、私にボウルを手渡してきた。味を確認してみろ、という事かな。浄化の魔力が籠っている液体だ。魔族であるマル君には毒に近いのかもしれない。


 いくら液体になってしまったとはいえ、食べられないほど不味いものを出すのは気が引ける。腐っても食堂だもの。


 私はキッチンからスプーンを持ってくると、一口すくって口に入れた。


「ううーん、食べられない程じゃないけど」


 味だけで言うなら、リリウムブランが持っていた酸味と、蜜の甘さが合わさって中々なのだが。なんだろう。ゼリーとかプリンとかを作る前の原液を飲んでいる気がする。


 美味しいとは言い難い。なんというか、固めたい。


「まぁ、色水みたいになっちゃったけど、効果があれば問題ないでしょ。なんなら冷やしちゃう? 飲みやすいかもよ」


 ハロルドさんの提案に、小さく頷く。


 リリウムブランの花弁は、グミやアロエのような弾力があって美味しかった。それに固めたナチュラルビーの蜜が合わさる事によって、ちょっとしたお菓子感覚で食べられると思ったのだけど。

 結果はこれだ。料理ですらなくなってしまった。


「リン?」

「……いえ、生ぬるいよりは飲みやすいですよね。一回冷やしてみましょうか!」

「了解。病人相手だからね、ある意味良かったんじゃない?」


 そうだ。よく考えれば相手は病人。しかも子供だ。

 固形物よりこのほうが口に入れやすいはず。


 効率を重視すれば、悪い変化とは言い切れないだろう。ただ、何故かドロドロとしているので、喉に詰まらないよう気を付けてあげなければいけないかな。


 せめてゼリーみたいになってくれたら、ちゅるっと食べやすい上に、料理番としての矜持も守られたのに。

 なんだか薬屋に片足ツッコんでいる気がして、複雑な気持ちだ。


 でも、今はそんなこと言っている場合じゃない。

 大切なのは少女の命だもの。


「それじゃあ、いっくよー」


 リリウムブランが固まるくらいの温度になったら一度味を確認してみよう、という話でまとまったので、ハロルドさんの魔法でボウルごとゆっくり冷やしていく。


 別に何度でも良かったんだけど、念のため、気になる事は試しておこうとハロルドさんが言ったのだ。元々それくらいまで冷やす予定だったしね。


 今のところ変化は見られない。

 このまま普通に冷えるだけかな、と思っていたのだけれど。


「そろそろだね。固体にならないよう気を付けないと……ん?」

「あ、ちょっと固まっていませんか!? 駄目です駄目!」

「うわわわわ、ストップストーップ!」


 慌ててハロルドさんが魔法を解除するが、液体は固まってしまった。というか、プルプルと震えている気がする。

 これはまるで――。


「ゼリー?」

「なに? ぜりい?」

「ぜり……ふむ、菓子の一種か。興味深いな!」


 私に掛けられた翻訳魔法が、二人の脳内にゼリーの概要を流し込んでくれたらしい。本当に便利な魔法である。


 いつの間に出したのか、尻尾をぶんぶんと大きく振るマル君。お菓子と聞いてテンションが上がったのかな。いつも尻尾を出してくれていたら、表情も読みやすいのに。


 私はボウルを持ち上げて揺らしてみた。

 やっぱり表面がプルプルと震えている。ゼリーになってくれたら、とは思ったけど、まさか本当になってしまうとは。


「味見、してみます?」 

「もちろん!」


 瞳を輝かせて頷くハロルドさんにスプーンを手渡し、私たちはそれを一口すくってみた。


 奥が透けるような透明感と、ぷるんと震える弾力は、どこをどう見てもゼリーそのものだ。しかも全てが完全に固形化しているわけではなく、少し水分も残っている。このおかげで、口に含むとつるりと口の中を滑っていった。


 コクのある甘味がふわっと広がったと思えば、柑橘系に近い爽やかな酸味が洗い流してくれる。おかげで後味サッパリだ。

 蜂蜜アロエゼリーみたいな感じかな。


 食べやすさ、味、共に問題なし。


「ハロルドさん!」

「ふふ、満足いくものが出来上がったみたいでなにより。ってか、美味しいねこれ!」


 なんだ。私が納得いっていない事、気付いていたのか。

 私は少し恥ずかしくなってハロルドさんから視線を外した。


「さて、こちらの準備は整ったわけだ。どうする? リン」


 戦いを仕掛けるなら電光石火。ハロルドさんの得意戦法だ。

 とは言え、聖女様たちの体調も考えなくてはならい。二人が万全な状態でないと、いくら体内浄化を試みても成功確率は落ちるだろう。


 これがラストチャンス。

 絶対に負けられない。


「ハロルドさん、ライフォードさんに連絡を。そちらの準備が整い次第、攻勢に出るとお伝えください」

「オッケー。ちょっくらライフォードを捕まえて話してくるよ。僕個人としては明日くらいに攻め込みたいんだけど」

「聖女様たちには今日ゆっくり体を休めてもらって、体力を万全にしてもらうって事ですね。了解です。こちらは念のため、マル君と一緒にゼリーの量産を……」


 マル君に許可を貰おうと、顔を上げて彼を探す。

 彼の姿はすぐに見つかった。なぜか、スプーンを片手にボウルと睨めっこしている姿だったが。尻尾は真っ直ぐ水平に伸びている。


「マル君!?」

「ハロルド、時には罠だと分かっていても飛び込まなくてはいけない時があるんだ」

「いやいや駄目に決まってるでしょ! 死ぬよ!?」


 私とハロルドさんはマル君の左右に回り、二人がかりで彼の腕を固定する。しかし、さすが魔族様。非力な料理番と腕力に自信のない店長とでは、赤子の手を捻るようなもの。

 ぴくりとも動かない。


 マル君はスプーンを握る手に力を込め「でも、美味いんだろう? ぜりい……」と、切なげな視線をよこした。


 これ、駄目なやつでは。


 誰が餌を前にした子犬だ。今のマル君の方がずっとそれに近い顔じゃないですか。押しきられてしまいそうな感情を必死で繋ぎ止め、私はハロルドさんに助けを求めた。


 美味しいものへの執念が強すぎる。


「リン、絆されちゃ終わりだからね! とにかく説得! 説得するしかないよ!」

「わ、かりました。マル君、とにかく落ち着いてください!」


 ハロルドさんと二人で「マル君がいなくなっては困る」「傍に居てください」「また別のデザート作ってみるので」と必死に説得を繰り返し、そして、ハロルドさんの「味覚共有魔法で味なら体験させてあげられるから!」という一言で決着したのだった。



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