82、本当、性格が悪い
「試してみるといっても、店の中で雷ぶっ放すわけにはいかないですし……」
「ふっふっふ、誰に向かって言っているの? ここで重要なのは、リリウムブランが怖がっているのは雷自体なのか、雷の音なのかって事だね。リンの魔力すら嫌っているから、前者の可能性が高いけど……」
つまり実験だよ、とハロルドさんはコインを一枚ポケットから取り出した。
なるほど。ただ雷を落とせば良いと思っていたけれど、それだと場所を選ぶところから始めなければならない。
店の近くだと、またよからぬ噂が広がる可能性もあるし。
これ以上レストランテ・ハロルド、ひいては魔女様にマイナスイメージを受け付けるわけにはいかない。今でさえ店長を差し置いて店を仕切っているだとか、人間のペットを飼っているだとか、不名誉な噂がくっ付いているのに。
晴天の空から雷が落ちた、なんて超常現象も良い所だ。
誰も見ていない店内だけで完結するなら、それに越した事はない。雷の音が不要なら、リリウムブランのすぐ傍に電流を流せばいいだけだものね。
「このコインを目印にして、いつものように電流を飛ばせばいいんですね?」
「さっすがリン! 理解が早くて助かるぅ」
ハロルドさんはリリウムブランの隣にコインを置くと、マル君の背を押してテーブルから少し離れた。
魔物に向かって打つ時は百発百中だけど、無機物はちょっと難しい。生き物と違って電流が流れているわけじゃないから、それをマークして魔法を打つという手が使えないのだ。
とにもかくにも私の腕次第。
緊張で指先が震える。
「テーブルにも周囲にも、もちろんリリウムブランにも防壁を張っておくから、黒こげにしちゃう心配はしなくて良いよ。僕もマル君も、自分の身は自分で守れるし。ね?」
「当たり前だ。誰に言っている」
「ありがとうございます。……ふぅ、よし!」
ちょっとくらいの失敗なら余裕で受け止められるよ、と言わんばかりの盤石な体制に頭が下がる思いだ。普段はあれだけど、やはりハロルドさんは優秀な上司だと思う。
安心感が違う。
「では、セット」
簡略化した呪文を唱え、指先に魔法陣を描く。後は命令コマンドを仕組んだ魔力を流して打ち出すだけだ。
大丈夫。大丈夫。落ち着いて。
私はしっかりとコインに狙いを定め、魔法を放つ。
パリパリ、と指先から放たれた電流。
それはバッチリとコインに命中――すると思いきや、直前で少々狙いがぶれてテーブルへと直撃した。
ほんの二、三ミリ。それでも失敗は失敗だ。
ハロルドさんが張ってくれた防壁のおかげで、直撃したテーブルには焦げ一つない。それだけが救いだった。
「うぅ、あともうちょっとだったのに」
「何言ってんの。いつものノーコンが嘘みたいに成長したじゃん!」
偉い偉い、とハロルドさんは私の頭をぐしゃぐしゃ掻き混ぜてくる。なかなか褒め上手だな、この人は。
駄目だと思ったら突き放す冷淡さはあるけど、いけると思ったらしっかり面倒を見てくれるのよね。お城で働いていたらしいけど、評価は真っ二つだったと思う。分け隔てなく親切だったら、もっと評判も良かったんだろうけど。
まぁ、皆に優しいハロルドさんっていうのも、それはそれで気持ち悪いか。
「さて、リリウムブランの様子はどうかな」
私はハロルドさんと一緒にリリウムブランの様子を覗き込んだ。
表面の光沢が歪みはじめ、じんわりと水滴に変化していく。
時間がかかるのかなと考えた瞬間、それは一気に溶けだし、大きな雫となって花弁から剥がれ落ちる。
しかし地面――テーブルへたどり着く前に霧散し、空気にとけて消えた。
リリウムブランによって無理やり固められた存在だ。
本来あるべき姿に戻ったのだろう。
「良かった、大丈夫そう。雷の音ではなくて、その存在自体を苦手としていたんですね」
「よしよし、ここまでは順調だね。僕の仮説は正しかったというわけさ!」
「お前ら、悠長に会話している場合か。再コーティングが起こる前に事を済ますぞ」
一人冷静なマル君。
いつの間に準備したのか、量りとお皿をテーブルに並べ、さくさくとリリウムブランを秤量し、必要なナチュラルビーの蜜を計算。使う分の蜜をボウルに入れて、私に手渡してきた。
この手際の良さ。
更には「さっすがマルくーん! 優秀!」とご機嫌なハロルドさんの首根っこを掴んで、リリウムブランから引き離してくれた。
リリウムブランは周囲の魔力を取り込む。魔力量の高い二人が傍に居ると、コーティングが早まるという配慮だろう。
ハロルドさんじゃないが、「優秀!」と親指を立ててグッジョブサインをしたくなる。
「普段は魔力をコーティングに利用しているみたいだけど、さてさて、この蜜はお気に召すかな?」
ここからは正しく力業だ。
確かにリリウムブランの花弁が、普段コーティングに使用しているのは魔力。でも、ステータス画面の注釈をみるに、コーティング素材の指定はない。
「ふふふ、無理やり固めてコーティングにしちゃえばいいんですよ。魔力も込められているから、余計に固まりやすいでしょう」
この魔力を込めたナチュラルビーの蜜、実は15度にして細かい振動を加え続けると固まるという性質がある。
だから、うっかり15度になってしまわないよう、普段は冷蔵庫で冷やしているのだ。
「わー、顔が怖いよリンさん。……まぁ、実はそれだけじゃないんだけど」
冷やすため少し離れたところで魔法陣を展開しているハロルドさんの口から、意味深な言葉が発せられる。
どういう意味だろう。
気になって振り向くと、隣にいたマル君から「集中」と短いお叱りが飛んできた。
そうですよね。失敗したらまた一からやり直しだ。
今はハロルドさんに惑わされている場合じゃない。私はリリウムブランの花弁を菜箸で摘まみ、一つ一つ丁寧に蜜を纏わせていく。
すると――。
「あれ? なんか様子がおかしくないですか?」
リリウムブランが一回り大きくなっているような。
私は首を傾げながら、花弁を摘み上げた。
うん。やっぱり大きくなっている。例えるなら、空気をパンパンに入れ過ぎて破裂寸前の風船だ。心なしか、蜜の分量もへっている気がする。
――まさか、纏うんじゃなくて吸い込んでる?
ちょっと待って。それじゃあコーティングに利用できないじゃない。
「ハロルドさ――え?」
二人に助けを求めようと口を開いた途端。
リリウムブランがパチンと弾けた。
「は?」
何度も言うが、パチンと弾けたのだ。
とろりと粘度のある液体が箸の隙間から滑り落ち、すとんとボウルに落っこちた。
なんだこれは。どういうことなの。
リリウムブランが、表面の薄皮だけを残して液状化してしまったんですけど。
「え、え、ええええ?」
「なるほどなるほど、そうくるかぁ」
「そうくるかって、ハロルドさん!? まさか予想してたんですか!?」
ハロルドさんは「まぁ、ある程度は」と頷いた。
「さすがに液体化するっていうのは予想外だったけど、何かしら起こるだろうとは思っていたよ。リリウムブランがコーティングに利用できない魔力は、雷のほかに聖魔法系も当てはまるって仮説を立てていたからさ」
「そういう事は先に――って、聖魔法系?」
「そうそう。だって、聖魔法を利用できたのなら君が削っている時点で……――あー、いや、ええと、僕の独自調べだよ! あはは! 君が頑張ってる間にね、僕も頑張っていたわけだよ! さすが僕!」
また何か誤魔化したな。
この人は面倒くさい事や、自分が分かっていたら問題ない事などは、わざわざ説明しようとしないのだ。悪い癖だと思う。
私はきゅっと唇を噛んで、ハロルドさんを睨んだ。
「失敗すると分かっていたんですか」
「あれ? もしかして怒ってる?」
「今のはお前が悪い」
マル君はハロルドさんの頭を軽く小突くと、私の傍へ来てリリウムブラン――だった液体をじっと見つめた。
彼の言う通りだ。今のは大方ハロルドさんが悪い。
せめて、もう少し説明が欲しかった。希望から絶望に落とされるのと、覚悟して絶望に落とされるのでは、心構えが違う。
「ふむ、可能性を否定する気はなかったので、あえて口にしなかったという事か。相変わらず性格が悪い」
「マル君までそういう事いう」
「残念ながら、ほとんどの人間はそう言うぞ。なんせ魔族である俺が思ったんだからな」
「うぐ」
魔族であるマル君にまで性格が悪いって言われるの、相当だと思う。
怒りと憐みが混ざった視線を向けると、ハロルドさんは「そんな目で見ないでよ」と、頬を膨らませた。
そんな目以外で、どう見ろというんですか。
拗ねた子供ですか。
頼りになる時は良い上司なんだけど、やっぱりハロルドさんはハロルドさんだ。やる気ともう少しの親切ささえあれば、本当に完璧なのに。
マル君がフォロー役に回ってくれるなんて。彼が店にやって来たときには考えもしなかった。
「マル君、店からいなくならないでくださいね……」
「どうしたんだいきなり。疲れているのか? もふもふで甘やかしてやっても良いが、きっちり仕事をこなしてからな」
「え?」
「どうやら完全な失敗ではないみたいだぞ。この液体、まかり間違っても口にはしたくない」
マル君はボウルを持ち上げ、赤い瞳をゆるりと細めた。





