81、似てきた?
「ただ今戻りました!」
四、五本のリリウムブランを腕に抱え、レストランテ・ハロルドの扉を開ける。
まず飛び込んできたのはハロルドさんとマル君の姿。
彼らは真ん中のテーブルに陣取り、指先でリリウムブランの花弁を突いていた。
「いっそのこと潰してしまうか?」
「いやいや、それはさすがに駄目でしょ。おかえり、リン。珍しい花なのに、よくそんなに貰ってこれたねぇ。しかもあのダリウス王子から」
ハロルドさんの判断で昨日から臨時休業中の店内には、当然ながらお客さんの姿はない。
お手上げとばかりに床に突っ伏しているマル君は、私の顔を見るなり怪訝そうに眉をひそめた。
そういえば慌てて城から逃げてきたので、幻術を解くのを忘れていた。
私はすぐさまリィンからリンの姿に戻り、「私です、私」と彼らの元まで歩み寄った。
「ああ、そういえば渡していたな。変化の魔石なんて珍しいもの、よくもまぁ、ぽんと人にやれるな」
「君に言われたくないんだけど」
ハロルドさんは、自身の膝の上で気持ちよさそうに目を閉じているクロ君を撫でた。
警戒心ゼロ。もはやただの黒いもふもふだ。とても可愛い。
確かに自分の分身を、ぽんと押し付けてきたマル君にだけは言われたくないわね。
「小さいし、効果も限定的だからそんなに高価なものじゃないよ。それより、息が乱れているけど何かあった?」
「あはは、その、ちょっと、やらかしてしまって」
それは庭園に雷を落とし、王子を絶叫させてしまった後の事だ。
リリウムブランの様子を確認しようと膝をついた瞬間、王子に肩を掴まれ「逃げろ」と告げられた。
昨日の疲れからあまり頭が回っておらず、リリウムブランのコーティングの事しか考えていなかった私は、何の事やらと首を傾げた。
「お前は馬鹿か! 雷と僕の叫び声で誰か来るに決まっているだろう! もう少し後先考えろ馬鹿! 良いから早く逃げろ! もう馬鹿! 寝ぼけているのか!」
「あ」
そこまで言われて、ようやく自分のしでかした事に気が付いて背筋が凍った。
そうだ。
ここは城下の町ではなく王宮で、隣にいるのは第一王子。気軽に雷を落として良い場所でも、相手でもない。
一週間分の馬鹿を浴びた気がするけど、それはそれ。
気にしている場合じゃなかった。
「疲れているのは分かった。この件は僕が収めておくから! 慌てて転ばないよう気を付けるんだな!」
そして王子は、手近にあったリリウムブランを数本引き千切り、私に持たせて庭園の外までご丁寧に追い出してくれたのだ。
「……というわけなんです」
王子のファインプレーがなければ大騒ぎになっていたかもしれない。
年下の子供に助けられるなんて。なんとも情けない話である。
がっくりと肩を落として椅子に腰かける私に、ハロルドさんとマル君の二人は揃って手を差し伸べてきた。
慰めてくれているのかな。珍しい事もあるものだ。
ほんのちょっぴり感動しながら顔を上げると、二人は微笑んで――ではなく、唇を弧に釣り上げてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「あの……」
「おめでとう。お前も随分とこちら寄りになってきたじゃないか」
「歓迎するよ! いらっしゃぁい!」
「嫌すぎる!」
そうでした。こういう人たちでした。
片方は人じゃないけど。
私が二人を止めるストッパーにならなくちゃいけないのに、同類になってどうするの。
手に持ったリリウムブランを、ため息と共にテーブルへ置く。
「えー、何その溜息。傷付いちゃうなぁ」
「絶対嘘ですよね」
「あはは! ま、でも、君が意味もなく魔法をぶっぱなすとは考えにくいからね。雷が何かのヒントになったのかな?」
「え?」
「だって、反省はしているけど、悲壮感は漂っていない。でしょ?」
さすがハロルドさんだ。鋭い。
私はダリウス王子から聞きだしたリリウムブランについての情報――近くで落雷すると涙のようにコーティングが外れる――を話した。
慌てていたので完璧には確認できなかったが、雷が落ちた直後、リリウムブランの表面は溶けていたように思う。
店に戻る途中で復活してしまったため、今は元通りになっているけれど。少し前までは、確かに表面がどろどろしていたのだ。
「なるほど。だからリンの魔力だけコーティングされなかったのか。でも、雷が落ちるってだけでも稀なのに、リリウムブランの近くに落ちて、しかもそれを見ている人間がいないと分からないなんて、そりゃ今まで解明されてなかったわけだよ」
「そもそも、近くで雷が落ちたのに花に注視する人間など普通いないだろう。なんというか、この時代はおかしな人間が多すぎるな。実に飽きん!」
マル君はハロルドさんと私を順に見た後、心底可笑しそうに笑った。
待ってください。私も仲間に入っているんですか。
「そんな顔するなよ、ご主人様」
「そんな顔させているのは誰ですか、もう!」
「ははは! さて、さっそく試してみるのだろう? リリウムブランのコーティングが外れたからと言って、蜜が馴染むとも限らん。さぁ、やろうか」
上手く逃げたな、この。
マル君はそそくさと立ち上がると、店の奥からナチュラルビーの蜜を持って来てテーブルに置いた。