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幕間「ダリウス王子とリィン」後編



 ダリウスが裏庭の庭園へたどり着くと、リィンは既にそこにいた。


 誰が使用するわけでもないのに、未練たらしく設置したままになっていた木造のガーデンベンチ。

 ぽかぽかと暖かい日差しが降り注ぐ中、彼女はそのベンチに座って穏やかな寝息を立てていた。


 ダリウスはほっと胸を撫で下ろしてから、リィンの隣へ座る。


「はは、だらしない顔だな」


 気持ちよさそうに眠っている彼女を起こす気にはとてもじゃないがなれなかった。きっと、自分の知らない所で頑張ってくれているのだろう。

 だから、もう少しだけこのまま寝かせておいてあげよう。


 さらさらと揺れるアッシュブロンドを手ですくい、そっと唇を落とす。


 ――知っているさ。これは幻覚なんだろう?


 背後にいるであろう自称天才魔導師の顔を思い浮かべて、ダリウスはふん、と鼻を鳴らした。

 まさかあいつに感謝する日が来ようとは。

 人生何が起きるか分からないものだ。


 最初から何もかも間違えた馬鹿な男には、偽物くらいで丁度いい。この姿も、この関係も、何もかもが偽りだけれど、そうでなければ近づく事すら出来やしない。


 初めてあった時、デリバリーやらアイドルやら、この世界にない言葉をぽんぽんと口にして。迂闊にもほどがある。

 脳内で自動的に翻訳が実行され、瞬時に理解した。

 高度な翻訳機能を掛けられている人間は、聖女たちを除いてただ一人。


 全ては国のため。小事は切り捨てる。自分は彼女を切り捨てた。

 今更だ。

 今更これほどまでに胸焦がれようとは。


「どうかこのまま騙し続けて欲しい。どれだけボロをだそうが、君がただの市民だと言うのなら僕はそれを信じよう。君がリィンである限り、僕は君をリィンとして扱おう」


 そうしなければ、側にいることすらできない。


 もしあの時、君を聖女だと認めていたら。もしあの時、君を城に招き入れていたら。もしあの時、もっと誠実な対応がとれていたら。

 もしもばかりが溢れかえって息が苦しくなる。


 ――もしも僕が、王子じゃなくてジークフリードの立場だったら。


 ダリウスは大きく息を吐いて、髪を掻き上げた。


「駄目だ。全然思い浮かばないな」


 結局のところ、どう足掻いたって過去は変わらないし、彼女と親しく笑いあえる未来など存在しない。精々今の関係が上限値。

 そもそも、これ以上を望む方がおこがましいのだ。

 それくらい酷い事を、彼女にしてしまった。


 人は間違えたのなら謝るべきだ。

 しかし、それが許されぬ立場もある。王とはそういうもの。そうやって育てられた。


 小さな事ならば謝りもしよう。しかし、聖女召喚の儀で間違いが起きましたでは許されない。

 聖女とは民衆にとっての希望。

 国の骨幹を揺るがす大事態になりかねない。


「個人的な謝罪なら君の気が済むまで頭を下げよう。そんなものに、価値があるかは分からないけど」


 ふ、と自嘲めいた笑みが漏れる。


「君は優しいから、僕が謝ったら表面上は許してくれるかもしれない。でも、たぶん、もうこんな風には会ってくれなくなる。今の僕にはそれが耐えられない。だからもう少しだけ知らないふりをさせてほしい。この気持ちにけじめがつけられるまで」


 君に、二度と会わない覚悟を決めるまで。

 君に、ちゃんとさよならを言えるまで。


「弱くてごめん」


 よほど疲れているのか、話しかける程度では起きる気配すら見せない。

 たまにむにゃむにゃと唇が動いて「じ、く、……と、さん」と、寝言を漏らす。何の夢を見ているのか一瞬で理解し、チクリと胸が痛んだ。


 ――夢の中まであいつ一色とは。


「ほとほと勝ち目がないよなぁ」


 笑えるくらいの負け戦にダリウスは空を仰いだ。


 こんな鬱屈とした気分でも、空は変わらず青かった。

 突き抜けるような青空が、どこまでも、どこまで続いているような気がして、思わず手を伸ばす。


 眩しいくらいキラキラと輝く太陽も、穏やかに流れる雲も、澄み切った青空も、何もかも触れられやしない。

 虚空を掴んだ手はだらりとベンチの上に落ちた。


 ふと隣を見ると、リィンの身体がずりずりと横に倒れかかっていた。背もたれしかないベンチの上だ、眠ったままではバランスがとり辛いのだろう。


 ダリウスは急いでリィンとの距離を詰め、彼女が倒れてしまわないよう肩を差し出す。そしてすぐ、ダリウスは身体を強張らせた。

 振り向けば真横にリィンの顔。首筋にかかる小さな吐息。


 ――マズイ、だろ。これ。


 ダリウスは心臓の辺りを服の上からぎゅっと握った。耳が熱い。心臓が早鐘のように打つ。こんな感情今まで知らなかった。


 たった数十分の短い逢瀬。それだけで何が分かるのかと言われればそれまでだが、王子としての重圧を少し剥ぎ、はりぼての虚勢を壊してくれた。

 それだけで十分だった。

 恋をするのに、これ以上の理由なんてない。


「好き、だ」


 堪えきれなくなった言葉が、ぽつりと零れた。

 不思議な気持ちだ。


 好きという言葉を口にするときは、もっと多幸感を味わえると思っていたのに。恋とは、ただ幸せなだけではないのだな――と、ダリウスは知った。

 憧れていた古の聖女と王族との恋物語は、結局のところ他人の物語でしかない。


 ダリウスは少しだけリィンの方へ首を傾けた。


 ――恋の言葉を生涯君相手に口にする事はないだろう。困らせるだけだと知っているから。


「ありがとう――……リン」 


 それでも。それでもいつかこの言葉だけは、本当の彼女に面と向かって言えるように。真っ直ぐ、彼女の目を見て言えるように。


 彼は心の中でごめん、と謝りながらしばしの間目を閉じた。





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