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78、削って削って



 私はカウンターに駆け寄って、花瓶ごとリリウムブランを抱きかかえる。そして、私の行動を見守っている二人の元へと急いで戻り、テーブルの真ん中にドン、と置いた。


 オパールのように、光の加減でゆらゆらと色味を変える花弁。まるで宝石だ。たった一輪でも、吸い込まれてしまいそうな輝きがある。


「最初に食べた時、特殊な効果はあっても使用に難あり、と思っていたんです。でも、これを何とか使える形に持っていけば――」

「食べたんだ」

「食べたのか」


 ハロルドさんとマル君から、同時に冷ややかな視線を向けられた。


「なんですか、その目は」


 仕方ないじゃないですか。


 食材の効能が分かるという特殊能力を最大限発揮するためには、一度食べてみる必要がある。

 気になった食材は口にして、今後のレシピに役立てたいと思うのは、料理番として当然でしょう。


 だから、そんな「もう少し考えて行動しなよ」「こいつ何でも食うんだな、子供か」みたいな目で見られるのは心外です。


 今回、それが功を奏して行き止まりを打ち砕いたようなもの。いわばファインプレーだ。

 褒めてくれても良いと思うんだけど。


「これ、あれでしょ。昔召喚された聖女が気に入っていたっていう花。君が貰ってきた時は、ビックリしたよ。まさか王都で目にするとは思わなかったもん」

「昔はそこらじゅうで見かけたものだが」

「いつの話だよ、いつの。……で、さ。これにはどんな効果があるの?」


 ハロルドさんはリリウムブランの花弁を容赦なくぶちりと千切って光にかざした。キラキラと反射する花弁と同じように、彼の瞳も好奇心で輝いている。

 さすが。花より団子ならぬ、花より効能ですね。

 もっとも、私だって人の事は言えないのだけれど。


「まず、このリリウムブランには効果が二つあります」

「二つ?」

「ええ。そのキラキラしているコーティングの部分と、中身の柔らかい部分は別物と考えられるからです。コーティングは『魔力のみ回復、小』。そして中身が『聖魔法効果増幅、大』、です」


 聖魔法効果増幅、という言葉にハロルドさんの眉がピクリと動いた。とは言え、今までの流れからおおよその見当はついていたのか、驚きとしては平坦な反応だ。

 ちょっと物足りない。

 まぁ、相手はハロルドさんだものね。大袈裟な反応を期待するだけ無駄である。


 彼は考えを巡らせるように視線をぐるりと一周させた後、「でもさ」と口を開いた。


「使用に難あり、なんでしょ? 君がそう判断するくらいだ。特別面倒くさい制約でもあったりするんだろうね」


 さすがハロルドさん。

 話が早い。


「残念ながらその通りです。花弁なのですが、これには『効果はコーティングを元にされる』と注釈があるんです。ですから、花弁の効果はコーティングに作用し、コーティングの効果が人に作用するみたいなんです」

「はっはーん。つまり?」

「ええ。つまり、頑張って周りのコーティングを削りましょう! おー!」


 これが私の考えた作戦――コーティングに作用するなら、コーティング自体を変えれば良いじゃない作戦、だ。


 まずは周りのコーティングを全て削ぎ落として花弁を丸裸にする。そして、その花弁にナチュラルビーの蜜を薄くかけて固めれば、少ない分量でも聖魔法『浄化』の効果を高められるはずだ。


「こりゃ骨が折れそうだ」


 口では文句を言いつつ、大人しく席についてくるくるとリリウムブランを転がすハロルドさん。どの辺りから削れば効率が良いか考えているのだろう。


 こういった面倒な作業を嫌うマル君だが、逃げる前にハロルドさんに服の裾を掴まれ身動きが取れなくなっていた。

 よし。ナイスですハロルドさん。

 恨めしそうなマル君の表情はこの際無視です。無視。時間がないのだから、労働力を減らすわけにはいかない。


 そして私たちはリリウムブランのコーティング剥しに取り掛かるのだった。



 しかし、数十分後。


「リン。これちょっと僕は無理かも」

「同じく」


 花弁を傷つけないようスプーンとナイフを使ってコーティングを削っていた私に、男性陣からギブアップの声が寄せられた。


 さすがに忍耐力がなさすぎるでしょう――と、彼らが持っているリリウムブランに目をやって、私は間違いに気づいた。


 ハロルドさんもマル君も、私と一緒にコーティングを削っていた。たまにサボっていないか確認するため、こっそり仕事ぶりを覗き見していたから、絶対に間違いはない。


 だというのに、彼らの持つ花弁には傷一つ見当たらなかった。

 それどころか、削っていた場所に、新しいコーティングが張り直されているのだ。それも、先程のとは段違いに美しいコーティングが。


 ハロルドさんの手にある花弁は、一部分だけがキラキラと眩いばかりに光っている。もともとオパールのような輝きを持っていたが、それとは明らかに違う。

 まるでダイヤモンド。それも、理想的な輝きを放つようカッティングされたものに近い。


 反対にマル君の手にあるものは、一部分が真っ黒に変色していた。

 海底に沈んでもなおほの暗い輝きを纏うブラックパールみたいだ。静かながら力強い輝きに満ちている。


「……宝石加工工場か何かですか、ここは」

「このリリウムブランって花。さすが聖女が気に入っていただけあって凄いよ。たぶん、周りの魔力を吸い取って固形化――コーティングして花弁を守っているようだね。魔力の質にも色々あるからさ、僕はこういう色が出たってわけ」

「普段は空気中の魔力を固形化させているのだろう。俺もハロルドも魔力量は多い。削るスピードよりもこいつのコーティングスピードが上回ったという事だな」


 二人はリリウムブランをテーブルに置くと、興味深そうに私の手元を見つめてきた。


 二人の推測が確かなら、私だって多少なりとも魔力があるわけだし、コーティング現象が起きてもおかしくないのだけど。幸い、私の持つリリウムブランは大人しく削られたままになっていた。


「おかしいなぁ。君の魔力量って多い方なんだけどなぁ」

「相性が悪かった、とかですか? 雷ですし」

「うーん。今の段階じゃなんとも言えないかな。どうする?」

「やりますよ。もちろん!」

「一人で大丈夫?」


 少し心配げなハロルドさんの声に、私はもう一度力強く頷いた。

 私しか可能性がないのなら、頑張るしかないでしょう。一人きりになったって、やりきってみせる。



 それから私は黙々と削り続けた。

 日が落ち、夜が深くなっても手は止めなかった。

 これで少女の命が救えるのなら、疲労など感じている暇はない。


 ハロルドさんやマル君の言った通り、このリリウムブランという花は周囲の魔力を集めて固形化し、コーティングに変えているようだった。

 でも、どうやら私の魔力を利用することは出来ないみたいで、彼らのように宝石工場と化すことはなかった。


 まぁ、それでも私の魔力を利用できないだけ、だったのだが。


「そうよね。空気中に魔力が含まれている以上、元通りのコーティングには戻っていくわよね……」


 私が3削れば2コーティングされる、という状況。

 まるでイタチごっこだ。


 朝の光が差し込んで、眩しさに目が潰れそうである。徹夜なんていつぶりだろう。ガルラ火山遠征について行くと決めたあの時以来かもしれない。


「駄目だ……こんなんじゃ、時間が足りない……。何か、別の方法を……、一気にコーティングを剥がせる方法、とか……ない、かなぁ……。これ、王子に貰ったものだから、彼なら何か……」


 ――ん? ダリウス王子?


 思考に霞がかかって薄ぼんやりとしている。

 眠い。とんでもなく眠い。

 ああ、でも、何か思い出さなくてはならないものがある気がして、私は必死に頭を動かした。


「今日って何日……あ」


 その時、私は大事な用事を忘れている事に気付いた。


「あああ! 今日ってダリウス王子と約束している日じゃない!?」



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