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幕間「ハロルドの寝室にて」



 窓を開けると柔らかな夜の風が吹き込んできた。

 ハロルドの髪がさらさらと風に揺られ、そのつど絡みあっては流れていく。いくら風に弄ばれようと絡まりきらない真っ直ぐな髪は、彼の性格を体現しているようだった。

 誰にも制御は出来ない。心の赴くままに生きる男。

 唯一の光源である月光を浴びて、金色の瞳がいっそう妖艶に輝いた。


「やぁ、ジーク。もう寝たかい?」


 自らはベッドの上で寛ぎながら、床に転がっている男へと声を落とす。男――ジークフリード・オーギュストは枕を抱きかかえながら身体を起こした。

 普段は騎士服に隠れている均整の取れた美しい肉体が、惜しげもなく晒されている。さすがに下半身は黒のズボン下を着用していたが。


 リンが見たら卒倒するに違いない。ハロルドは心に落ちてきた(もや)のような気持ちに蓋をして、彼を真っ直ぐに見つめた。


 王族に次ぐ権力をもったランバートン公爵家の子息でありながら、こうも自然に床で眠れるとは可笑しな男だ。知り合ったばかりの頃は意外に思ったが、今ではもう何の感慨もわかない。彼は努力の人間だ。仕事に埋もれて床で仮眠を摂る事が日常茶飯事になっている。

 だからといって、ジークフリードを自室に泊まらせておきながら、床を寝所として提供する者はハロルドくらいであろう。二人の関係性だから成せる業だ。


「本当にランバートン公爵家に一報入れなくて良かったのかい?」

「朝帰りなど日常茶飯事だ。問題ないさ」

「そういうところが勘違いされる所以だろうに」


 ジークフリードは朝帰りが多いと、王宮でももっぱらの噂だった。彼の兄――第一騎士団長ライフォード・オーギュストが真面目な男だったのも原因の一つだろう。周りの評価は「真面目で優秀なライフォード」と「軽薄ながら仕事は出来るジークフリード」であった。

 もっとも蓋を開けてみると、常日頃から与えられた仕事をきっちりこなすライフォードに対し、不真面目そうに見えて面倒な仕事を積極的に引き受け仕事漬けのジークフリード――見えている角度が違うだけで、向かっている方向は同じだったのだ。比較する方が馬鹿らしい。


 しかし、彼の朝帰りが仕事所以のものだと周りの者は気付かない。ジークフリード自身が巧妙に隠し通しているからである。目を掛けられない方が楽だ、というのが彼の弁だ。知っている人間だけが知っている。それがジークフリードという男だ。


「それで? 何もないなら眠りたいのだが」

「ちょっと報告とご相談があってね、騎士団長さま」

「やめてくれ。あなたに言われるとむず痒い」


 暗に責められている気がした。分かっている。ただの被害妄想だ。

 ハロルドは自由人だが良心が死んでいるわけではない。人間の心は保っている。実験と称して無茶を要求する事はあるが、甘えられる相手はしっかりと選んでいるつもりだ。

 だから。だから少し、リンや聖女候補たちには思うところがあった。


「ジークフリード、君はさ。僕を怒っているかい? 不誠実だと」

「どうだろうな。あなたは騎士団を離れる交換条件として儀式の復活を依頼された。だから依頼を完遂したあと、騎士団を離れるも残るもあなたの自由だ。あなたが悪いのなら、儀式を止められなかった俺も悪い」

「お前も甘いなぁ。僕は僕の自由のために、彼女たちを犠牲にしたようなものだ。……なのにさぁ」


 リンは怒っていないと言った。むしろ死ぬところを召喚によって助かった、だから第二騎士団長にお礼が言いたいと。嘘なのか真なのかは分からない。いや、真偽などどうだって良い。ハロルドは彼女の微笑みに救われた。それだけだ。


「安心しなよ。彼女は僕が守ろう、何に代えてもね」

「……驚いた。あなたの口から守るという言葉が出るなんてな。魔導騎士のくせに前線出たがりのバーサーカーだったはずだが?」

「失礼な。僕は後衛でも皆のサポートや回復を完璧にこなせたはずだよ? なんたって天才だからね。もっとも、リンを守るならバーサーカーでも問題ないと思うけどさ。攻撃こそ最大の防御っていうだろう?」


 怪訝な面持ちでため息を吐くジークフリード。

 戦場で縦横無尽に駆けまわっては魔物と一緒に周囲迄も破壊する、暴風の様な第二騎士団長の尻ぬぐいを長年務めてきたのだ。軽率には頷けないのだろう。


「その件については留意しておく。だが、さすがに騎士団から離れたあなたに全てを任せるわけにはいかない。王宮的には限りなくゼロではあるがゼロではない聖女候補、となっているからな」

「分かったよ。まったく、もっと頼りにしてくれても良いのにな。……それにしてもゼロに近い、かぁ」

「何か思うところでも?」

「彼女は不思議な力を持っている。食材のステータスが見えるらしいんだ。僕すら知らない魔法だ。いや、そもそも魔法なのかすら怪しい。そしてここからが本題なんだけど――」


 ハロルドの雰囲気が一変する。

 天才故か、平時から人をからかって楽しむ癖があり、決して余裕を崩そうとしなかった彼の表情から、笑みが消え失せる。


「夕食の時、君に掛けた魔法。手加減なんてしてないよ」


 凍えた金の瞳は遠くを見つめるように細められた。獲物を射抜く狩人の目だ。腐っても元第二騎士団長。天才魔導騎士、ハロルド・ヒューイットその人である。


「料理程度の火傷防止だろう? そんな効果あるわけが……」

「補助も補強もないただの火炎魔法だから、本気で突き抜けようと思えばできない事もないけど……。料理にしては破格の効力だと思う」


 この世界における料理とは生きるために食すものの意味合いが強く、食事処に赴く時は薬に頼るほどでもない、又は薬を買えるだけの手持ちがない場合に利用されていた。当然、効果は薬よりも何倍も落ちるが、安価である。

 また、体力回復以外の効果をもつ料理はまれで――ハロルドは薄々気付いていたが――ただ効果のありそうなものを無作為にぶち込んでいれば効果が表れる、というものでもなかった。

 リンが言っていたパーセンテージ。あれは彼女が意識しているよりもずっと重要なものだ。


「店のメニューに入れる気か?」

「そんな怖い顔してないでよ。今は出来ない。安価であんなの出しちゃうと薬師の利権を脅かすことになるからね」


 薬師を束ねる薬師連盟と縦のつながりを持っているのは、ランバルト王国の王族だ。薬師になるための試験を行い、薬屋を出すための規則や薬の値段などを定めて管理している。

 騎士団が使う薬の斡旋など販売ルートも掌握しており、よほど地方の薬屋でない限り平等に売れるよう根回しされている。そしてその見返りとして、売り上げの一部は王族の懐へ入っているというわけだ。

 薬の単価が高い理由の一端がこれだ。単価が落ちれば売り上げが落ちる。売り上げが落ちれば懐に入る額も落ちる。価格競争など起こるはずもない。


 もちろん、直接王族が管理しているわけではなく間に専用の機関を設けているのだが、名目上の最高責任者は当然王族である。現在はランバルト王国第一王子ダリウス・ランバルト。商才を磨くため、というのが建前上の理由らしい。面倒事にしかならないのは火を見るより明らかだ。王宮の内部事情にリンを絡ませたくない、と願うジークフリードの考えに頷くしかない。


 ハロルド自身、研究が出来れば食堂の売上はどうでも良い節があった。今まで騎士団長として働き、趣味である実験費用は全て公費で落としてきたため貯蓄は腐るほどある。聖女召喚の儀を成功させた今、追加で報酬金も払われるだろう。


「とりあえず報告はしたよ。当分は体力回復を重きに置いたメニュー作りをする予定」

「ああ、助かったよ。もしもを想定して対策は練っておく」


 今の今まで枕を腕の中から手放さなかったジークフリードは、それを抱きしめたまま床に敷いたマットの上に寝転んだ。元々寝起きの悪い男だ、明日の朝は大変な事になるかもしれない。


「それにしてもリンに関して君は過保護だねぇ。君の兄と一緒で浮名は徹底して流さないと思っていたけど、これはついに春来訪の予感かな?」

「ライフォードといっしょにしないでくれ。そもそも俺たちは厳密にいうと兄弟では――ああもう、面倒な話になった」


 ジークフリードは枕で自らの顔を隠した。


「俺は色々面倒なものを抱えすぎている。恋愛など、できるはずもない」


 まったく、生きにくい性格をしているものだ。

 ハロルドは窓から空を見上げる。濃紺の絨毯の上に散らばった大小さまざまな煌めき。まさに今にも落ちてきそうな満天の星空だった。



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