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77、光明



 体内から浄化していく。


 確かに、敵が外側の守りに徹しているのならば一番の対処法だ。けれど、そう上手くいくのだろうか。ハロルドさんの言い方が楽観的だから惑わされそうになるけど、越えなければいけない問題は山積みのはず。


「呪詛を浄化するための素材探し、弱った体でも取り入れられる調理方法。最低でもこれらを一週間足らずでクリアしなければならない。お前の事だ、理解していないわけではあるまい?」

「当たり前じゃん。僕を誰だと思ってるの?」


 マル君の問いかけに、ハロルドさんは不敵に笑って席を立つ。そして、迷いのない足取りで調理場までやってくると、魔法で冷気を閉じ込めた疑似冷蔵庫を開いた。


 ふわり、と冷気が白いもやとなって空中を漂う。


 基本的にレストランテ・ハロルドで使う食材が仕舞われているそれだが、一番下の小さなスペースだけ、ハロルドさん専用の保管庫となっていた。


「これを使うってわけさ」


 ハロルドさんは私たちの傍まで戻ってくると、疑似冷蔵庫から取り出したものをテーブルの上に置いた。


 瓶に入った赤味を帯びた飴色の液体。

 ナチュラルビーの蜜だ。

 魔力を通してあるので、キラキラとラメのような輝きを内包している。


 夏場ほど日差しを気にする人が少ないため、使用機会は減ってきているが、それでもうちにとっては無くてはならない貴重な食材である。


「これ、いつも使っているのとは違ってね。ダン君がリンから無理やり奪って食べたやつの残りなんだ。なかなか興味深い研究対象だったから、残しておいたのさ」

「お前、本気か?」

「もちろん」


 マル君は眉をひそめ、蜜の入った瓶から逃げるように身体を引いた。

 何か嫌なものでも見る様な目つきだ。


「ダン君の態度が変わったのは呪詛のせいだ、ってリンには前に話したよね? では、その呪詛を退けたものは一体何だったのか? 彼自身、腹に穴は開いたけど目が覚めた、この蜜には特別な効果があってそれが自分を救った、って言ってたけどさ。それ、正解だったんだよね」


 ハロルドさんは瓶の蓋をトントンと指で叩いて、唇の端を持ち上げた。


「これなら、可能性はある」


 配分の問題はあるけどね、と付け足して、彼は私の肩を軽く叩いた。

 その辺りの事は私任せって事ですよね。

 

 食材のステータスが見えるという、私の特殊能力が重要となってくる。何せこのナチュラルビーの蜜、配分を間違えると最悪胃に穴があくレベルのマイナス効果が付与されるのだ。


「……ちなみに聞くが、これが毒に変貌する割合はどれくらいからだ?」

「一度確認します」


 ナチュラルビーの蜜は、日焼け防止効果のある特製ドリンクにも使用している。けれどハロルドさんは、ダンさんの胃に穴を空けた蜜をわざわざ保管していた。


 いつも使っているものと何か違いがあるのかもしれない。

 私はそう考え、改めて鑑定し直す。


 単体で食べる分には問題はないが、その場合効果は無し。手を加えて料理という形にしないと、効果は表れない。

 これは他の食材と一緒だ。


「大体、全体の20パーセント以上を占めると毒に変貌します。それから――あっ! 浄化効果、付いています! どうして? いや、今はそんなの後回しね。えっと、全体の29パーセントに近ければ近いほど効果を発揮します!」


 凄い。


 普段、ナチュラルビーの蜜には炎の魔力を通し、火の耐性を付けてから利用している。でも、浄化効果なんて付いていなかった。そんな珍しい効果がついていたら、いくら私でも記憶の片隅に残っているはずだ。


 どういうことなのだろう。魔力を通す時、私に内緒で何か特別な仕掛けを施してしたのかしら。

 まぁ、ハロルドさんならやりかねないけど。


「ん? 29パーセント? 待って。確か一番危ない分量って、確か……――ッ」


 私は慌てて画面を確認し、ぐっと唇を噛んだ。


 現実とはままならないもの。

 どうして光明が見えた途端、暗闇に包まれてしまうのだろうか。


「なるほど。近いか」

「はい。毒が、最大効力を発揮するのは……30パーセント、です」


 私は吐きだすように、喉の奥から言葉を絞り出した。


 最大、むしろ最悪の効果を発揮するのが30パーセント。ではギリギリ29パーセントの調整でいけるか、と言われれば首を縦に振ることは出来ない。

 なぜなら、その付近でも高いマイナス効果を発揮するからだ。


 最大の浄化効果を盛り込むためには、最悪に近いマイナス効果も同時に付与される、という事になる。


 毒の効果が薄ければ、まだ手の打ちようはあった。

 でも、これじゃあ――。


「ハロルドさん、これは諸刃の剣ですよ!?」


 私の叫びに、マル君が頷く。


「内側から崩すには、限界まで効力を高めなければいけない。しかし、効果を高めたければ毒を甘んじて受け入れなければならない。良薬は口に苦し、とは言うが、苦いどころじゃ済まんぞ。どうするつもりだ?」

「そんなの、一瞬で毒の効果を回復させるしかないでしょ」

「子供だぞ。呪詛に侵され、今でさえギリギリだというのに、持つかどうかは賭けだ」

「良くて4割かな。でも、可能性があるだけマシじゃない? 戦果的に言うと、上々だと思うけど」

「……お前」


 マル君は目をぱちくりと瞬かせたあと、小さくため息をついた。


 ハロルドさんの言葉は実に理性的だ。

 ゼロに近い賭け値が4割も回復したのだから、成果としては高い方。しかし、だからといって喜べるほど、人の感情は合理的にできていない。


 最初からそうだった。

 彼は自分も他人も、容赦なく実験対象として見ていた。今でこそ私が無茶をすると叱ってくれたりもするが、他人や自分の身体には基本的にドライな人なのだ。


 魔族であるマル君の方が、まだ人間的な反応を返してくれる。


「おい、リン。これは本当に人間か?」

「私に聞かないでください! でもハロルドさんがこういう人だって、貴方も知っているでしょう。ああもう! せめて、せめてもう少し確率を上げないと……」


 ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしり、両手で抱えるように頭を抱く。

 すると、急に上から重しが乗ったように体重をかけられた。

 マル君の手だ。


「ハロルドはこれ以上役には立つまい。ここが限界点だと諦めるか、その先を目指して完全な勝利をもぎ取るかはお前にかかっているぞ、ご主人様」

「分かっています、足がかりが見つかったのに諦めるなんてできません。まだ、時間はある。まだ、まだ、何か――」


 浄化の力は聖女の力。つまり聖魔法の力。

 この聖魔法の効果を増幅させる何かがあれば、少量でも効果が発揮されるかもしれないけれど。そんな都合の良い材料がポンと現れるわけが――。


「あ」


 ふと視線を上げたその先。

 観賞用にとカウンターテーブルに飾っておいた一輪の花。


 ゆらゆらと遊ぶように色味を変える、古の聖女が気に入っていたというリリウムブラン。


 確か、この花の効果は『魔力のみ回復、小』。

 そして『聖魔法効果増幅、大』。


「ああ!! あったー!!」



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