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幕間「規格外の食堂~そしてハンバーガー争奪戦~」



 お気をつけて、という優しい声を背に受けながら、梓とライフォードはレストランテ・ハロルドを出た。彼女の腕には大きな紙袋が抱えられている。


 中には六つのハンバーガー。

 これは凛に店のドアを開けられては困る梓が、彼女を遠ざけるため機転を利かせて頼んだ夜食である。しかし、ちょっと多すぎやしないだろうか。


 半分は何食わぬ顔でさらりと「私の分もお願いしますね。三つほど」と付け加えてきたライフォードのせいだから良いとして、残りの三つは全部梓用だったりするのだろうか。


 魔力の使い過ぎで体力が気絶寸前まで落ちていたので、驚くべきスピードと食欲で大量の料理を平らげた自覚はある。自覚はあるが、まだこれだけ食べると思われたのなら少しショックだ。

 ライフォードと同レベルではないか。


 ――せめて一個だと思うんだけどなぁ。大食いのイメージついちゃったかしら。


「君、今食べてきたばかりじゃないのか? まだそんなに……」


 横からスッと現れ、紙袋の中をのぞき見る男。

 ダリウス・ランバルト王子。


 透き通るような銀髪が風に乗ってさらりと揺れ、パープルの瞳が呆然と丸まった。綺麗な顔立ちをしているので、鑑賞物としてなら及第点をあげても良い。

 まぁ、一言でも喋ったら台無しなのだけれど。


 誰のせいでライフォードと同類にされかけていると思うのだろう。デリカシーはないのか。デリカシーは。


 梓は片手で彼の頬をぐいと押しやった。


「近い。邪魔。半分は団長さんのだし、そもそもあんたたちと凛さんが鉢合わせしないよう気遣ってあげたの。これはその結果。わかる? おかげで凛さんに「この人どんだけ食べるの?」みたいな目で見られたあたしの気持ちわかる? あの凛さんによ! へこむわ!」

「す、すまない。……じゃあ、君が食べるわけでは無いのか?」


 ダリウスの視線が紙袋に注がれている気はしたが、梓はぷいとそっぽを向いた。

 すまない、と謝れるだけ成長は感じられるが、それはそれ。今まで積み重なってきた数々の暴言などが頭を掠め、素直に優しくなんてできなかった。


 そもそも、簡単に許してしまっては、この程度だったと思われかねない。

 それは駄目だ。

 立場のある人間が他人を思いやれないなんて最低である。自分の間違いはしっかり心に刻みつけてもらわないと。失った信用は、簡単には取り戻せないのだ。


 もっとも、それは彼女にも言える事なのだけれど。

 ダリウスの陰に隠れている少女。自身を限りなく小さく見せるよう両足を折りたたみ、それを抱きかかえる形で俯いている。

 白の聖女、有栖だ。


「今の時期、外寒いでしょ。先に帰ってればよかったのに」

「別にこのくらいどうって事ないもん。わたしのせいなのに、梓を置いて一人で逃げ帰るなんてしたくないし……くしゅん!」

「ったく。あんたはもぉ、梓お姉さん、って言ってるでしょ。あーあー、こんなに手、冷たくしちゃってまぁ」


 しゃがんで膝の上に紙袋を乗せる。

 そして有栖の両手を掴み、ぎゅっと握りしめた。


「大丈夫だってば。くしゅん!」

「全然大丈夫じゃないじゃない。風邪ひいたらどうするのよ」

「十分前くらいからくしゃみが止まらないだけ。風邪なんてひかない」

「十分前くらい? ……そっか」


 梓は紙袋の中身を再度確認すると、なるほど、と頷いた。


 ――くしゃみ、凛さんに聞こえちゃってたのかぁ。


 という事は、だ。

 彼らの存在を気付かれないよう梓が頼んだ夜食は、結局のところ意味はなかったのかもしれない。


 ダリウス王子と有栖に苦しめられたのは、何も梓だけではない。

 むしろ「お前はいらない」とばかりに城を追い出された凛の方が、彼らに対して苦手意識を抱いているはずだ。凛が彼らに気付いたら気を悪くすると思って、気を使っていたのだが。


 敵わない。

 梓はふ、と小さく笑った。


「はい。これ。きっとあなたのよ?」

「え……?」


 紙袋からハンバーガーを一つ取り出して、有栖に渡す。


 許すとも許さないとも言っていないから、王子と有栖用の料理が用意されていたとしても、凛が全てを水に流したとは言えない。そもそも、彼らの分だと明言されておらず、梓が勝手にそうだと解釈しただけだ。


 簡単には許さない。

 けれど、気遣いは忘れない。


「……い、要らない。頼んでないし! わたしは元気だもん。この世界の料理なんて、元気なのに無理して食べるものじゃないでしょ。梓の方が食べるべきじゃないの?」

「私はいっぱい食べてきたわよ。そりゃもう、いっぱいね!」

「それに、それ、お金がない人が食べるものでしょ。名前くらいは知ってる」

「何。あんたどこのお嬢様よ」

「お嬢様ですけど」


 む、と唇を尖らせる有栖。

 聖女様だ何だとちやほやされる事に未だ慣れない梓と違い、有栖は最初から持ち上げられる事に慣れていた。不思議に思っていたが、本物のお嬢様だったのなら納得だ。


 美味しいと思うのだけど。

 梓は手の中にあるハンバーガーを見つめる。すると、どこからか腕が伸びてきて、それを奪っていった。


「君は要らないのだろう? アリス。仕方がないから僕が貰ってあげよう」

「え。それはなんか嫌」

「なぜだ!?」


 ダリウスの手からハンバーガーを奪い返した有栖は、それを両手でぎゅっと抱きしめる。


 ダリウスはなお「アリス。なぁ、アリス。半分、ダメか?」と追いすがるように交渉を持ちかけるが、素っ気なくノーを突きつけられ、誰から見ても分かるほど肩を落としていた。


 失礼だが、いい気味――いえ、面白くて笑ってしまいそうになる。


「何? お腹空いてんの? ほら、あんたにもあげるわよ」

「ぼ、僕の分もあるのか!?」

「ちょっと食いつきが凄いんだけど! 落ち着きなさい!」


 紙袋からハンバーガーを出すなり、目にも留まらぬ速さで奪われる。

 どれだけ必死なのか。


 確かに今日、ダリウスは随分働いていた。

 体力が限界に近いのかもしれない。ならば仕方がない。一つくらい恵んであげよう。――そう考えた梓だったが、彼の表情を見て違うと確信した。


 パープルの瞳を愛おしげに細め、花が綻ぶような微笑みを浮かべる。頬は薄らと桜色に染まり、誰がどう見ても特別な感情を抱いていると分かった。


 あまりにも繊細な手つきで触れるものだから、まるで希少なガラス細工だと勘違いしてしまいそうになる。ハンバーガーなのに。食べ物なのに。


 ――凛さん、また何かやったのね。


 凛が城へ直接デリバリーに来たのは数日前。そう言えば、その時に持って来てくれたのはハンバーガーだった。


 なぜ気付かなかったのだろう。

 王子の性格が急に丸くなったのだって、何か関係があるかもしれない。


「あー、えっと、まぁ、有栖がいるって分かったんなら、必然的にあんたもいるって分かるでしょ。凛さんって勘が鋭いし。だからこれは、多分あんたの分だと思う。ほんと、心が広いわよねぇ。あたしだったらあんたの分なんて絶対用意しないけど」

「……そんなの、僕が一番わかってる」


 どこか寂しげで、どこか覚悟の決まった声。

 ダリウス自身、凛が彼を許していない事を理解しているのだ。

 理解しているからこそ――。


「では残りは私が」


 涼やかな声と共に紙袋が手から消えた。声の主はもちろん、ライフォードである。

 彼は袋の中を覗き、満足そうに微笑んだ。ダリウス程ではないにしても、随分と気の抜けた表情である。


 騎士団長として誇りと規律が服を着て歩いているような男に、こんな顔をさせるのだから彼女の料理は凄い。しかし、それをどう勘違いしたかは分からないが、ダリウスの手がライフォードの持つ紙袋に伸びた。


「少し横暴じゃないか? 僕は一つなのに」

「残念ですが王子、これはリンが私に作ってくださったものです。ええ、本当に残念ですが、彼女の厚意を裏切るわけにはいきませんので、いくら王子でも差し上げることは出来かねます」

「だったら少しくらい残念そうな素振りを見せたらどうだ! あと言い方が一々癪に障るのだがわざとだろう! そうだろう!」

「さすがに被害妄想かと」


 子犬のようにキャンキャン吠えて突っかかってくるダリウスを、容易くいなして完璧なつくり笑顔を浮かべる。


 しかし、あの顔に騙されるなかれ。

 ライフォードは弟であるジークフリード以外にはとことん厳しい。それは彼自身も含まれるのだが――ブラコンもいい加減にしろ、と何度思った事か。


 男二人が「中の声は聴いていたぞ。お前の分は三つのはずだ! なら一つ余るはずだ」「だからと言って王子に差し上げる義理はありませんが?」「素! お前っ、それが素か! いつもの優等生面はどうした!」などと漫才を繰り広げている隙に、梓はもう一度有栖の前に座り込んだ。


「大丈夫。味は保障するわ。だから食べてみなさい。美味しいものを食べて英気を養わないとね。心が死んだらすべて終わりよ。だから、ほら、冷めないうちにね」


 普段お高く留まっている第一王子に、優等生面をした騎士団長様。彼らがこぞって奪い合っているので、少しは興味が湧いたらしい。

 有栖はハンバーガーをくるんでいる紙を慎重に剥すと、一口かぶり付いた。


「おい、しい」


 ぽつりと零れ落ちた言葉。

 一口。また一口と、ハンバーガーが欠けていくたび、彼女の瞳に涙が溜まっていく。


 有栖にとっては懐かしい味、というわけではないのだろうけれど、それでも舌が美味しいを覚えている。それは遠い異世界にきて聖女という役割を負わされた彼女にとって、きっと力になったはずだ。


「うん。じゃ、それ食べたら城に帰って作戦会議ね。城の魔導師全員集めて情報収集! 聖女様の強権発動しちゃうんだから。今夜は寝かせないわよぉ! ほほほほほ!」

「……っ、ぅん」


 ぼろぼろと涙をこぼしながら、それでもハンバーガーを食べる手は止まらないらしい。

 この世界に来て、心から美味しいと思えるものを食べた事など無かったのだろう。


 食事は体力を回復するもの。効果量のみが重要視される世界。

 国の重要人物である聖女ならば、それは尚の事。


 味なんて度外視したものばかりを出される。梓はまだレストランテ・ハロルドのデリバリーサービスを利用していたので、心の栄養は確保できていた。

 今思っても、なんという幸運か。


「頑張りましょう。ここが踏ん張りどころよ。大丈夫って信じているうちはまだ大丈夫。だから、おねーさん達にまかせなさい!」

「たち?」

「ええ。もしかすると城の全員を動員しても敵わないくらい、優秀な人たちを味方に付けられたからね。……はぁ、ほんと、なんなのかしらね。この食堂は」

「小国くらいなら軽く崩壊させられるくらいの戦力はあるでしょうね」


 ダリウスから無事ハンバーガーを守ったらしいライフォードが、会話に混ざってきた。彼の背後に唇を噛む王子の姿が見えた気がしたが、あえて見ないふりをする。


 正体は不明だが、魔法のエキスパートで天下の騎士団長様たちから頼られる店長、ハロルド・ヒューイット。

 飄々とした態度で煙に巻きがちだが、凛やハロルドに手を出すのなら容赦はしないであろう高位の魔族、マルコシアス。

 この二人だけで戦力的には十分なのだが、そこに凛と凛の料理が加われば、中から突き崩すことも容易になるだろう。


 実に恐ろしい集団だ。

 ある意味、彼らが経営しているのがただの食堂で良かったのかもしれない。


「え? どういうこと? ここって食堂じゃないの? 戦力?」

「あんたもすぐに分かるわよ。まぁ、ともかく悲観してばかりじゃいられないって事。あたし達もあたし達の出来る事をしましょ!」


 梓は軽く有栖の肩を叩くと、レストランテ・ハロルドを見上げたのだった。



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