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74、白の聖女の頼み 前編



「口にものを入れたままお話になられるのは、さすがに不作法かと。聖女様。ここからは私が。まだ本調子ではないのでしょう?」

「……んー」


 もごもごとリスのようにハンバーガーを頬張りながら、梓さんは怪訝そうな顔つきでライフォードさんを見る。そして、テーブルに散らばっていた料理を自身の周りに集め出した。


 私は思わず笑ってしまいそうになり、慌てて口を押さえる。

 聖女様が護衛の騎士からご飯を奪われるなんて、どういう状況ですか。

 いくら顔に似合わず大食漢のライフォードさんだって、今の梓さんから食料を奪ったりはしないでしょう。思った通り、ライフォードさんは呆れ口調で「取りませんよ」とため息を吐いた。


「ほんひょうにぃ?」

「本当です。まったく、貴女は私を何だと思っているのですか。あと、先程もお伝えしましたが、口に物を入れながら話すのはいけません。作法というのは日ごろの積み重ねから――」

「あーはいはい! わかりましたわかりました! 飲み込みました。これでいいでしょう? もー、仕方ないじゃない。凛さんの料理めちゃくちゃ美味しいし、疲れているからお腹が減って減ってどうしようもないのよ! 悪い?」

「誰も悪いだなんて言っておりません」

「なによぉ、それ」


 今度はむくれて頬を膨らます。ただ、やはり食べ過ぎが気になるみたいで、お腹をさすりながらライフォードさんを睨みつけた。


「本日は体力回復に努めてください。後でいくらでも鍛錬に付き合ってさしあげますので」

「なぁに? あんたが優しいと気持ち悪いんだけど」

「おや。私だって人並みの優しさぐらい持ち合わせておりますよ」


 訝しげな梓さん。完璧な王子様スマイルで迎え撃つライフォードさん。


 梓さんの気持ちも分かる。

 別に胡散臭いわけでは無いのだけれど、場合によっては完璧すぎて逆に怖いのよね、ライフォードさんの笑顔って。でも、今は状況が状況だ。悪いようにはしないでしょう。たぶん。


「……はぁ。もう、わかったわ。任せる。ただし、間違ってそうなら口挿むからね」

「ええ。どうぞご随意に」


 ようやくまとまったらしい。

 退屈そうに欠伸をこぼしていたレストランテ・ハロルドの男衆たちは、「やっとぉ? 伝われば誰だって良いよもー」「同感だ。そこの金髪騎士ではなく、俺がその料理を奪うところだったぞ」なんて言い合っている。


 でもマル君。お客様にお出しした料理を店員が奪うなんて、絶対に駄目です。


「さて、少し長くなりますので私も失礼いたしますね」


 そう言ってライフォードさんは梓さんの隣の席に腰掛け、事の経緯を話し始めた。


「先程、聖女様が仰ったとおり、今回の件はダリウス王子が白の聖女の手を引いて我々の元へやってきた事から端を発します。普段は我関せずと白の聖女の後ろに控えている王子なのですが、今回は彼主導の元、彼自身の判断で我々に「頼みがある」と声をかけてきたのです。何か心境の変化でもあったのか……」


 ライフォードさんはちらりを私の顔を確認して微笑んだ。コバルトブルーの瞳が、愛おしげに細まる。けれど、すぐさま表情を引き締め、「いえ、今は関係のない話ですね」と首を振った。


 ライフォードさん曰く、王子の頼みはどうやら黒の聖女である梓さんにしか解決できないもの。しかも王子ではなく、白の聖女である有栖ちゃんたっての願いだったらしい。


 よほど切羽詰まった内容だったのか。

 有栖ちゃんからはいつもの高圧的な態度は消え、今にも消え入りそうなくらい憔悴しきっていたと彼は語った。何かに怯え、王子の手を握って俯く少女。

 憐みの情が湧かなかったといえば嘘になる。


 とは言え。――とは言え、だ。


 今まで王子から受けてきた冷遇。白の聖女からの暴言。それらを踏まえると、いかに寛大な梓さんとは言え、はいそうですかと簡単には頷けなかったようだ。


「薄情に見える?」


 梓さんが真っ直ぐに私を見てきた。

 そんなの、答えは決まっている。


「いいえ」


 私は考えるそぶりすら見せずに首を横に振った。

 梓さんの状況や待遇を考えると、彼女の考えは至極真っ当。普通の反応だ。


「ふふ。凛さんの清濁飲み込んでいるとこ、好きよ」


 梓さんは右手でさらりと黒髪を掻き上げ、満足げに笑った。


「あたしが言い淀んでいると、ビックリする事がおきたわ。あのダリウス王子がね「僕たちが今まで君にしてきた対応を考えると当然の答えだ。すまない。だが、僕にはこうする事しか出来ない」つってあたしに頭を下げたの。しかも「君もだ、アリス」って、あの子の頭を押さえて一緒にね」

「え?」


 ――あのダリウス王子が謝る? しかも頭を下げて?


 正直、パープル色の瞳を細めて嘲笑する顔しか浮かんでこない。今までなら確実に「お前には私たちに協力する義務がある!」とかなんとか、上から目線で命令してきそうなのに。どうしたの。頭でも打ったのかしら。

 それは梓さんも同じ感想だったらしい。


「頭打って人格変わったんじゃない? って心配になったわ。逆に」

「聖女様、さすがに言い過ぎです」

「あらぁ? あなたも似たようなご感想だったと記憶しているけれど? 騎士団長サマ」

「ははは。誰がそのような事を。証拠がおありで?」

「あんたねぇ……!」

「さて、話を戻しましょう」


 さすがはライフォードさん。

 梓さんの暴露にも顔色一つ変えず、さらりと流して見せた。隙のない人だ。


「彼らの頼み。それは一人の少女を助けてほしい、というものでした。そして、その少女というのが例の防炎の薬を割った第三騎士団員ノーマン・ディルレイの娘。内容は――」


 少しだけ言い淀み、ふいにマル君の方へと視線を投げる。


「君の方が詳しいかもしれませんね」

「ほぅ、この俺に解説をしろと?」

「分かるなら聞かせて」


 一片の戯れすらない真剣なハロルドさんの声に、やれやれとマル君が肩をすくめた。


「ハロルドの頼みなら仕方ない。後で駄賃は請求するからな」

「ありがと、マル君」

「聖女にくっついていた残り香しか判断材料がないからな。少々雑な見解になるが、その娘は呪詛がかけられている。それも精神に作用するものではなく、身体に作用するものだ。全身が黒に変わる呪い。全て覆われたが最後、異形へと変貌するだろうさ。人間でも魔族でもない半端ものを作り出すなど、何を考えているのやら」


 嫌悪を覚えるな、と吐き捨てるようにマル君は言った。



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