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幕間「事件のまとめと兄弟と」


 そろそろ頃合いだろう。

 ライフォードは執務机から立ち上がり、椅子に掛けてあったマントを羽織る。丁度その時、扉がノックされ「失礼する」という言葉と共にジークフリードが入ってきた。


 彼は部屋をぐるりと見回してから、ライフォードの傍まで足を進める。彼にとってこの執務室は別段珍しい場所ではない。では、なぜわざわざ部屋の中を確認したのか。

 答えは一つだ。


「リンはもう帰ったはずだぞ?」

「――ッ、いや、俺は」


 びくりと肩を震わせ、視線をさまよわせるジークフリード。

 分かりやすい男だ。くすりと笑みが漏れる。

 いや、やっと素の表情を出せるようになってきたのか。


「お前のそんな顔が見られるなんてな。リンには後でお礼をしなければ」

「嫌味か」

「いいや? 純粋な感謝だよ」

「――お前は。まったく、仕方がないだろう。リン自ら王宮に足を踏み入れてくれた事に驚いたんだ。彼女にとってここは、嫌な思い出しかないというのに……ハロルドから入城許可証が欲しいと言われた時は意外に思ったが、これを意図していたとするなら、さすがと言わざるを得ない」


 聖女召喚にまきこまれたと判断され、王子から城を出ろと命じられた。リンもそれを了承し、自ら城下に下った。現場に居合わせなかったライフォードは、周囲の者からそう伝え聞いている。


 残念ながら、どこをどう切り取っても良い感情を抱けるくだりがない。頭を抱えたくなるほどだ。それなのに、今日は王子を引き連れてこの場に現れたのだから、さすがのライフォードも驚いた。


「リンは強いな。黒の聖女とはまた別の強さだが」

「俺も、そう思う」


 ふわり、とジークフリードは華やいだ笑顔を見せる。また笑ってしまいそうになり、ライフォードは咳払いを零した。


 リンに出会う前は――確かに笑顔を浮かべたりする事は珍しくなかったが――どこかぎこちない、張り付けたような表情だった。けれど彼は誤魔化すのが上手い。長年兄として傍にいたライフォード以外、気付けた者は少数であろう。


 リンの何がジークフリードを変えたのか。彼女の作る料理か、人柄か、はたまたどちらもか。

 いつか、機会があれば聞いてみたいものだ。


 しかし今はそれよりもやるべき事がある。

 ライフォードは兄としての顔を捨て、第一騎士団長としての仮面をかぶり直す。


「例の件。ややこしくなってきたぞ、ジークフリード」

「ハロルドから報告を受けたのか?」

「ああ。面白いことが分かった」


 第三騎士団の遠征に合わせて、必要な薬が団員の手で割られた事件。

 実行犯は第一騎士団で身柄を拘束している。普通ならば事件解決。あとは調書を取って裁きを下せば終わりだ。

 しかし、男の人柄や実行の状況に疑問視する点が出てきた。


 おそらく、裏で手引きしている人間がいる。

 第三騎士団員たちの話が真実ならば、それはダリウス・ランバルト第一王子の可能性が高い。

 ――なのだが、ハロルド独自の調査によって、新たな可能性が浮上してきた。


 城内に、古に滅びたとされる魔族の気配がある。そして魔族とは、自らの姿形を変化させる術が殊更上手いらしい。そうなると、目撃証言は一気にあやふやなものへと変貌する。


「勿論、あくまで一個の可能性に過ぎない。ダリウス王子が魔族と繋がり、犯人の場合もある。今手にしている情報をもとに、いかにして口をつぐんでいる彼の強情さを崩せるかが鍵だな」

「すまない。俺がもっとしっかりしていれば良かったんだが……」


 苦虫を噛み潰したように、ぎりっと唇を噛みしめるジークフリード。赤褐色の瞳が不機嫌そうに細められた。


 未だ、なぜこのような事件を起こしたか語ろうとせず、ただ謝り続ける犯人の男。

 自らの団員が犯した罪だ。責任感の強い彼が気にしていないはずがなかった。


 皆の指針となる騎士団長。ゆえに表面上はどっしりと構え、何でもない風に取り繕っていても、心は責務に押しつぶされていたはずだ。男の様子が様子なので、尚更だろう。

 悩みがあるなら、なぜ気付いてやれなかったのか。そう自分を責めるのがジークフリードという男である。


「気にするな。狙われていたのは第三騎士団か、それともお前自身か。ともかくだ。お前は被害者に当たるのだから、責は無い。私はそう思っている。だから気に病むな。……問題は」

「王子が本当に関わっていた時、か」


 ライフォードは頷いた。

 これから行うのは、ジークフリードの部下である第三騎士団の団員を同席させての事情聴取だ。ライフォード、そしてジークフリードは彼らの監視を目的としていた。


「今こうして話していても埒が明かない。そろそろ出るぞ、ジークフリード」

「ああ、気を引き締めてかかろう。出来るなら、この後の尋問で一気に解決となればいいのだが。まぁ、少なくともリンのおかげで前進はしている」

「そうだな。結局のところ、これらもリンが我々へお願いする権利を譲渡したから得られたもの。計算しているとは思わないが、まったく、魔女様の名は伊達ではないな」


 魔女様。その言葉にふとある事を思い出す。

 第一騎士団長としての仮面は一旦置き、兄として彼の背中をばしんと叩いた。


「ジークフリード、少し話がある」

「ん? 珍しいな、仕事の前に私用とは」

「いや、ちょっとした忠告だ。リンから聞いたぞ。お前、少し彼女を見すぎじゃないか? 身体の動かし方やら話す時の癖でわかる、だったか?」

「…………それ、は」


 詰まる言葉とは裏腹に、彼の表情は雄弁に語っていた。

 伝播するように赤くなっていく顔。

 頬、目頭、最終的には耳まで赤く染め、彼は俯いた。思案を重ねているのか、ぱちぱち、と瞬きを繰り返す。そして何か言いたげに小さく口を開けて――また閉じた。


「ふむ。その顔は自覚ありだったのか。兄として安心したよ。……ああ、いや、安心とも言っていられないんだが。少しは自重を――」

「忘れてくれ! つい口を滑らせてしまった俺に非が……って違う! ついつい彼女を目で追ってしまう癖がついてしまって……ああもう、そうじゃない! ともかく、以後気を付ける!」


 ライフォードからの追撃を逃れようと、ジークフリードはさっさと一人で部屋を出て行ってしまった。

 ドアが閉まると同時に、ライフォードは耐えきれず吹き出してしまう。おかしい。おかしくてたまらない。


 こんなにからかい甲斐のある男だとは、ついぞ今まで知らなかった。良い傾向だ。

 本当に彼女――リンには感謝しかない。


「このまま生に執着をもって、無茶をしなくなれば良いんだが……」


 ライフォードは息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐いた。

 凪いだ海を、そのまま閉じ込めたかの如く酷く静かな瞳。

 ばさりとマントを翻し、第一騎士団の団長、ライフォード・オーギュストとして彼は一歩、部屋の外へと踏み出した。



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