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幕間「閑話。二人の話」



 城下でひと騒ぎがあった頃。


 ハロルドとマルコシアスの二人もまた、全ての用事を終え王宮を後にしていた。

 ひらひらと舞う、黄味がかった葉の中を何の感慨もなく進むハロルドに対し、彼の隣を歩くマルコシアスは、美しく整えられた並木道に目を細める。


 ハロルドは一点集中型。興味のないものにはとことん反応を示さない。

 季節の移ろいや自然の美しさを楽しめる心があるなんて。自分よりも人間らしいではないか、とハロルドは思った。


 魔族が普段生活している場所は暗闇に支配された空間だそうだ。マルコシアスも例外ではなく、用事がない限りは裏側に引っ込んでいる。


 一度、部屋を用意しようかと尋ねた事があった。物置として利用している部屋を片付ければ何とかなる。

 しかし彼は頑なに首を縦に振らなかった。人の世界――いや、人に執着を持ちたくないのかもしれない。


 人間はすぐに死ぬ。

 そう言った彼の表情は、失うことを知っている顔だった。案外、寂しがり屋なのかもしれない。

 だから、手遅れになっていないかと少しだけ心配だ。


「あー、なんか今日頑張った気がするー。って事で褒めて。もうめちゃくちゃ褒めて」

「お前な」


 両手を広げ「さぁ!」と催促してくるハロルドに、眉をひそめるマルコシアス。


「頑張った人間は褒められるべきだと思うんだよ、マル君。だから僕は積極的におねだりしていく所存さ! 無償の頑張りなんて幻想幻想。心にも栄養を与えてあげないと、擦り減っちゃうしね。減った分は補給しないと!」

「ガルラ火山での頑張りはどこへ行った」

「あれはリンのためだから別。っていうか、半分は僕のためだし? ほら、前も言ったでしょ。僕、リンに頼られるの好きなんだよね」


 リンは極力人を頼ろうとしない。自分の事は自分で。それは、ジークフリードが相手だと殊更強く感じられた。彼に頼りがいがないのではない。迷惑をかけたくない、という思いの方が強いためであろう。


 しかし、ハロルド相手にだけはそれが少し緩むみたいで、ハロルド自身その事実に少しだけ優越感を覚えていた。

 もっとも、リンからすれば普段あれだけ世話を焼いているのだから、こちらのお願いも聞いてくれ、という理由かもしれないが。


「ったく、仕方のない奴だな。ほら、頑張った頑張った。偉い偉い」

「おわっ」


 頭に(おもり)が圧し掛かったような重圧を感じた。直後、髪を思い切り掻きまわされる。

 それはあまりに乱暴な手つきだったため、撫でられているということに気付くまで、数秒を要した。


「雑ぅ。でも、ありがと。君ってなんだかんだ優しいよね」

「言ってろ」


 最後とばかりに背中を力いっぱい叩かれる。痛い。

 しかし、ハロルドには照れ隠しにしか感じられず、自然と笑みが漏れた。


「素直じゃないねぇ」

「うるさい。というか、頑張ったというなら俺も頑張ったと思うんだが?」

「えー、対価は既に払った気がするんだけど。何? 延長料金とか?」

「そういう事だ」


 店に帰りたい、という彼の意見を無視して付き合わせてしまった分の対価か。仕方がない。ハロルドはマルコシアスを見上げて、「分かったよ」と頷いた。


「で、君はどんな褒められ方が好きなの?」

「いや、俺は合理主義だ」


 不敵に微笑んで右手を差し出してくる。

 合理主義。つまり、言葉など感情に訴えかけるものより、実用重視というわけだ。隙あらば魔力の提供を求めてくるなんて。さすがは魔族様。抜け目がない。


 ハロルドは彼の手を握ろうと手を伸ばすが、はたと気づいて止めた。

 少し落ち着こう。現状を俯瞰してみると、雰囲気のある並木道を男二人が仲良く手を繋いで帰路につく――などという惨状になりかねない。


 酷い。酷すぎる絵面だ。これはない。


 嫌悪から眉間に寄った皺を片手で揉み解すと、「店に帰ってからね」そう言って伸ばされたマルコシアスの手をパシンと(はた)いた。


「ああ。お前の魔力は馴染が良い。期待しているぞ」

「へいへい。あくまで延長料金分だから過度な期待は厳禁だよ」


 不機嫌そうに顔をしかめるハロルドとは対照に、マルコシアスは嬉しそうに破顔した。


「何? なんか妙に機嫌がいいね」

「ああ、店に帰ったら魔力の補給も食事――というか、ご主人様の料理はむしろ心の栄養だな。その補給もできるのだろう? 楽しみで仕方がない」

「そう言えば、よくお腹空いたとかいうけど、魔族なんだから減らないよね?」


 魔族の生きる糧は魔力だ。

 人間と同じように料理を食べて腹を膨らませる、という構造にはなっていないはず。


「人は料理を食べたい時に腹が減ったと言うだろう? 間違った使い方ではないと思うのだが。食いたいと思ったら腹が減ったと言うし、飯が食べられないと気持ちが死にそうな時は、餓死すると言っているよ」

「なんて独特な使い方してんの、それ」


 人間の常識を魔族の生態に当てはめようとして、独自の解釈から導き出した使用方法なのかもしれない。

 ――やっぱり人間大好きだろ、この魔族様。


「でもまぁ、僕もお腹すいたなぁ。出てくる時に貰ったあれ……はんばーがー? だっけ? あれ、凄く僕好みだったんだよね」

「あれか。俺もあれは好きだ」


 大口を開けてがぶりと噛みつけば、まず舌にびりびりくるマヨネーズの濃厚さとタレの甘辛い刺激。その後を追ってじゅわりと広がる肉汁。まるで清涼剤のように重たさを緩和させるレタスの存在。

 思い出しただけで、口の中に唾液が溢れてくる。


 何より、片手間に食べられるのが良い。

 ファストフードだったか。リンが、時間をかけずに作れる料理なんですよ、と言っていたのを思い出す。


「基本的にはパンに挟むだけだし、中身を変えれば色んなバリエーションが出来そうだよね。トマトソースにかえてみるのも良いし、中身をハンバーグじゃない別の……例えば鳥を炭火で炙ったのとか、美味しそうじゃない? 効果値を考えなきゃいけないから、分量とかはリンと相談なんだけど」

「それは、夢が広がるな!」


 マルコシアスも乗り気らしく、いつもより語尾を強めて賛同してきた。


 美味しそう。

 ハロルドは自分の口から出た言葉に、ふっと笑みを零す。

 味なんてどうでも良い。効果が大事だ――なんて言っていたリンに出会う前の自分が、今の言葉を聞いたらどう思うだろう。


 ハロルドは感じていた。彼女に会ってから自分は変わった、と。それは嫌なものではなく、むしろ心地よい変化であった。


「店としてもメニューが増えるのは良い事だしね」

「ああ、あいつらか」


 ジークフリードの部下、第三騎士団の面々が店にやって来てからというもの、騎士団員の来店も増えてきていた。

 特にヤンを筆頭とする市民出の騎士たちは、「やったぞ昼休憩だ!」と言わんばかりの勢いで来店し、急ぎつつも味わって料理を食らっていく。

 ハンバーガーをメニューに加えたら、彼らにとっても益になるだろう。


 レストランテ・ハロルドの繁盛を願って、店長であるハロルド以上に取り組んでくれているのがリンだ。彼女のためにも、もう少し店長らしい事をしてあげたい。


「っと」


 ハロルドはふと顔を上げ――しかし、前方から来た人物に気付いて、すっと道端に身体を避ける。そして、胸に手を置き小さく頭を下げた。

 さらりと流れるストロベリーブロンドが通り過ぎるのを確認した後、ようやく顔を上げる。ああ、身体に染みついた癖とは恐ろしいものだ。


「今のは?」

「ユーティティア・ランバルト王女だよ。あの恰好って事はお忍び中だし、普通に通り過ぎろとか思われていたかもしれないなぁ……」


 ユーティティアはダリウスと違い、あまり冗談が通じるタイプではない。

 さすがのハロルドとて、彼女の前では猫を被って大人しくしていた。ゆえの癖だ。出来る限り騎士団長らしく振る舞い、時が過ぎるのを待つ。


 しかし、マルコシアスが気になったのは、彼女ではなかったらしい。


「王女の従者、か」

「ん? ダンダリアンの方? 僕以上に面倒くさい性格してると思うよ、あれ」


 ユーティティアに引っ付いている以上、必要最低限しか接触した事はないが、あれはあれで苦手なタイプであった。同族嫌悪に近いかもしれない。


 人をからかうのが好きなハロルドではあったが、ダンダリアンのやり方はハロルド的ポリシーに反するのだ。ハロルドは甘える相手を選んでいる。誰彼かまわず場を引っ掻き回すなどナンセンスだ。


「何? 何か気になる事でもあったの?」


 ハロルドの問いに、マルコシアスは少し考えるようなそぶりを見せたが、ややあって、首を横に振った。


「いや、良い。なんでもないさ。今はな。……ただ、余っているなら出来る限りくれ」


 差し出される手。

 ハロルドは「だから、店に帰ってからって言ってるだろ!」と、再度彼の手をパシンと叩いた。



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