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71、少女の正体


 常日頃から人に見られる事に慣れているのか。

 好奇。敬愛。思慕(しぼ)。様々な視線が突き刺さる中、少女はそれらを歯牙にもかけず、ずんずんと私の目の前までやってきた。そしてクロ君を覗き込む。


「あら、可愛らしい子! あなたの?」

「え? あ、はい。……えっと」


 私の、という言い方は少し語弊があるが、説明すると長くなる。酷く穏やかな笑みを向けられ、私は思わず頷いてしまった。


 梓さんで美人な女性に耐性がついたと思っていたが、彼女とはまたタイプが違う。

 仕草の一つ一つに品があり、虫も殺せなさそうなお嬢様。けれど、彼女の瞳は全てを見透かし、一気に内面に踏み込んできそうな怖さがあった。

 恐怖でもなく、高揚でもなく、心臓が跳ねる。

 なんだろう、これ。初めての感覚だ。


「触ってもよろしいですか?」

「……むふぅ」


 少女が伸ばした手をかわすように、クロ君が首を捻る。


「あら? 嫌われちゃいましたか?」 


 このプレッシャーに動じないとは。さすが親元がマル君なだけある。


 それもしても、好き嫌いの激しいフェニちゃんと違い、基本誰彼かまわず愛嬌を振りまくのがクロ君なのだが。珍しい。彼にも相性というものがあったのかな。


「普段はこんな事ないんですが。すみません」

「いいえ。ご主人様を守ろうとする姿勢。ええ、犬はこうでなくては。良い躾をしていると思います。――そうでしょう?」


 ふいに少女が振り向く。


「ダンダリアン。逃がさないでね?」

「はいはい」


 彼女の視線の先には一人の男性がいた。

 サングラスのようなメガネを掛けた、黒髪の怪しげな風貌の人。彼は先程私にぶつかってきた男を、後ろから逃げられないよう拘束している。


 ダンダリアン。聞き覚えのある名前だ。

 どこだったかな。何かすごく思い出したくないような、心に引っかかる名前だった気がするけど。


「だんだりあん……さん……? あ!」


 舌の上で転がすように呼ぶと、記憶の糸がピンと張って繋がった。

 ちょっと待って。ちょっと待って。あの人、見た事がある。いいや、見た事があるではなく、会った事があるじゃないですか。

 凄く平和な気持ちで王宮を後にしたから忘れていた。


「あなっ、あなたっ! 酷い道案内をしてくれた人っ!」

「おやぁ? ワタシとどこかでお会いした事が? ……あ! 城で迷っていた。いやぁ、あの時はとんでもなく暇でして。ああ、それで、無事辿り着けましたか?」


 いけしゃあしゃあとこの人は。

 悪びれもなく言ってのける様子に、自然とため息が漏れた。ダリウス王子が彼の事を話す時、苦々しい顔をしていた気持ちが今ならとっても分かる。


 ダンダリアンさんは、私が王城に入ってすぐに出会い、騎士団長室までの道のりを尋ねた人だ。真逆を教えられましたがね。

 暇だったからって何だ。暇だったからって。人を玩具にしないでいただきたい。


 ――ん? ダンダリアンさん?


 待てよ。ダリウス王子はこうも言っていた。ダンダリアンは自分の妹、ユーティティア・ランバルト専属の相談員だと。

 つまり、目の前にいるこの美少女ってもしかして。


「ダリウス王子のいも――……」

「駄目ですよ?」


 そっと唇に人差し指を添えられる。


「わたくし、今はお忍びで城下の探索に来ていますの」


 ぱちん、と片目をつぶる仕草は悪戯っ子のようだった。でも、どう考えたって周囲にはバレバレだと思いますが。

 市民に近い質素な服を着ていらっしゃるが、溢れ出る高貴オーラのせいで全く誤魔化せていない。ぶつかってきた男性も「ひめ」とか言っていたし。


 暗黙の了解。

 改めて口にするのは無粋、という事なのだろうか。


「ほらほら、あんたもいい加減一言くらい謝ったらどうです? 姫さんだって納得……んん?」


 後ろで縛り付けていた男の腕を、ぐっと手前に引き寄せたダンダリアンさん。少し面倒くさそうな表情だ。


 しかし、あんたもっておかしいでしょう。先程までの台詞のどこに謝罪があったのか。一言くらい文句を言いたい。言いたいけど、お姫様のお気に入りらしいので、ぐっとこらえる。

 頑張れ私。怒っては負け。怒っては負けだ。


 だんだん無表情になっていく私に対して、当のダンダリアンさんは何か良いアイデアでも思い浮かんだかのように唇を弧に歪めた。


「おやおやおやぁ? はっはーん。そういう事か。わざわざぶつかってきた。いやぁ、良い指摘だ。この男、捕まえといてくださって感謝ですかね。うちの姫さんの人気にあやかってなーにやらかそうとしてんだか」


 男が羽織っていた上着を剥ぎ取り、片手でバサバサと振り回す。

 何をやっているのだろう。


「よっと。ひーふーみー……ははっ、こん中にアナタのもあります?」


 男の上着から出てきたもの。それは財布や貴金属の類だった。

 スリか窃盗か。はたまた両方か。分からないが、彼の言葉によくよく目を凝らすと、見知った小さな麻袋が目に入った。


「こ、これ、私のお財布!」

『なんじゃて?』


 私の肩で大人しくしていたガルラ様も、思わず声が出てしまったようだ。


 特徴的な赤い口紐と、袋本体に自分のものだと分かるようイニシャルを刺繍してあるので間違いない。この世界に英文字は無いから、あれは確実に私のものだ。


 さっと手に取って中身を確認する。良かった。減ってない。

 まさか本当にわざとぶつかってきたとは。なんて男だ。『もう一発つついてやろうか……!』と怒りをあらわにするガルラ様を抑え、きゅっと財布の紐を結ぶ。

 今度から気を付けなければ。


「じゃ、これでさっきの悪戯はチャラって事で!」


 ダンダリアンさんが人ごみに向かって手招きをすると、中から男性が一人出てきた。彼は一礼すると、ダンダリアンさんから男を引き取った。恐らく近衛兵の方だろう。

 お忍びとはいえ、遠くに護衛を忍ばせていたようだ。


「あの、ありがとうございます」

「いえいえ。半分はアナタの鳥が拘束してくれていたおかげですよ。ってわけで、姫さん。もうそろそろ良いでしょう? お目当ての店は閉まっていたんですから。ワタシもう疲れてしまいましたよ」

「仕方のない人ね」


 姫――ユーティティア様は近衛兵の方に「事後処理は頼みましたよ。わたくしたちは先にお城へ戻ります」と言って、ふわりと髪をなびかせた。


「それでは、ごきげんよう」


 優雅に去っていく二人。

 私は茫然と見送るしかなかった。




「大丈夫でしたか? ……ええと、レストランテ・ハロルドのリンさん、で合っていますよね?」

「え? あ、ダンさん!」


 投げかけられた声に振り向くと、そこにはダンさんの姿があった。いつもながら燕尾服をきちっと着こなし、パンを詰め込んだバスケットを抱えている。

 仕事の途中なのかな。


 美白ジュースに続いて、新しく始めたパンも軌道に乗っているダンさんのお店。

 ハロルドさんが植え付けた悪評と、私が発端である魔女の噂とが相まって、未だ細々と営業しているレストランテ・ハロルドとは大違いだ。正直ちょっと羨ましい。

 私も、もっともっと頑張ろう。


「ああ、良かった。さすが魔女様。何かの魔法でしょうか? フェニさんやクロさんが一緒にいらっしゃったから、もしやと思って」

「よく気付かれましたね。髪形と髪色を変えただけなんですが、意外と別人に見えるみたいで。ダンさんは……いえ、ダンさんもユーティティア様を見学に?」

「いいえ。私は少々用事がありまして。偶然ここを通りがかったに過ぎません」


 ふいにダンさんの表情が曇る。

 あまり楽しい用事ではなさそうだ。


「あ、良かったらこのパン、貰っていただけませんか? うちの従業員に配るには少なすぎて、どうしようかと困っていたところなんです」

「わ、嬉しいです! 私、ダンさんのところのパン、大好きなんで!」

「それはそれは。嬉しい事を言ってくださいますね。彼にも伝えておきます」


 彼とはダンさんの幼馴染の友人で、現在彼の店でパンを焼いている人だ。私も何度か会った事がある。

 少し無愛想で感情表現が苦手な人だが、ダンさんにとても感謝している事だけは、十分すぎるほど伝わってきた。


 まだそれほど時間は経っていないのか、焼き立てパンの香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。とても美味しそうだ。

 私はバスケットとクロ君を抱きかかえながら、ダンさんにお礼を述べた。


「でも、本当に良いんですか? こんなにたくさん」

「ええ、渡せなかった品なので」


 ダンさんは物憂げに視線を地面に落とした。


「実は、娘の友人がここのところ病に臥せっているとかで。奥さん一人では大変かと思い、差し出がましくも何かの足しになればと持って行ったのですが……どうやら、かなり深刻なようで」


 家にも入れてもらえませんでした、と力無げに微笑んだ。


「旦那さんも大変な状態ですので、どうにかして力になりたかったのですが……」

「旦那さんもご病気なんですか?」


 旦那さんも娘さんも病気なら、奥さんの心労は計り知れないだろう。ダンさんは優しい人だ。何か力になりたい。そう考えるのは当然のように思えた。

 しかし、彼は静かに首を振った。


「いえ、彼は第三騎士団の騎士で――」


 一呼吸置く。


「現在、城内で拘束されているとの噂です」



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