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70、優秀クロ君



 気がつけば並木道はとうに過ぎ去り、私は城下の入り口辺りに立っていた。不思議だ。今日はいつもより行き交う人々の数が多い気がする。


 いや、違うか。

 人通りが多いのではなく、ある一点に人が集まっているのだ。


 ライフォードさんが城下を訪れている時と似ている。

 違う点があるとすれば、集まっている人々の大半は男性やご年配の方々だという事だろう。もちろん、若い女性もいるにはいるのだが、圧倒的に数が少なかった。


 誰か有名人でも来ているのかな。


『騒がしいのぅ。人間どもは毎日このような馬鹿騒ぎをしておるのか?』

「城下町なんで確かに人は多いですけど、今日は特に多いですね。巻き込まれないよう、少し迂回してから帰りましょ――わわっ!」


 突如、背中に強い衝撃が走る。

 いきなりの事だったので、突き飛ばされたと気づくまで少し時間がかかった。私の身体はバランスを崩し、ぐらりと前方に倒れる。


『リンッ!』


 ガルラ様が叫ぶが、もうどうする事も出来ない。

 地面が近づいてくる。せめてリリウムブランだけでも守り切らなければ。

 私はバスケットをぎゅっと抱きかかえ目をつぶる。そして、いずれくる痛みに備えた。


「……ッ、……ん? あれ?」


 けれど、私におとずれたのは痛みではなく、力強い弾力感だった。例えるならトランポリンのような、ビニールボールのような、衝撃を和らげてくれるものの上に倒れた感覚。


「わふぅ」


 聞きなれた鳴き声に、恐る恐る目を開ける。

 私は真っ黒な球体の上に倒れていた。表面は粘着性のないさらさらとした触り心地で、力を込めればぽよんと押し返される。

 これは一体何だろう。生き物ではないみたいだけれど。

 ふいに横を見ると、球体の隣には子犬がちょこんと座っていた。


「く、クロ君?」

「わふんっ」


 小さな尻尾を元気よく左右に振り、褒めてくれと言わんばかりに頭を突き出してくる。


 クロ君は影を使って立体物を作る、という能力を持っていたはず。つまりこの球体は影で、私は彼に助けられたのか。

 小さいながら優秀な子である。


 ただ――レストランテ・ハロルドでお留守番をしてくれているはずのクロ君が、どうしてこの場にいるのだろう。

 不思議には思ったが、しかし彼はマル君の分身。フェニちゃんと同じで、身体を透過させ店から出てくる事くらい朝飯前なのかもしれない。


 クロ君を抱き上げると同時に、黒い球体は姿を消した。やはり、あれはクロ君の能力だったらしい。


 よしよしと頭を撫でると、彼は目をとろんと細めた。

 本当に可愛い。癒されるなぁ。良い子良い子。


 倒れるほどの力でぶつかられ、謝罪もなく去って行った相手に内心イラッときていたが、この顔を見ると心のささくれが消え、優しい気持ちが湧いてくるのだから凄い。


「ありがとう、クロ君。もしかして、心配して見に来てくれたの?」


 彼は大きくて丸い、赤い瞳を申し訳なさそうに逸らした。

 あれ。おかしい。クロ君の瞳は黒だったはず。なぜ赤色なんだろう。これではまるで、マル君にでも見つめられているような――。


 まさかとは思うが。

 クロ君はマル君の分身。ガルラ様とフェニちゃん同様、完全同期とまではいかずとも、視界を共有する方法くらいあるのかもしれない。だから瞳がマル君と同じになっている、とか。


「もしかしてクロ君、最初から私について……」

「お、おい! これあんたの鳥か? いててっ、どうにかしてくれ!」


 クロ君を抱きながら立ち上がると、前方から声をかけられた。

 身体的特徴から察するに、先程私にぶつかってそのまま去って行こうとした男性らしい。残念ながら、謝罪に戻ってきたわけではなさそうだ。


『お主がぶつかったのが悪いんじゃろう! 謝りもせず逃げおおせるなど、ゆめゆめ思わぬことじゃ!』


 男性の頭上にはガルラ様の姿。


 くるくると旋回しながら、適度にくちばしで彼の頭を突いていた。ガルラ様は私を無事店まで届けてくれ、とマル君にお願いされている。最後の最後で起きてしまった事故に、許せない気持ちが前面に出てしまっているようだ。


 私だったから怪我なく済んだものの、他の人だったら無傷とはいかなかったはず。

 反省するまで、つつかれていれば良いのでは。

 少しだけそう思ったが、ガルラ様に危害が及んでもいけない。ああいう手合いは、暴力に訴える危険性もある。それに、うっかりガルラ様が手加減を誤って怪我をされても困るし。


 私は彼女を呼び寄せ、クロ君のおかげで事なきを得たと説明する。ガルラ様は『お主、なんて優秀な子なのじゃ! さすがはマルコシアス様の分身!』と、私以上にクロ君を褒めそやしていた。


 クロ君もまんざらではなさそうで、「わふんっ」と胸を張るような仕草をしてみせる。どうやら彼、褒めてもらえるのがとても好きみたいだ。


「すみません。怪我はありませんか?」

「ないけど……ったく、ボーっと立っているから悪いんだろうが。こっちは今忙しいってのに」

「通路を妨害していたのも謝ります。すみませんでした。……しかし、この辺りは視界も開けていますし、なぜわざわざぶつかって来たのです?」


 真後ろからぶつかっておいて、こちらに全ての責任があるような言い方はさすがに腹が立つ。

 いつもより人が多いとはいえ、それは少し離れた場所に固まっているからだ。ここは比較的視界を遮るものは少なく、私は道の真ん中に立っていたわけではない。

 わざとぶつかった、と言われても不思議ではない状況だ。


 私が言い返すとは思わなかったのか、男は一瞬たじろいだものの、ふん、と鼻を鳴らした。あくまで自分の非は認められない、といった態度だ。

 ――何なのこの人。謝ったら死ぬ病気にでもかかっているの?


「あんたみたいなどこにでもいるような女、目に入るわけないだろう? あのお方が珍しく城下を訪れてくださっているんだ。今こんな事に時間を取られるわけには――」

「あら、揉め事ですか?」


 ふと、会話に割り込んできた声。ふわりと真綿でくるまれたように柔らかく、この場にそぐわない、ほんわかした少女のものだった。


 誰だろう。

 声のした方を振り向くと、息がとまるほどの美少女がそこにはいた。

 ゆるくカーブしたストベリーブロンドの髪。優しげながら芯を持った強い瞳。伏せられた睫毛は白磁色の肌に艶やかな影を落とす。


 お人形さんみたいだ。

 陳腐な表現だと思うが、それ以外の言葉が見当たらない。なんて綺麗な子だろう。

 私たち市民と似た服装をしているものの、一目で高貴な出だと分かった。雰囲気が違う。変装が変装になっていない。


 なるほど。なぜ多くの人々が集まっているのか、やっとわかった。この美しさだ。一目でも拝みたくなる気持ちは分かる。

 だからと言って人にぶつかって良いとは思わないけど。


「ひっ、ひめ――あ、い、いえ、お騒がせしてしまって申し訳ございません!」

「大の大人が女性にぶつかって謝りもしないだなんて。ふふ、みっともないわ」


 男性には一瞥すらくれてやらず、彼の隣を通り過ぎる時にこそりと呟く。一切表情筋を動かさず、何の感情もこもっていない声色だった。

 私は近くにいたから気付いたが、そうでなければ彼女の口から発せられた言葉だと理解できなかっただろう。


 自分に向けて言われた言葉ではないのに、ぞくりと背筋が粟立った。



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