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69、リリウムブラン



 予定していた用事はすべて終了した。

 午後からはお祭りの日に出すメニューでも考えようかな。


 私は衛兵さんにお礼を言って王宮を後にし、城下と王宮とを繋ぐ並木道の途中で足を止めた。


 今は日本でいうところの秋に近い季節だ。

 空を見上げると、黄味がかった葉っぱがはらはらと宙を舞っていた。私は頭に落ちてきたそれを指で摘まんだ後、ぱっと離す。すると、葉っぱは風に流れて飛んでいった。


 本日、私を王宮まで無理やり連れて――いや、王宮まで付き合ってくれたガルラ様。

 彼女は『まずいのじゃ……噴火、抑えてくるのじゃ……少しだけ待っていてくれ』と満足げに呟いてフェニちゃんとの同期を切ってしまった。


 普段ならここでガルラ様とはお別れなのだが、マル君が彼女に「帰りもリンを頼むぞ」と言ったおかげで、どうやら私が無事レストランテ・ハロルドに戻るまで見届けてくれるらしい。

 律儀だと思う。いや、健気なのかな。


 私は綺麗に整備された並木道を眺めつつ、言いつけどおり少し待つことにした。


 頑張れガルラ様。

 彼女が向こうに戻ったのなら、噴火なんてすぐ抑え込める。人的被害を心配する必要はないだろう。


 ただ、これはこれで今後の課題かもしれない。


「マル君ってば、分かっているのか分かっていないのか」


 私はフェニちゃんとガルラ様の同期について、何も話してはいない。ガルラ様に止められているからだ。しかし、マル君は魔族。それも高位の魔族らしい。


 もしや気付いてからかっているのか。それとも、純粋に愛玩鳥として可愛がっているのか。 

 残念ながら表情に出るタイプではないので、彼の考えはさっぱり読めない。前者なら、もっと適度な距離感を保ってあげて欲しいのだけど。


「さて、と。する事がないと暇だしね」


 私はバスケットの布を取り、中からリリウムブランを取り出す。何度見ても、オパールのように光の加減でゆらゆらと色味を変える花弁は、美しいの一言だ。


 ダリウス王子からもらったこれは、古に召喚された聖女が気に入っていた花らしい。

 ただ栽培方法が難しく、王都周辺を探しても見つからないそうだ。ダリウス王子の庭でのみ、手に入れることが出来る珍しい花。


 私はくるくると手元で遊ばせながら、花弁を一枚剥ぎ取った。

 やはり何かで覆われているらしく、固めの手触りだ。力を入れても曲りすらしない。これだけ見ると、花というよりは小さな宝石である。


「ではでは、ダリウス王子ありがとうございます。大事にいただきます」


 花弁に向かって一礼する。


 この世界の食材には、組み合わせ方や、口に入れる分量を間違える事により、マイナス効果を引き起こしてしまうものもある。

 更にマイナス効果しか存在しない食材――もはや毒かもしれない――もあるので、知らない食材を口にする時は細心の注意を払わなくてはならない。


 でも、この綺麗な花にマイナス効果があるとは到底思えず、私は表面を丁寧にふき取って、食べる準備を完了させた。いざという時は、フェニちゃんに頼んでハロルドさんを呼んできてもらえば良い。

 一応、マズイと思ったら王宮に引き返せる距離でもある。


 大丈夫。なんとかなるはず。

 私は楽観的に「いけるいける」と呟いて、花弁を口に放り込んだ。


 本当はもっと慎重になるべきなのは分かっている。でも、好奇心には勝てなかったのだ。

 ハロルドさんの下で働いているからかな。ちょっと性格が似てきたのかもしれない。

 それはそれで、複雑な気持ちなのだが。


「ん。味は……ない? 無味無臭かな?」


 舌の上で花弁をコロンと転がす。どうやら身体に害はないらしい。良かった。


 舌触りとしては氷砂糖に近い気がする。

 硬さも、表面の少しざらっとした感覚もそっくりだ。ただ、本当に無味無臭。

 いくら花とはいえ味がないのは不思議である。苦みやえぐみなど、何か刺激があってもおかしくないはずなのに。


 私は奥歯でそれをぐっと噛んだ。

 パリン、と表面が割れた気がした。


「んんっ? グミ? 違うな……アロエ? みたいな?」


 普通の花より厚めの花弁。それに何かしらコーティングが施されている状態なのかもしれない。


 硬い表面を噛み砕くと、中にはアロエともグミとも言い難い、ほどほどの弾力を感じさせる本来の花弁が現れた。

 さすがに無味無臭とはいかず、味は薄めだが、さっぱりとした酸味と甘みが口の中に広がった。


 おお、ちゃんと食べられる。

 案外、美味しいかもしれない。


 ごくりと飲み込み、私は残ったリリウムブランの茎を持って、ステータス画面を表示させた。一体どんな効果があるんだろう。わくわくしながら表示された画面を確認する。

 すると――。


「ど、どういうこと……?」


 リリウムブラン。

 古の聖女が気に入っていたくらいだ。何かあるかもしれないと思っていたが、まさかこんな状況、誰が想像できるだろう。


「画面が二つ? えっと。どうなってるの、これ」


 そう。なぜかリリウムブランからはステータス画面が二つも表示されたのだ。


 よくよく観察してみると、一つ目は花弁の真ん中あたりから出現しており、もう一方は裏面、それもコーティングを突き破った奥から出現しているらしかった。

 つまり、表面のコーティングと花弁は別物、という捕らえ方でいいのかな。


 効果の方もチェックしてみる。

 コーティングの方には『魔力のみ回復、小』とあった。


 なぜ魔力だけなのか。使い道が分からない。


 この世界、基本的に魔力と体力は連動しているはず。普通の場面なら、選択する余地もなく薬や料理で体力と魔力の同時回復を狙うだろう。


「うーん、確かに見たことのない効果だったけど……」


 仕方がない。気を取り直そう。

 次は花弁だ。花弁はまた別の効果があるはず。


 手首をくるっと捻って裏から出ているステータス画面を見る。そこには『聖魔法効果増幅、大』と書かれていた。


「これって凄い効果なんじゃ……!」


 聖魔法とは、聖女のみが使える特殊な魔法属性だ。

 なるほど。古の聖女様が気に入っていた理由の一端が、この効果にあるのかもしれない。

 長年の月日によって、この効果が記録から消えてしまったのなら、知られていないのにも頷ける。


 私は興奮から、つい顔がほころんでしまった。


 聖魔法のみなら、うちの食堂で扱うには難しい。

 そもそも形状からして加工に適していないし。食材利用より薬の側面の方が強いのかも。


 けれど、ライフォードさんやダリウス王子は聖女様の護衛。梓さんは聖女様。彼らにそれとなく伝えたら、いざという時の対応に役立ててもらえるかもしれない。


「問題は数、よね」


 この花は貴重で、ダリウス王子の庭にしか生えていない。

 使用するならば彼との交渉が必須となってくるが、大量に確保は不可能である。


 今回は運よく譲ってもらえたが、リリウムブランは彼が大事に育てている花だ。あの愛情が込められた庭を荒らしたくない、という気持ちもある。


 パーセンテージの表記もなく、食べれば効果を発揮するタイプのようなので、きっと役には立つと思うんだけれど。こればかりはどうしようもない。


「ん? なにかしら、これ」


 私はそこでふと、効果欄の最後尾に、ビックリマークのような模様が赤く点滅している事に気付いた。これはナチュラルビーの蜜に魔力を通すと効果時間が伸びる、という情報を見つけた時と一緒だ。


 私は期待に胸を膨らませ、それをタッチしてみる。


「えっと、ん? 効果はコーティングを元にされる……? どういう意味?」


 コーティングは魔力回復。聖魔法とは全く関係のないものだ。

 まさかとは思うが、コーティングに聖魔法系統の効果がないと意味がない、とかではないわよね。これ。


 表現からして、花弁の効果はコーティングに作用し、コーティングの効果が人に作用する、といった書き方である。

 雲行きが怪しくなってきたぞ。


 このちぐはぐさ。

 武器を研磨したらランダムで効果が付与されるタイプのゲームで例えるなら、魔力数ゼロの剣士が扱う武器に、魔法威力増大がついたようなもの。

 組み合わせる意味がない。


「……とりあえず、店に飾ろうかな」


 後でハロルドさんにも相談してみるが、あまり期待はできないだろう。


 私はリリウムブランを観賞用の花だと割り切って考える事にした。

 花は本来、飾って目の保養に使うものだしね。その点、オパールのような花弁はとても綺麗で、これ以上なく目の保養となる。


『ふぅ。待たせたのぅ、リン』


 ふいに温かな風が吹き、フェニちゃんと同期を完了させたガルラ様が、私の周りを優雅に飛び回る。


「あ。お疲れ様です、ガルラ様。山の方は大丈夫でしたか?」

『誰に向かって言うておる。万事つつがなく収めてきたぞ。お主こそ、何もなかったじゃろうな?』


 もちろんです、と頷ければ、彼女は安心したように私の肩に止まった。


『待つ間、暇だったじゃろう? すまぬな』

「いえいえ。待っている間、この花の効果を調べていたんで」

『効果とな? 確か、あの庭に生えていた花じゃろう?』

「はい。不思議な食感でしたけど、常用は難しそうで――」

『ははは、なんじゃそれは。まるで食べたような言い方じゃなぁ!』


 食べたようなではなく、食べたんです。

 私はぐっと親指を突き出して「外は無味無臭でしたけど、中は案外美味しかったです!」と胸を張って言った。


『むみ……? おいし……? なんじゃて?』


 ガルラ様は最初、私の言葉がすんなり頭に入ってこなかったのか、不思議そうに首を左右に振っていたが、しかし、ようやく内容を飲み込めた途端、バサバサと羽を広げて私の頬を叩いた。

 ふわふわの羽毛なので、痛くなかったけれど。むしろくすぐったい。


『んもぉおおお! 何かあったらどうするのじゃこの馬鹿者ぉおお! 妾、マルコシアス様に顔向けできぬではないか! というか、というか! 身体は大丈夫なのじゃなろうな!? 元気か? 気分は悪くないか!?』

「あはははは! くすぐったいですガルラ様!」

『リーンー!』


 こうやって無茶をして誰かに怒られると、ついついジークフリードさんの顔が脳裏によぎってしまう。ちょっと怖い顔だ。

 食材探しと言ってマーナガルムの森へ行った時も、良く怒られたっけ。


 ステータスの能力は口にしないと効果が分からない、という欠点がある。なので、ある程度の無茶には目をつぶってほしいのだけれど。

 私だって良い大人だし。


 ジークフリードさんといい、ガルラ様といい、炎の素養を持つ人たちは、なんだかんだ過保護である。

 もっとも、心配してくれる気持ちは伝わってくるので、嫌だとは全く思わない。


 私は「身体に問題はありません。ありがとうございます」と言ってはにかんだ。



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