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68、ガルラ様とマル君



 梓さんに直接ハンバーガーをデリバリーする、という当初の目的は達成された。


 あれだけ嬉しそうに食べてもらえれば、料理番冥利につきるってものだ。私を無理やり王宮まで引っ張ってきてくれたガルラ様に感謝しなくては。


 さて。というわけで、次のミッションに移行である。

 私の寄り道にも文句を言わず付き合ってくれたガルラ様を、マル君に会わせる事。

 ええ。そりゃあもう、絶対に引き合わせてみせますとも。


 ハロルドさんとマル君の情報を得るには、足取りを追うのが一番。――とくれば、先程まで不審者騒ぎのあった城門に行くのがベストだろう。

 梓さんに別れを告げた後、私は魔石に魔力を送り込んで髪色をチェンジし、変装を完了させた。王宮内を歩くのだ。いつ何時、王子にばったり出くわすか分からない。

 用心に用心を重ねても損はないはず。


 私は城門までやってくると、衛兵さんへと声をかけた。

 勤務交代はしておらず、入城した時と全く同じ人だった。そのため、私の顔を覚えていてくれたらしい。「配達、お疲れ様でした!」と爽やかな笑顔を向けてくれた。小さな事だけれど、なんだか嬉しくなる。


 不審者騒動は丸く収まったのか、周囲には王子の姿はもちろんの事、ハロルドさんやマル君の姿もなかった。


「あの、先程なにか騒動があったと思うのですが。その、彼らはたぶん、私の知り合いで……どこにいったかご存じありませんか?」

「あ、あの方たちが、ですか? 尊大な態度で文字通り飛んできた黒髪の青年に、王子に怒鳴られていても気にせず笑っていた青年、ですよ? 本当に?」


 現場で何があったのか。

 尋ねるまでもなく想像ができ、私は思わず頭を下げて謝っていた。何をやっているのか、あの二人は。


 ダリウス王子はハロルドさんを苦手にしていた。

 不審者の出迎えくらい私で十分だ、と勢い勇んで出て行った先で、その彼と対面するなんて。とことん運の悪い子だと思う。

 更に、輪をかけて自由人なマル君も傍にいたはず。彼の苦労が偲ばれる。


「あのお二人のお知り合い……あ! もしかして貴方がリィンさん、でしょうか」

「え? はい。リィンは私ですが」

「ああ良かった。王子から言伝を預かっております。『この程度の騒ぎを収めるなど、私にかかれば容易いものだ。お前は何も心配せず、安心して帰るといい。気を付けて』だそうです」


 衛兵さんは「怒鳴り散らしてはいらっしゃいましたが、なぜか晴れやかで。あんな王子の顔は初めて見ました」と付け足して、くすりと笑った。


 去り際に、後で門にいる衛兵に尋ねると良い、と叫ばれた記憶はあるが、まさかご丁寧に伝言を仕込んでいるとは思わなくて、私もつられて笑ってしまった。

 王子は案外律儀なようだ。

 今度出会ったとき、「衛兵さんから、ご立派だったと伺いました」と伝えておこう。


 でも衛兵さんが職務に忠実な方で良かった。彼から声をかけてくれなければ、王子の冗談だと思って何も聞かずに帰っていたかもしれない。


「あ、今のは内密に!」

「もちろんですよ」

「ありがとうございます。では、お探しの方々の居場所、お伝えしておきましょう。



* * * * * * *



 衛兵さんに教えてもらった場所は、なんとライフォードさんの執務室だった。

 まさかゴール手前で振出しに戻されるとは思わなかったわ。そう言えば朝、ハロルドさんが「ライフォードと約束がある」とかなんとか言っていた気もする。すっかり忘れていた。


 私は小走りになりながら目的地へと向かう。

 さすがにもう迷ったりはしない。


 王宮から少し離れたところに別棟があり、騎士団長室はその中に存在している。

 騎士団長室。当然、第三騎士団長の部屋――つまり、ジークフリードさんの執務室もあり、私はつい部屋の前で立ち止まってしまった。


 忙しい人だもの。きっと中にはいないだろう。王宮はとても広い。遠くからでも、彼に出会えたのは運が良かった。

 今度、直接デリバリーも出来ますよって伝えておこうかな。


 あの人は私の様子を見るため、あえてデリバリーを使わず、わざわざ近くもないレストランテ・ハロルドまで毎回やって来てくれるのだ。

 許可証を得た今、少しでも負担を減らせるのならそれに越した事はない。


 私は後ろ髪をひかれる思いでその部屋の前を通り過ぎた。

 ちょっとだけ中が気になったのは秘密だ。ライフォードさんとはまた違った雰囲気の執務室なのだろうか。ううむ、想像がつかない。


「ガルラ様、そろそろマル君と出会えそうです」


 空中に向かって声をかけると、じんわりと溶け出すかのように炎が一つ現れ、やがて鳥の姿をとった。

 フェニちゃんの出現を視認した私は、バスケットを両手で持ち、前に掲げる。すると彼女は私の意図を瞬時に理解し、そこに留まってくれた。


 すっかり空っぽになったバスケットは、王子にもらったリリウムブランを入れるための籠になっている。おかげで全く重くない。


『うむ。完了じゃ。ご苦労じゃったのぅ、リン』


 ガルラ様と同期が完了したフェニちゃんは、さっと籠から飛び立ち、定位置である私の肩へと居場所を移した。

「ガルラ様にはお世話になりましたからね! 全力でセッティングしますとも!」

『む? 何やら知らぬうちにやる気に満ち溢れておる……! 心強いぞ、リン!』

「はい! 任せください! あともう少しで目的地に――」

「お、僕があげた魔石、使いこなしてるじゃん! 偉い偉い」


 突如、投げかけられた言葉。

 声のした方を向くと、ライフォードさんの執務室からハロルドさんとマル君がひょっこりと顔を出した。なんてタイミングが良い。

 マル君は私とガルラ様を一瞥したが、さして興味なさげにハロルドさんの背を押した。邪魔だから退け、と言いたいのだろう。


 肩にいるガルラ様の緊張が私にまで伝わってきて、無駄に身体が固くなる。スマイルが欲しいなどとは言わないが、せめて愛想を。愛想をください。


「こんなところでどうしたの? 用事は終わったってライフォードから聞いたけど」

「あ、ええと、折角なので一緒に帰ろうかな、って」

「それで、わざわざこんな所まで探しに来てくれたの? ありがとう、リン。あー、でも僕たちもう少しだけ用事があるんだよね……」

「俺は帰りたい……」

「用事があるんだよね!」


 腹が減った、と唇を尖らせるマル君の服を、逃がすまいと握りしめるハロルドさん。相変わらず強引な人だ。

 後ろ手で扉を閉め、諦めたように「はいはい。分かったよ」と頷くマル君もマル君である。お人よしというか、ちょっとハロルドさんを甘やかしすぎでは。


 ガルラ様から発せられる視線に殺気が孕んでいる気がして、私はそっと彼女の瞳を手で覆い隠した。落ち着いてください。こんな所でボヤ騒ぎは起こしたくありません。


「でも、ライフォードさんはこれからジークフリードさんとお仕事では?」

「ライフォードとは別行動だから良いんだよ。あっちはあっちのやるべき事を。僕たちは僕たちにしかできない事を、ね。仲よしこよしじゃないんだし、一緒にいる時間なんて最低限で良いんだよ」


 そういうものなのか。

 なかなかにビジネスライクな関係である。

 ただ、そうすると、せっかくマル君に出会えたのに、こんな一瞬でお別れなんてガルラ様に申し訳なさすぎる。


『良いのじゃ、リン。ご尊顔を拝めただけでも僥倖というもの。妾は幸せじゃ』


 私の考えを察してか、ガルラ様はとても穏やかな声色でそう言った。

 顔が見られたらいい。気持ちは分かる。

 私も、ジークフリードさんに出会えるだけで満足できるもの。仕事の邪魔はしたくないし。


 でも、ガルラ様には今日一日付き合ってもらったのに――どうしようかと考えあぐねていると、ふと視界に影が差した。

 見上げると、至近距離に迫ったマル君が、私の顔を覗き込むように近づいてきた。そして唇を三日月に歪めて意地悪気な笑みを零す。


 一体、何を考えているのだろう。


 彼は怪訝そうに眉をひそめる私から視線を外すと、ガルラ様に向かって手を伸ばした。


「良い子だ。帰りもリンを頼むぞ」


 優しげな声。

 マル君は、親指の腹で彼女をひと撫ですると、ぱっと手を離してハロルドさんの隣に戻った。


「では行くぞ、ハロルド。面倒な事はさっさと終わらせるに限る。――ああ、それから。夕飯はたんまり頼むぞ、ご主人様。それくらい、望んでも良いだろう?」

「あ、ちょっと、今その呼び方は!」


 ガルラ様がいるのになんて事を。

 しかし、私の心配は杞憂に終わった。肩に乗ったガルラ様に視線をやると、彼女は何が起きたのか全く理解できません、といった顔で目をぱちくりさせていた。かと思いきや、身体を震わせながら『ぽ、ぽ、ぽっぽ』と鳩みたいな鳴き声を零している。


 大丈夫なのかな、これ。


 私はとりあえず思考を放棄して「夕食をたくさん用意して、帰りを待っていますね! 頑張ってください」と答えておいた。



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